第6話


 一時間後。


 屍一名。


「情けないわね。ラノベばっか読んでるからこの程度の文章も読めないのよ」


 ぐだっ、と力尽きたようにテーブルに伏している俺に、上から二階堂が罵った。


「こんなん無理に決まってるだろ」


 苦手ながらも頑張ったが、結局総数の三分の一辺りで俺は白旗を上げてしまった。


「どうしてよ。集まった人物達の隠されざる過去に、不穏な空気が纏い始める雰囲気。次々と起こる殺人。そして、徐々に近付いてくる真相に探偵が明かす犯人とトリック……読み進める度に沸き上がる高揚感をなんで分からないのよ」


「そんなもん一切感じねぇよ。疲れるの一言だ」

「疲れないわよ。楽しくて目が冴えちゃうぐらいでしょ」

「どこかだ! 見ろ、柏崎を! 寝てるじゃねぇか!」


 ビシッ、指差した柏崎は、静かな寝息を立てて眠っていた。彼女も途中でリタイアしており、「待て~、空飛ぶドーナッツ~。ウヘヘ」と時折寝言も言っている。


「……柏崎さんは疲れていたのよ」

「俺も疲れているんだが?」

「あんたは疲れてても読みなさい」

「俺だけ何で⁉」

「ミステリーの良さを理解してないの、この中であんただけじゃない。休む暇なんてないわ」


 腕を組み、勉強が出来ないダメな生徒を見る教師の様な態度だ。


「たしかにミステリーはいまだに良さが分からん。でも、これは俺でなくても挫折する。絶対だ」

「部長は読んでくれたわよ」


 顔を向けると、唯一読み切った部長は冷たい麦茶を飲んでいた。


「部長、私のミステリーどうでした?」

「うむ。ミステリーらしい雰囲気は出ていたな。暗い感じや登場人物達の心情も細かく書いていたから、より理解はできた」

「ありがとうございます。ほらみなさい。部長は分かってくれて――」

「……だが」

「だが?」

「説明が細かすぎる部分も多々あった印象だ。疲れるという宮藤君の言うことも一理あると思う」

「え、そうでした? 詳しく書かないと解決編で矛盾が生じちゃうと思うんですが」

「まあ、それもあるな。しかし、極度にやり過ぎではないかな? 第一の殺人が起きた所で、生き残った人物達の服装や心情を書いてあったが、皺が云々とか襟が立っていたとかは不要だったのでは? 心情も何かと例えを使っていた。さっ、と流すだけでも済んだだあろう。宮藤君や柏崎君が読めなかったのも無理はないと思うぞ」

「うぅ……」


 先程までの勢いはどこへやら。部長の指摘に二階堂はみるみる体を縮込まっていった。


 ドヤァ。


「何でドヤ顔なのよ!」

「イテッ!」


 俺を見た二階堂が頭を殴ってきた。しかもグーで。


「ったく。ほら、私は終わったんだから今度は宮藤が出しなさいよ」

「分かってるよ」

「柏崎君、起きろ」

「ん~」


 部長が柏崎を揺すって起こし、それを見てから俺は自作の小説を取り出した。


「俺が書いたのはバトルものです。二階堂みたいに長々としたやつじゃなく、シンプルに書き上げてきました」

「ラノベじゃん」

「ラノベか」

「ラノベね」

「何でみんなそんなに嫌そうなの⁉」


 目を細めた三人の視線が一斉に浴びせられる。


「どうせ女の子が出てきてパンツとかおっぱいが出てくるんでしょ? 欲望丸出し。はぁ~イヤだイヤだ」

「ふっ、甘いな二階堂。今日の俺は一味違うぜ」

「何が違うのよ」

「俺が書いたのには女の子は出てこん。男と男の熱いバトルが繰り広げられているんだ!」

「なん……ですって?」

「まさか……」

「シュウちゃんが?」


 態度が一変。三人は目を見開き、驚愕の表情になる。


 フッフッフ。驚いているな。いつもの俺とは思うなよ。


 すると、三人は顔を近付けて話し出す。


「部長……」

「いや、まだはっきりしたことは言えないから、対応しようにも……」

「でも、悪化を防ぐには早めの手当てが必要ですし、救急車を呼んで病院で検査をしてもらった方がいいんじゃない?」

「お前ら何の相談してるんだよ⁉」


 人を病気者扱いしないでくれるかな。真面目に書いてきてそんな態度取られたら泣くぞ?


「いや、すまん。あまりに信じられなかったのでな」

「酷いっすよ……」

「まあまあ。じゃあ、シュウちゃんの小説読ませてよ」

「いいだろう。これはハイスピードバトルだから、速攻で読み終わるぜ」


 柏崎に手渡し、早速三人が目を通し始めた。

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