第9話

 とまあ、こんな感じだ。


 運動することが決まった俺達は、運動着に着替えて現在ランニング中だった。


「ぜぇ、ぜぇ……くそっ。なんで、ランニングなんか、しなくちゃ、ならない、んだよ」

「ほんと、よ。文芸部に、入って、運動させ、られるとは、おもわなかった、わ」


 息が切れ切れになりながら文句を言う俺の隣で、同じように呼吸を乱しながら二階堂も口を開いた。


 最初は俺と二階堂が反対の意を唱えていた。二階堂は単に運動がしたくないだけだったが、俺は運動するならバトミントンといったゲームができるものを挙げた。しかし、せっかく校庭が丸々使えるのだ。この機を逃す手はない。どうせならフルに使用しよう、という柏崎の提案と部長の一声で強制的にランニングに決定してしまった。


「文芸部に、体力なんか、いらないだろ……上げたところで、読むスピードが、速くなるわけでも、あるまいし……」

「それには、同感ね……」


 普段反発する俺達だが、この時だけは意見が一致した。


「ほらほらシュウちゃん、早く走らないとまた抜いちゃうよ?」


 いつの間にか追い付いた柏崎が俺の横に姿を現す。彼女の言うように、今俺は三回抜かれていた。


「うっ、さい。俺に、話かけ、るな……」

「男のくせに女子に持久走で周回遅れとか、情けないな~」


 息が荒れる俺とは対照的に、柏崎は一切の乱れもなく清々しく走っている。


「うっさい、っての。俺は、運動しない、んだ。体力なんか、あるわけない、だろ」


 運動なんて中学二年からしなくなった。というのも、俺がラノベにハマったのがその時期なのだ。それまではそこそこ運動はしていたが、ラノベにハマって以降、運動に費やしていた時間もラノベを読むことに使うようになったのだ。体力が著しく落ちるのも致し方ない。


「軟弱者め。高校生でそんな体力じゃ後々大変だよ?」


 大変だよ? じゃねえ。何を偉そうに。お前だって同じ高校生だろうが。しかも子供みたいに小さいくせに。


 とはいえ、その子供みたいな小さい高校生に周回遅れをさせられているので何も言えない。


「柏崎さんは、なんでそんなに、楽しそうなの?」


 汗と共に、運動嫌いオーラを顔に滲ませながら二階堂が尋ねた。


「え? だって、体動かすのって気持ちいいじゃん。しかも、校庭を独占してだよ? 誰もいない校庭で走るってものすごい解放感あるじゃん」


 まっっっっったく感じません。辛いし苦しいし暑いだけじゃねえか。


「私、昔から運動って、苦手だから、楽しいとか思ったこと、ないのよね。楽しくなるコツ、とかあるの?」

「コツ? そうだね……」


 走りながら腕を組み、う~ん、と思案する柏崎。だるく重くなっている腕を必死に振って走る俺達とは違い、余裕の様子が腹立たしいが、今この苦しみを和らげる何かが欲しい俺と二階堂は柏崎の答えを期待して待つ。


「……頑張る、かな?」


 コツでも何でもない、全く役に立たない精神論が返ってきた。俺と二階堂はそっ、と前方に顔を向ける。


 他人の力に頼っちゃダメだ。もう己の力でやり遂げるしかない。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

「はあ、はあ、はあ、はあ……」

「二人とも体力無さすぎじゃない?」


 ほっとけ。運動なんて脳筋に任せとけばいいんだよ。


「柏崎君、その二人に合わせずちゃんと走らないかー」


 トラックの反対から早乙女部長が注意してきた。


「は~い。そんじゃ、またね~」


 俺達に敬礼した後、「イヤッフー!」という掛け声とともに柏崎が信じられないスピードで駆けていく。


「さ、さすが柔道経験者。体力が有り余ってるんだな」

「あんなに運動できるのに、あの人なんで文芸部にいるの?」


 二階堂の疑問は俺も持っていた。あれだけの体力と身体能力がありながら、なぜ柔道部に入部しなかったのだろうか。動けるところを見れば、どこか故障しているわけでもない。普段投げ飛ばされている俺だから分かるのか、柏崎は相当の実力を持っているに違いないのだ。


 あれか。ウチの学校の柔道部が強くないからか?


 柔道部は存在するが、県大会へ進んだという話は聞いたことがない。おそらく、その程度の強さの部なのだろう。実力のある選手にとって、良い指導者がいるのか、部活動の実績はどうなのかはかなり大きい。入部して指導者に鍛えられ成長させてくれる。自分にとってプラスになるものがなければ魅力は感じないだろう。実力がありそうな柏崎から見て、そういう理由から入部する気にはならなかったのかもしれない。


 まあ、部活動の選択なんて人それぞれ。高校で未経験の部に入るやつもいるぐらいだからな。


 柏崎の事を考えるのは置いておこう。今は自分の事に集中だ。他人に気を配っている場合ではない。


「最初に言っているが、ノルマをこなせなかったらペナルティーだからな」


 早乙女部長から催促が掛かる。


 そう。俺達にはこのランニングでノルマが課せられているのだ。男の俺と運動好きな柏崎は三十周、部長と二階堂は二十周だ。これをクリアしなければペナルティーが発生する。内容は、クリアできなかった者は一週間苦手なジャンルの小説を読むこと。


 部長と柏崎は問題なくクリアできるだろう。危ないのは俺と二階堂。もし達成できなければ、俺はミステリーを、二階堂はラノベを読むことになる。


 それだけはなんとしても阻止せねば。血が出る人が死ぬ、説明がくどくて中々話が進まない。ミステリーなんてもんを一週間も読めるわけがない。そんなに読んだら頭がどうにかなってしまう。


 ペナルティーの回避、そして女に負けるわけにはいかないという男のプライドが刺激され、俺は走るペースを上げる。


 残り十周。俺は必ず走り切る!

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