第17話

 ゴールデンウィークも終わり、休みで鈍った体にムチ打って学校へ行き、いつも以上にダルい授業を終えて自宅へと帰宅した。


『ただいま~』

 

 まっすぐ自分の部屋に向かいカバンを置くと、篤志に買ったお土産を手に持つ。部屋を出て玄関に行く前に、リビングにいる母親に一声掛けた。


『母さん、篤志んとこ行ってくるわ』

『……』

『母さん?』

『……あ、修也。帰ってたの』


 リビングのソファに腰掛けていた母親が、数秒遅れて返事を返す。


『なんだよ、そんな暗い顔して。休みボケ?』

『違うわよ。修也、実はね――』

『まあいいや。俺、篤志に土産物渡しに行ってくるわ。帰りはたぶんいつも通りだから――』

『待ちなさい修也』


 振り返ろうとした俺を母親が止める。それからゆっくり近付き、俺の肩に手を置いた。


『いい? 修也。落ち着いて聞きなさい』

『な、なんだよ』


 いつもと雰囲気の違う母親に俺はたじろいだ。

 何だ? 学校でなんか問題でも起こしたっけ? 特に悪さはしてないし、授業だって真面目に……は受けてないけど、みんなやってることだし。


『あっくんね……死んじゃったって』

『……』


 ………………………は?


『今日、あっくんのお母さんから電話があってね。あっくん、病院で亡くなったって』


 アツシガシンダ?


 母親の言っている言葉が全く理解できなかった。まるで異国の言語を耳にしているかのようだ。


『……ごめん。もう一回、ゆっくり言ってくれる?』

『だから……友達の篤志君が……亡くなったのよ』


 徐々に弱々しく小さくなりながらも、今度ははっきりと耳に届く。


『……はは。何言ってんだよ。篤志が死んだ? 冗談キツいよ』

『バカ! 冗談でこんな事言うわけないでしょ!』


 きつく叱りながらも、母親の目には涙が溜まっていた。


『いや……いやいやいやいや。待ってくれよ。何で篤志が死ななきゃならないんだよ。ゴールデンウィーク前は普通にしてたぜ?』


 そうだ。少し疲れていた様子はあったが、いつものようにラノベの話をして、お土産を渡す約束をしたんだ。


『いつものようにラノベの話をしたんだ。お気に入りの女の子のキャラとか、今度出る新作の内容とかさ』

『修也……』

『お土産だって渡す約束したんだ。だから、これを早く渡しに行かないと』

『でも、本当の事なのよ』

『ないって。今日だってきっといるに決まって――』

『近いうちにお葬式があるから修也も――』

『ふざけるなっ! そんなん信じられるわけないだろっ!』


 土産袋を投げ飛ばし、俺はリビングを抜け玄関のドアを勢いよく開けて外に飛び出す。背中から母親の制止する声が届くが、それを無視して病院へと走り出した。


 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……!


 頭の中がぐちゃぐちゃだった。脳が暴れ回っているようで、何も考えることができない。ただただ否定の言葉がサイレンのように鳴り響いている。いつもなら自転車で向かうのだが、乗ることなく走っているのもその表れなのかもしれない。


 篤志……篤志っ!


 呼吸が乱れ、肺と心臓が悲鳴をあげる。汗は止めどなく流れ落ち、口からは涎も垂れている。しかし、スピードを緩めるどころか、一秒でも早く着くためにさらに上げていく。


 その成果と言えるのか、俺は過去最短の時間で病院に着いた。受付を通り過ぎ、篤志のいる病室へと向かう。何度も足を運んだ場所だ。目を瞑ったままでも行ける自信がある。

 階段を駈け上がり、目の前に延びる通路の真ん中の左側。そこが篤志の病室。勢いのままスライドドアを開け、同時に俺は叫んだ。


『篤志っ!』





『やあ修也。久し振り。青森はどうだった? 可愛い女の子と出逢えたかい?』





 ラノベを手元に置き、上体を起こした篤志が出迎えてくれる。いつもと変わらない光景が待ち受けていると信じて来た。だが、それは幻となって消えていく。


 俺の目線の先には篤志の姿もなければ、今にも崩れそうなラノベのタワーもなく、綺麗に片付けられた無人のベッドが存在するだけだった。


『あつ、し……』


 俺は体から力が抜けていき、床に崩れ落ちた。そこに丁度、篤志の担当だった看護師さんと会い説明を受けた。俺と別れて二日後、篤志の容態が急変し緊急手術を行ったが、その成果もなくそのまま息を引き取ったらしい。そこで初めて篤志が死んでしまったという事実を認識できた。


 俺は呆然と立ち尽くして聞いていた。その後に看護師さんから何かを言われたような気もするが覚えておらず、気が付けば帰宅して自分の部屋のベッドに腰掛けていた。





『ラノベってめちゃくちゃ面白いんだよ。読み易いし、すんなり頭に入ってくるんだ』

『見てよ修也! 今僕のお気に入りのキャラなんだけど、最高に可愛いんだ。こんな女の子となら一度は会いたいよね』

『激しい死闘の末、目的を果たした主人公とヒロイン。二人はより互いを想い合い、これからの人生を歩んでいく。あ~、やっぱこれだよね、ラノベは』





 楽しそうに話す篤志。

 嬉しそうな笑顔を向ける篤志。

 お気に入りのおもちゃに触れる子供のように目を輝かせながらラノベを手にする篤志。


 今、俺の頭の中に篤志との日々が走馬灯のように流れ続けていた。


 いつまでも続くと思っていたやり取りに訪れた突然の終止符。常軌を逸した篤志のラノベ話に、時折引くこともありながらも楽しい時間だった。


 空想である登場人物の女の子について語るなどバカのすることかもしれない。想像上の世界にもし行けたら、なんてまず誰も口にしないだろう。ラノベの事など全く知らない俺はほぼ聞き手だったが、それでも飽きもせず、会えば必ずラノベについて話をしていた。それがこの上なく楽しかった。


 だが、これからその時間が訪れる事はもう二度とない。当たり前となっていた記憶が、大切な思い出へと変わっていく。


 俺に残されたのはそんな篤志との思い出。そして……。

 



『きっと修也も気に入ると思うな。帰ってきたら是非感想を聞かせてね。約束だよ?』




 決してその約束を果たすことが出来なくなった、一冊のラノベだった……。 

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