第20話

玉鋼(たまはがね)という酒は辛口であった。キレもなかなか良い。奥出雲のお酒らしい。しかしまだ奥三河は鳳来寺山の麓の、蓬莱泉(ほうらいせん)という酒の方が爽やかな後味だなと思えた。もちろん、大吟醸となると、それはそれで味も違ってくるのだろうけども。

どうやら旅館全部が今夜は貸し切りになってたようだった。ふすまを取り払った大宴会場は、男や女やらが、自分らの国に伝わる踊りや謡いを披露してはお互いに酒を酌み交わしていた。通電はしておらず、ろうそくや菜種油のあんどんで明かりをとっていたが、人の顔の表情くらいはしっかりと見ることができた。


上座にはそれぞれの国の観光バスの頭らしき者たち5人が混じっていた。思い思いに高坏の魚料理に手を伸ばしている。うなぎのかば焼き、鮎の塩焼が美味しい。刺身は鯛であった。海の魚であるはずの鯛が、宍道湖でも採れるのだろうか。冷蔵庫のないこの時代、腐ってないか一抹の不安があったが、思いきって全部、胃の中におさめた。薬味はわさび、セリで、現代のそれとよく似てる。ご飯は小粒の玄米でおいしくない。シジミの吸い物は葛でとろみがつけてあった。


上座のまんなかがアメノウズメさん、その両隣りを毛皮の男と、若く凛々しくなったアジスキノタカヒコネが座り、特別ゲストだという俺は、そのアジスキノタカヒコネの隣にすわらされていた。やはりどこの時代においてもどこの場所においても、古代からのアメノウズメさんの活躍は、とどまるところがないようだ。茫洋とした時代の渦の、どんな小さな襞にも光を当てながら、古代から現代を駆けまわっている。そしてこんな俺の存在にまで光を照らしてくれていることが、素直にうれしかった。


ひととおりのお国自慢が終了したところで、仕切り役の出雲の阿国である、アメノウズメさんが立ち上がった。立ち姿も威風堂々としている。宴会場があわてて落ち着きだす。急いで膳を置く者、飲みかけようとした杯を下ろす者、胡坐の姿勢を正す者。


「みなさま、ぜんこくかくちでの、いずものふきょう(布教)と、ふげき(巫覡)かつどうによって、ただいなるきしん(寄進)をあつめられることができました。かみよ(神代)の、いずものおやしろの、こんりゅうのめどがたちました」

宴会場側から、「あっぱれ、あっぱれ」と声が飛ぶ。この時代では、まだ拍手という称賛の意思表示はなかったようだ。

「そうしたら出雲のお社は、我らもろともが神代(かみよ)の時代にまでさかのぼっての、オオクニヌシ様のお社の建立なのですか?これまでは尼子が牛耳ってたようだが」

「オオクニヌシ様」

「オオクニヌシ様」

湧きあがる会場から言葉が飛ぶ。


「そうなのです。これから、かんこうバスで、いかい(異界)の、かみよまでいって、いちばんさいしょの、おやしろをつくります。そらにまでとどく、しんのみはしら(心御柱)をたてます」

「心御柱!天地開闢(かいびゃく)において、我らが大和葛城のご先祖様が、日の本のど真ん中に立てたのと同じ、心御柱だ!」

「そうです。それをたてるのには、なんまんにんもの、ひとでがひつようです。だから、かみよでの、やまとちょうていの、おちからもひつようとなります」

「そうでしたか。だけん、その神代での大和朝廷というのは、我らが葛城族とじっこんの仲であった、物部氏らが活躍してた、時代のところなんでしょ」

「そうです」

「それなら、わしらは誰も文句言わず、古い時代にまでこれから行って、ひとばたらきさせてもらいますがな。オオクニヌシ様の国譲りのお約束を、なんとしてでもはたしてみせますよ。そうですとも、物部氏族らと力を合わせれば、平安期の口遊みにも歌われてたように、日の本の、とんでもなく高いお社を再現できますとも。十六丈とは言わず、三十二丈(96メートル)もの高いお社を建ててみせましょうぞ」 


「三十二丈!」

「三十二丈!」


一斉に囃し立てるまわりの歓声の中、しかしひとり、出雲の阿国の顔が曇っていた。

「それはたいへんありがたいおことばです。ただ・・」



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