第7話
『ついに見つけたぞ。俺の親友の敵、取らせてもらうぜ!』
『ふはははは! 貴様に私は倒せん。あの親友のように捻り潰してくれるわ』
『うおぉぉぉぉ!』
ガキィィィィン!
『どうした? そんなものか?』
『まだまだ!』
ガキィン! キン! キン! キン!
『ほう。口だけではないようだな』
『当たり前だ。お前を倒すため死に物狂いで修行したんだ!』
シュン!
『消えた?』
『どこを見ている? こっちだ』
ドカァァァァァン!
『ぐあっ!』
ドォン! ドォン! ドォン! ドォン!
『ふははは! そのまま死んでしまえ!』
『ま、負けるかぁぁぁ!』
ザン! ザン! ザシュ! ジャキーン!
『何!? 切り伏せただと!?』
『今度はこっちの番だ!』
ブンッ! ブンッ! ブンッ! ブンッ! ブンッ! ブンッ! ブンッ!
『なっ! 分身だと!?』
『そうだ。お前を倒すために編み出した俺の究極奥義。くらえ!』
ブオォォォォォ――。
※
「って、効果音多すぎるわ!」
俺の渾身の力作を、二階堂はクシャクシャと丸めて床に叩き付けた。
「おいぃぃぃ! 俺の魂の叫びを詰め込んだ作品に何をする!」
「何が魂の叫びよ! 全然情景が見えないわ!」
「何言ってんだ。余計な文字を削減し、バトル描写のみで書いたから臨場感があるだろ」
「そんなもんないわ! 台詞と効果音とか、近所の公園で小さい子が自分の世界に入ってやってるやつじゃない! 子供の一人遊びか!」
ああ。たまに見掛けるな。上手いこと言うな二階堂。
「たしかに、これは恐ろしいほどの文章力の無さだな」
「え、分かりませんか?」
「さっぱりだ。イメージの仕様がない」
「変だな~。俺の頭の中では鮮明に浮かんでるんだけど」
「あんたの中だけに浮かんでどうする! 読む相手にも伝えなきゃ意味ないじゃないのよ!」
「イメージ力がないんじゃないか?」
「あんたの文才がないのよ!」
おかしいな~。俺的には分かりやすく書いたつもりなんだけどな~。
「柏崎さんもそう思うよね?」
「え? 私はなんとなく分かるよ?」
「えぇ!? これが!?」
二人とは違い、柏崎だけは理解してくれたようだ。
「さすが柏崎。お前なら分かってくれると思ってた」
「まあね~。私もバトルがある漫画も読むし、効果音から激しい戦いの雰囲気がイメージできたよ」
そう、そうなんだよ。効果音があるからこそ鮮明に浮かべられるんだよ。やっべ、超嬉しい。
「え~と、柏崎さん。よければ解説してくれる?」
「いいけど、私でいいの? シュウちゃんじゃなくて?」
「いや、ここは唯一の理解者の柏崎に任せる。このミステリーバカに教えてやってくれ」
「そう? じゃあ、まずは最初のだけど……」
説明するため、再び一枚目から手に取る柏崎。
さあ、聞け。この物語の熱い戦いを!
「この『ガキィィィィン!』は、噛み付き攻撃の音で……」
……噛み付き?
全く身に覚えのない単語が柏崎の口から出てきた。
「違うぞ、柏崎。それは剣と剣が交差する音」
「え? ドラゴンが噛み付こうとしたんじゃないの?」
ドラゴン⁉ 何でドラゴンが出てくるんだよ! 男と男の戦い、って最初に言ったよな!?
「まあいいや。次の『ドカァァァァァン!』は、山が噴火する音で……」
今度は山⁉ 噴火⁉
「違えよ。二人の戦いで起きた衝撃波」
「あれ? 舞台はマグマとか火山のある場所じゃないの?」
全く違うわ! どうした柏崎。俺の物語を理解してくれたんだろ? さっきから別の話になってるじゃないか。
「え~と、最後の『ブオォォォォォ!』は、暑さに耐えるための扇風機の音だよ」
「扇風機じゃねぇよ! 奥義が発動する時の音だよ!」
戦闘中に何で扇風機可動してるんだよ。休みながら「はあ~、暑い暑い」ってやる戦い見たことないわ。熱中症対策じゃないんだぞ?
「……」
「……」
暫しの沈黙。
俺達は互いに見合っていたが、すぐに柏崎がポン、と俺の肩に手を置く。
「シュウちゃん……もう少し描写を入れなよ。これじゃあ、誰にも分からないよ」
さっきまで分かるとか言ってたくせにあっさり手のひら返しやがったよ、こいつ! 裏切り者!
「ほら。やっぱ誰も分からない」
「くそっ。何で誰も分からないんだよ」
「いや、これで伝わると思ってるあんたが分からないわ」
「三日も掛けて書いたのに……」
「三日⁉ これに三日⁉ どこにそんな時間を使ったの⁉」
「いや、『ガキィィィィン!』にしようか『グゥワキィィィィン!』にするかとか、『ドカァァァァァン!』よりも『ドゴオォォォォン!』の方がいいかなとか」
「全然変わらないし、心底どうでもいい!」
全否定かよ。少しは理解してくれてもいいだろうに。
「まあ、自由と言ったのは私だし、これが宮藤君の描く物語なんだ。よし、最後は柏崎君だな」
「は~い。私もバトル風なのを書いてきましたが、シュウちゃんよりは分かるはずです」
裏切りの柏崎が明るく言いながら自作を紹介する。
くそ……こうなったら俺もボロクソ言ってやる。
読書感想発表の主旨を無視して、そう決意した。
「バトルはバトルでも、私のは他にはないオリジナルなバトル小説です」
「オリジナルとは?」
「それは読んでからのお楽しみです。さあ、特とご覧あれ!」
バトルと言ったら肉体、武器、魔法や異能を駆使したものしかないはず。オリジナルということはこれら以外のもの。果たしてどんな内容なのか。手に取った俺は目を通す。
しかし、すぐに疑問が浮かんだ。なぜなら、一枚に上から下へと文字があるのではなく、縦や横に様々な大きさで四角く囲った中に文字が書かれていたからだ。
「柏崎、この四角は何?」
「ふっふ~ん。よくぞ聞いてくれました」
柏崎が腰に手を当て胸を反らす。
「そう! これが私のオリジナル! 漫画のコマを作ってそこに文章を入れてみたんです。名付けて『漫画小説』です!」
「小説のルールを守れぇぇぇ!」
オリジナル、ってそっちかい! バトルの設定じゃなくて、小説自体を変えてきやがった!
「何が漫画小説だ! これもう小説の体を成してねぇじゃねぇか!」
「だからオリジナルだって言ったじゃん」
「根本変えたらオリジナルでも何でもないだろ! 全くの別もんだ!」
「この漫画小説には利点があるんだよ?」
「人の話聞いてる⁉」
「最大の利点は、効果音は文章に組み込まずに余白の部分に書ける所だよ」
「それ漫画ぁぁぁぁぁ!」
酷い。これは酷い。人の小説には文句言ってたくせに、自分も全然ダメじゃねぇか。
「部長、これは明らかに反則でしょ」
「いや、これは……」
「ちょっとビックリ……」
俺が指摘している間に、先に読み進めていた二人が唸っていた。
「どうしたんですか?」
「それがな……読みやすいんだよ」
「……はい?」
「たしかに。一文一文は短くて説明不足かも、とか思ったけど、コマで割り振られてるから展開が分かりやすい。漫画を文字に変えた様な感じ」
え、嘘……マジで?
なぜか好評で信じられないが、俺も読み進めてみた。
内容はライバル二人の剣道の試合だ。二人をAとBとすると、最初のコマではAの台詞や心情が書かれており、攻撃をした段階で次のコマへと移る。すると、視点は攻撃をされたBに切り替わるのだ。攻撃されたBは回避し、自分も攻め返す。そして次のコマへ移るとまたAの視点に切り変わり防御する。そんなやり取りが続く。二人同時視点という、小説ではありえないやり方だが、コマがそれをうまく担っており、自分がそれぞれの立ち位置にいるかのようだ。部長や二階堂の言うように、なぜか情景がイメージしやすかった。
「なぜだ……何で、こんな……」
「どうよどうよ? 私の書いた小説は?」
「くっ!」
ウリウリ~、と俺の額を指で押してくる柏崎。悔しいが、普通に読めてしまった。まさかの敗北感に包まれる。
「はっはっは~。いやいや、これは予想外だ」
「すごいよ柏崎さん」
「えっへへ~。ありがとう」
「さて、と。これで全員だな。では、誰の小説が一番良かったか、順位を決めるか」
「それはもう柏崎さんのですよ。斬新でありながら読みやすかったんですし」
「私も柏崎君に一票だな。宮藤君はどうだ?」
「……異論、ありません」
「イェーイ!」
立ち上がった柏崎が、両手を上げてタブルピースを決める。
「では、一番ダメだったと思った小説は?」
「宮藤」
「シュウちゃん」
「くっ!」
即答で挙げられてしまった。しかし、不評だったので何も言えない。
「よし。結果は一位が柏崎君、最下位が宮藤君で決定だな」
「いや、部長。順位なんていいじゃないですか」
「何を言う。この小説を書く活動はまたやるつもりだ。順位があった方が次に活かせるし、負けじとやる気も出てくるだろう?」
またやるのか……まあいいか。たしかに、このまま負けで終わるのはなんか悔しい。次こそ三人の度肝を抜く物語を書いてきてやる。
そう決意するが、次の部長の一言が俺をさらにどん底に落とした。
「よし。今日の部活動はこれで終了だ。帰りに皆でファミレスでも寄ろう。宮藤君の奢りでな」
「……は?」
今、何て?
「やったー! シュウちゃんの奢りだー!」
「いいですね」
「よし。皆でさっさと片付けて――」
「待った待った待った! 何で俺の奢り!? 聞いてませんよ!?」
「何を言う。今言っただろう。聞いてなかったのか?」
そういうことじゃない!
「拒否権はないわよ、宮藤。あんたが最下位なんだから」
「最下位が奢るなんてルールなかっただろ」
「さ~て、何食べようかな~」
「待て、柏崎! 俺は奢らな――」
「今日は柏崎君の祝勝会だな」
「おめでとう、柏崎さん」
「ポ~テトにド~リンク、デッッザ~ト~!」
「俺の今ある金は今日発売のラノベを買う金なんだよ! えぇい、聞けお前らぁぁぁぁ!」
もう三人の耳には俺の声が届いていなかった。
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