第21話
「えっ?ただ、なんでしょうか?ひょっとして後世に突如、フィクサーとなって朝廷に割り込んだ藤原不比等の先祖であるところの、中臣氏らとも手を組んで建立するてえわけじゃあないですよなあ!」
「もちろん、そんなことはありえません。ただ、じたいが、きゅうにかわってしまって・・」
「なにか、困りごとでも生まれたのですか?」
「あのう、・・・かんこうバスにのって、かみよの、じだいへいくまえに、どうしても、みなさんにおねがいしなくてはならないことが、できてしまったのです」
「まさか、出雲のおやしろを断念する?」
「せっかく、集めた寄進はどうする?」
話がつばぜり合いの様相になり始めたところで、あの毛皮の男が立ち上がった。会場を見渡して言う。
「いやあ、そうじゃあない!」
やりとりの続きはわしに任せて欲しい旨のしぐさを出雲の阿国に見せ、言葉を続けた。
「この戦国に生きる我々だから知ってることなのだが、刀剣の玉鋼(たまはがね)は、不純物の少ない、純度の高いハガネで作るよな」
「もとろん、それくらいのことは知ってますだ」
「しかしわしらがこれから観光バスに乗って行こうとしている、古代での鉄は、自然の風だけを利用しての野だたらでつくったものなんだ。それでは高品質のハガネができないのだよ。奥出雲の岩を削った砂鉄で、この今の時代における最新技術の天秤ふいごを使い、足踏みの踏鞴(たたら)でつくられた、純度の高い玉鋼が必要なのじゃよ」
「出雲が誇る日の本一の踏鞴鉄、それは誰もがよおく知ってるさ。玉鋼(たまはがね)の刀剣はどこの国のものよりも強くて美しい。しかしなぜそれが神代(かみよ)では必要になるのですか?」
「そこじゃよ。神代では、出雲の大社(おおやしろ)を建立するためには朝廷からの条件があってだな、たとえ後世で作られるどんなすぐれた剣がでてきたとしても、絶対それには負けない、強くて立派な両刃の十拳剣を、その神代の朝廷に献上しなければならなかったことに、いまここにきて気づいたのだよ」
「献上する?」
「そうなんだ。大和朝廷の証(あかし)である神宝、のちの草薙剣になるものが必要なのだ。それはここ、出雲の地から作り出された、強くて立派な剣でなくてはならない」
「だって、それはたしか、ヤマタノオロチの尾っぽから出たという剣が・・・ああ、そういうことだったのか!つまり、わしたち葛城族の末裔は、かつての古事記当局さんらのつくった出雲でのヤマタノオロチ退治の神話を、今日の斐伊川において、時代を遡って塗り替えてしまった!」
「然り。神話劇だったとはいえ、うかつだった」
「太鼓を打ち鳴らし、出雲の阿国様のややこおどりもして、そしてついにはヤマタノオロチと仲良く合体までしてもうた。斐伊川での、わしらの創作した今夜の神話はとても愉快じゃった。しかしそれはオオクニヌシ様の夢のお告げにしたがってのこと。アジスキノタカヒコネ様の魂を揺さぶり、言葉の垣根を追い払うためにやったものだったじゃがのう」
「そのとおりじゃ。しかし気が付いてみれば、玉鋼で作られた立派な天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)、つまりは日本武尊(やまとたけるのみこと)の持っていたとされる草薙剣(くさなぎのつるぎ)が、今日を境に、そもそもなかったことにしてしまったんだよ」
「なるほど。たしかにこのまま、草薙剣がなくなってしまっては、わしらより前世の人々も、また、わしらよりもあとの末代の人々も、日の本のみんなが頭をかかえてしまうこととなるわけか」
その時だった。俺の隣にすわって聞いていたアジスキノタカヒコネが微かにつぶやく言葉が俺の耳に届いてきた。
「献上など、させない・・・」
「ええっ?」しかし会場全体が毛皮の男にだけ、集中していたのがさいわいした。誰の耳にもやつの声は届かなかったようだ。アジスキノタカヒコネのやつ、言葉が出たおめでたき今日、この今生にきて、なおもそこまで意固地になるとは。時の権力の当局だけでなく、末代に至っては一般庶民の大方もが肯定してるところの歴史の流れに対して、なんでそこまで逆らおうと思うのか。
きっとやつは朝廷への剣の奏上どころか、古事記や日本書記での国譲りの段までも、根底から塗り替えてしまおうと企んでいる。古文書の紙の上に残された言葉の記述の、何が真実で何が嘘なのかを誰一人として知る由がないというのに、自分の気持ちだけでそのような無謀なことを考えているのかい。おまえの考える逆上も、たいがいにしておけ。暴走もいいところだ。このままいったら、誰にも相手にされなくなってしまうぞ。もとのように1500年も封印されたままの神話に取り残され、あげくに流刑され、出口の見つからない、あわれな男になり果ててしまうぞ・・。
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