第18話

「君がなぜそこまでラノベ小説に執着しているのか……それは、亡くなった親友とのあの約束から始まったものだろう?」


 隣の部長の声が耳に届く。声音から、こちらに顔を向けて話しているのだろう。しかし、俺は見返すことも返事をすることも出来ず、歩いている自分の足をただただ見ていた。


「その日まで全く小説というものに興味も持たず、手に取る事すらしなかった君が今ではその小説の一つ、ラノベに溺れている。過去の出来事を考えて、純粋という言葉が当てはまると思うか?」


 俺は答えない。いや、答えられない。


 俺がラノベを読むようになり、好きになったきっかけは間違いなく篤志がいたからだった。


 篤志のラノベ愛を聞く日々。そして、感想を伝えるという約束のために借りた一冊のラノベ。それがあったからだ。部長の言うことは紛れもない真実だった。


「最近知り合った者からすればただのラノベ好きにしか見えず特別でもないが、過去の君を知っている者から見ればその姿はやはり痛々しく写ってしまうよ」


 下を向いていた顔を俺はようやく上げる。目線の先には部長の顔。どこか辛そうな表情だ。


……」

「その呼び方は止めてくれと言っただろう、。弟の篤志が苦しんでいる時、何もしてやれなかった無力な人間だ。姉と呼ばれる資格などない」


 部長……早乙女凛子は俺の親友、早乙女篤志の実の姉。なぜこれほど詳しく俺の過去を知っているのは、それが理由だ。


 いつも一緒に帰っているのも家が近いからだけではなく、昔から交流があるからだ。しかし、今はお互いを名字で呼び、部の先輩後輩として接する。交流がありながらも、昔みたいに下の名前で呼び合わないのも、死んだ篤志を思い出すという事で二人で決めたのだった。


「私は姉のくせに何もしてやれなかった。当時は篤志の好きなラノベ小説に共感することが出来ず、話し相手にもなれなかった。だが修也、君は違った。共に笑い合い、ラノベについて語り過ごす篤志は本当に楽しそうだった。いつも明るくしていたのは間違いなく修也のお陰だ。今でも心から感謝している」

「いや、あの時は俺だってまだラノベには興味を持っていなかった。ずっと篤志の話を聞いていただけだよ。俺も早くにラノベに手を出していたら、篤志はもっと楽しく過ごせていたはず」

「そんなことはない。修也だからこそ篤志もあれだけ楽しんでいたんだ。親友であり、篤志の好みにも対応してくれた君だからだ。私と話す時よりも笑顔だったんだぞ? 悔しくて嫉妬したくらいさ」


 ツン、と俺の頭を指で軽く弾く凜姉。


「だけど、俺は……俺は約束を果たせなかった……!」


 右手に力が入り、奥歯もギリッ、と軋む。


「それは気にするなと言ったろう。約束はゴールデンウィーク後ということだったし、修也は祖母のいる青森にいたんだ」


 たしかにそうだが、篤志の不調に気付いていればすぐに飛んで行きたかった。


 青森に行く前に会った時、篤志はどこか元気がなかった。兆しはあったのだ。なぜそこで気付いてやれなかったのか。今でも後悔に満ち溢れている。


「修也が気に病むことではない。そう何度も言ったが、聞かなかったな。その証拠に、篤志が死んでから君の行動は目に余ったよ。私の学年にまで広まっていたぞ。誰彼構わず、ラノベ小説について語り出す二年生の男子生徒がいる、と」


 凜姉の言う通り、俺は篤志が死んでから読んだラノベの感想を色んな人に伝えていた。クラスメイトを始め、友達でもなんでもない人にまで声を掛けては話していたんだ。


 読んだラノベの感想を言うという篤志との約束。


 本人はもういない。しかし、あちこちで言い続けていれば、もしかしたら篤志がひょっこり現れ、あの時の約束を果たせるのではないか。そんな思いで当時は狂ったように声を掛けては感想を言いまくっていた。


 分かっていた。そんなことは無駄だというのは。しかし、それでも止められなかった。ラノベの感想を言わないと頭がどうにかなりそうだった。


「だが、それもある話を伝えたら落ち着いたな。覚えているか? 病室で篤志の隣にいた男の子を」

「拓実君……だったよね」


 当時は小学五年生ぐらいだったか。たしか、怪我で入院していた。


「ああ。怪我をする前までは、拓実君はサッカー少年だった」


 地元のサッカーチームに所属し、その中で彼は飛び抜けた才能を持っていたようだ。しかし、交通事故で足を怪我してしまう。命に別状はなかったが、怪我の仕方が悪かったのか、前の様にサッカーをすることはできなくなってしまったらしい。日常生活に支障はでないが、サッカーを好きでプレイしていた彼にとっては残酷な結果だ。


「それを告げられてから、拓実君はずっと元気がなかった。母親も毎日顔を出していたが、笑顔を見せることはなかったらしい」


 その母親とは、俺と篤志の会話をカーテンの隙間から覗いていたあの人物だ。俺もその時チラッ、と拓実くんを見たが、無表情な少年が上体を起こして外を眺めていた。


「でも、今は元気なんだよね?」

「ああ。退院してすっかり元気になっているようだ。拓実君の母親からたまに電話を貰うぞ。ラノベの話で疲れる、とな」


 俺と凜姉は顔を見合わせると、同時に微笑んだ。


 篤志が死んで、使用していたベッドの整理を凜姉と両親がしていた。主にタワーになっていたラノベだ。それを片付けていたら、隣にいた拓実君が声を掛けてきたらしい。


「いつも隣で二人が楽しそうにラノベ話で盛り上がるのを聞いて、拓実君も興味を持ったんだろうな。何冊か譲って欲しいと言ってきたよ」


 これまであまり口を開かなかった拓実君が自らそんなお願いをした。母親も頭を下げて懇願してきたとのこと。凜姉達は受け入れ、何冊かを渡した。


「見事にハマったんだろうな。それからというもの、一冊一冊読む度に明るくなり、続巻を母親に頼む日々だ。徐々に拓実君に笑顔が戻っていき、今ではラノベに没頭しているらしい」


 成績が上がったら新作のラノベを、小遣いをラノベ一冊分上げてくれと、なにかとラノベが絡むお願いをするようになったとか。まさに、第二の篤志の誕生だ。


「それから修也は憑き物が落ちたように、ただがむしゃらに話すことはなくなったんだよな。ただ感想を言うだけでなく、何か熱意が含まれているような感じがある、と伝え聞いた。私にはなんとなく分かったよ。二階堂君や柏崎君が面白くないと言いながら、それでも修也が執拗にラノベについて語るのは、ただ好きだからというだけではないのだよな?」


 そうだ。部長の言う通り、俺はただ好きなものを口に出して言っているわけではない。


 ラノベは最高なんだ。どんな病気や怪我で落ち込んでいる人でも、瞬く間に笑顔を取り戻し、元気にしてくれる。それだけの力をラノベは持っているのだ。


 だからこそ広めたい。暗い闇に佇む自分に、眩しいくらいの光を灯してくれる。どんなに迷いそうな場所でも、温かく照らしながら新たな未来を示してくれる。それがラノベ小説なんだ、と。


「俺は、ラノベの持つ可能性を二階堂や柏崎、もっといろんな人に教えてやりたい。そう思ってる」

「良い心掛けだ。それについては私も称賛する。だが、そのためには一つやらなければならないことがあるだろう」

「何?」

「そろそろ篤志の死を受け入れたらどうだ? いいかげん自分を解放したまえ」

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