第22話
「・・・だけん、このあたりは尼子家、いや今となっては毛利家の侍どもが目をみはらしてますぞ。許しも得てないのに刀剣の踏鞴などという、だいそれた事実が見つかってしまった時には・・」
「それじゃ。さいわいこの出雲の地とすぐ隣接する石見には、物部氏の総本山である物部神社がある。そしてその界隈には、ふいご踏鞴技術の家伝を伝える一族が居ると聞いた。その者たちに近づいて隠密に、協力を願い出るのじゃよ。人里のない深い山あいで、わしらがひそかに踏鞴を始めるんじゃ。剣のもととなる、玉鋼をつくるのじゃ」
「しかし、草薙剣そのものはどこでつくるのでしょうか」
「その純度の高い玉鋼の塊を携えて、我らは過去の神代へと旅立ち、杵築(きずき)あたりの腕のいい鍛冶師に、その神代の時代での立派な剣をつくってもらうという、すんぽうだ」
「なるほど、それなら、がてんがいきました。剣を献上した暁には、天にも届く高いお社が建てられるんですね。物部の活躍する朝廷からも何万人と応援してくれる。早く、杵築にそそり立つ雲の上のお社をこの目で拝んでみたいものじゃ・・。とんとんびょうしに事がはこぶといいじゃがのう」
「大丈夫だ。たしかに人世(ひとよ)になってからは朝廷内の派閥争いと陰謀にのまれて急に落ちぶれちまった物部氏族なのだが、全国に散らばる物部氏族群団の、その裏側の団結力たるや、我ら葛城族とおなじくらいのものがあるからのお!」
「然り、然り!」
これまで立ち上がって質問していた、赤ら顔の男がその返事に大きく相槌をうってみせた。
こうしてひととおりの説明を終えると、毛皮の男が深くお辞儀をしてみせる。そして最後の締めの言葉を言う。
「皆の衆、出雲のおおやしろの大普請の直前なのに、ふいご踏鞴などという難しい仕事をつくってしもうて、申し訳なかったのう」
「いや、我らが葛城の誇りであり、ご先祖様でもあった、出雲のアジスキノタカヒコネさまがついにお言葉をあげられたことの方が、どれだけありがたかったことか。なあ、皆の者!」
「おう!」
「かつての神代(かみよ)の時代では奈良の地で、日の本一の栄華を極めた我らが葛城一族の葛城王朝。たとえこの人世(ひとよ)の時代になってから、全国に散らばさせられてしまった末裔の我らなれども、その誇りはどこのどの氏族にも負けはせん!」
「然り!」
「然り!」
一斉に首を何度も大きく頷いてみせる。毛皮の酋長はほっとしたように笑顔をほころばせた。
「そうしたら、明日は奥出雲まで出向いて踏鞴(たたら)踏みじゃ!強い玉鋼を三日三晩、真っ赤に燃やして作るのじゃ。やることはたくさんある。これからが勝負じゃ。だから今夜はぐっすり眠っておくれ」
「おう!」
こうして出雲の長い1日が終わった。
・・・・長い眠りから覚めた。ここはどこ?高いガラス張りの天井。きらびやかなシャンデリアから色彩の雨が降ってくる。まばたきする。学生たちの談笑。ソファにすわってる俺。テーブルには、拭いたあとのおしぼりが破られたビニールと一緒に無造作に置いてある。
目の前は堅牢なドアが並んでいる。ライトグリーン、ライトピンクと、いくつも並んでいる。淡い中間色のペンキが刷毛で丁寧に塗られている。ノブは真ちゅう製で重厚感がある・・・。俺がいるのは、高層ビル最上階のキャバクラ店?・・・
様々な事象が駆け巡る。鳳来寺山の長い石段を足が上っていく。誰かが延々とじゃんけんをしている。それを横目に、モリアオガエルのおたまじゃくしで足が止まる。駅ホームの上で御在所岳のサイコロ岩が回転しながら名古屋の暗い地下道を疾走する。そのままエレベーターは回転しながら最上階のこの場所にたどり着く・・・。
俺は、目を閉じる。耳の蝸牛を水平に保持する。こぼさないよう、揺らさず、慎重に、そっと目を開けてみる。やっぱりブレている。異界の「たまはがね」を飲んで、したたか酔ったのは誰だ?葛城の末裔たちといっしょに大広間で眠りに入ったのは誰だ?この俺ではなかったのか!
アメノウズメさんは?
それと、あいつ・・アジスキノタカヒコネはどこに消えた?
思わずうしろを振り返る。遠いけど近い記憶・・。たしか、あの男は、この待合ロビーの、一番端っこにすわって、じっとおれの方を見ていた。もちろんやつが、アジスキノタカヒコネだったとは知る由もなかった。しかしあの男は、今、そこにすわってない。今頃、葛城族たちと大広間でねむってるのだろうか。俺は立ち上がった。後列のそのソファに歩み寄る。ソファに、レポート用紙を剥がしたメモ書きのようなものが1枚、置いてあった。手に取る。なにやら人の名前などが書きならべられ、途中にいくつかの矢印が引いてあった。これは、あの時、あの男の書き残していったもの?
「あっ」
俺は急いでその紙をおりたたんで、ポケットにしまいこむと、見覚えのあるライトピンクのドアに向かって走り寄った。俺一人だけがここに戻されたのか?ドアをたたく。
「アメノウズメさん!アメノウズメさん!」
・・・ドアが開かない。どうしてなのだ。俺だけがひとり、もとのこの時代に戻ってきてしまったとでもいうのか。さらに強くドアを叩こうとしたそのときだった。うしろから俺の襟をグイッと掴む者がいた。「なんだ?」振り返ると、男だった。あの時の、教授らしき男の顔が、怒髪天を衝く形相で詰め寄ってくる。温厚な学生たちの姿はない。キャバクラ店の電飾もすべてが消え、非常灯の明かりだけが、男の顔を照らす。
「ほら、ほら、ほら、ほら、ほらよ!出雲旅行の妄想は楽しかったかい?」
「なんだ、おまえ」
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