第4話
翌週。
いつものように、読書感想を含めた小説の話で活動をしていたが、今日だけはその内容が違った。
「さて諸君、各自与えられた課題は持ってきたかな?」
全員が集まり、一息付いた所で部長がそう切り出した。
「もちろんです」
「私も頑張ってきました!」
二階堂と柏崎が返事をし、俺も首を縦に振る。
「よし。では、部活を始めよう。今日は前もって伝えていた、それぞれが書いた小説を提出してもらう。そして、みんなでそれを読み合おうではないか」
「イエーイ!」
柏崎一人が手を上げてテンションが上がっている。
今日の部活動内容はいつものように書籍を読んだ感想会ではなく、部員一人一人が自分で小説を書いてくることだった。テーマやジャンル、文字数は自由。好きなように書いて、それを互いに読んで感想を言い合おうというものだ。
「我々は作家ではない。完成度など気にせず、自分の言葉や好きな設定、自分の好みの物語を書いてもらっていると思う」
「いや~、読むのと書くのは全然違いますね~。私、何度も頭がパンクしちゃいましたよ~」
柏崎が疲れたように頭を左右に振っている。
「そうだな。自分が想像しているイメージを文字にして表すのは中々難しいな」
「そりゃあそうですよ。プロの小説家ですから何日も何ヵ月も頭を抱えて、やっと一作を作れるんですから。私達素人が簡単にできるわけないですよ」
女性陣三人が、自分の小説を書いていた苦労を口に出す。
たしかにそうだ。俺だって何度も立ち止まりながら悩み考え、この物語を書き終えるのに数日掛かった。
「でも、書き終えた時の達成感はひとしおでした」
「そうそう! 頭が茹でたこみたいになりながらも、終わった時のあのなんとも言えない気持ち。なんかこう、天にも昇るような、フワフワした感じ」
言わんとしている事は分かるんだが柏崎、それ違う。天にも昇る、ってそれ成仏だよ。死んでどうすんだ。
「まあ、執筆時の感想はそれぐらいにして。早速始めよう。作品の質は低いだろうが、忌憚ない感想を言ってもらう。構わないか?」
「そうですね。話が繋がらなかったりするのもあるでしょうし、途中分からない所があったら本人が説明しながらでもいいんじゃないですか?」
「うむ。それでいこう。じゃあ、まずは私からいかせてもらうか」
先頭バッターを買って出た部長。自分のバックから自作の小説を取り出した。
「私が書いたのは恋愛ものだ。主人公の真面目な学年委員長が不良の男子高校生と恋に落ちるという、まあありきたりな内容のものだ」
オーソドックスな設定だ。少女漫画などで定番と言える。
「初めて書くわけだからな。斬新さよりも、よく知られているものの方が書きやすいだろうと考えた。とりあえず読んでみてくれ」
俺は部長が手渡して来た小説を受け取る。枚数はだいたい三十ページ程だろうか。分量的に短編から中編ぐらいのものか。
話の始まりは登校の場面からだった。正門前で立つ委員長の女の子が、登校する生徒達の身だしなみをチェックしている。学校のチャイムが鳴り、教室に向かおうとすると、一人の男子生徒がゆっくり歩いて来ていた。チャイムが鳴っていながらも慌てる様子はなく、その男子生徒に委員長が注意する。それが二人の出会いのようだ。
部長の言う通り、よくある内容だ。でも、普通に読めた。会話文も多く、スラスラと先に進められる。
「読みやすいですよ、部長」
「そうか? それはよかった。まあ、まだ最初の部分だがな。後半はどうかは分からない」
読み終わった一ページ目を隣の柏崎に渡す。一部しかないので、一人が読み終わってから渡すよりも、一ページずつ次の人に渡していくのが有効的だろう。そんな流れでどんどん読み進めていく。
始まりはこうだった。遅刻は当たり前。すぐに暴力に走る不良生徒が、最初は嫌悪感を滲ませていながら、何かと世話を焼こうとする委員長に徐々に心を開いていく。そして、帰宅途中の委員長が他校の不良達に囲まれてしまい、どこかに連れていかれそうになった時、不良生徒が現れ委員長を助け出す。助けられた委員長はお礼を言おうとするが、恐怖と驚きでその場を逃げ出してしまう。
翌日、落ち着いた委員長は感謝を伝えようと不良生徒を探すが見つからない。近くにいた生徒に尋ねると、昨日の件で生徒指導室に呼ばれたらしい。しかも、どうやらこれまでの暴力の積み重ねで退学が決定になるとも。
それを聞いた委員長は急いで生徒指導室に向かい、不良生徒の無実を証明する。疑いが晴れ、二人は屋上へ足を運び、互いに感謝の気持ちを伝えた。それから二人は毎日屋上で会っては会話をし、数日後に不良生徒から告白され、委員長はそれを受け止めた、という最後で終わっていた。
「部長、すごくよかったです。話の流れも段取りよく進んでますし、きれいに完結してると思います」
「ありがとう。同じ女性として二階堂君も共感してもらえるだろうと思っていたが、上手くいったみたいだ」
「やっぱり、こういうハッピーエンドが一番嬉しいですよね」
「そうか? 俺的には物足りない感があったな」
たしかに良い話だ。だが、個人的にはもう一押しが欲しかった。
「何言ってるのよ宮藤。充分良い話じゃない」
「いやまあ、そうなんだけどさ」
「宮藤君は男だからな。感じるポイントが違うのかもしれない」
俺に指摘されていながら不機嫌になるわけでもなく、部長は微笑みを浮かべていた。
「ちなみに、宮藤君は何が足りないと思ったんだ?」
「そうですね……まず、この委員長を助けるシーンですかね」
「いや、カッコイイじゃない。身を呈して守ってくれたのよ? 何が足りないのよ?」
「いや、男だったらさ、ここで魔眼が覚醒して、地獄の焔で相手を焼き尽くすんじゃないかと」
「魔眼⁉ 何で魔眼⁉」
「そんで最後は、『フフフ、あなたが私の求めていた男だったのね』『この魔眼を知っている……お前、あの組織の人間か』『そうよ。その魔眼、いただけるかしら?』『断るそれよりも、お前達組織はなぜこの魔眼にそれほど執着する?』『答えられないわ』『なるほど。力づくで聞き出すしかないか』『じゃあ、勝った方が相手の望むものを手に入れる、というのはどうかしら?』『いいだろう。では……』『『お前の(あなたの)すべてをいただこう!』』で終わる方がグッとくる」
「それじゃあラノベじゃないのよ!」
そうだよ。ラノベだよ。やっぱ熱いバトル要素がないと燃えないだろ。
「何でもラノベに寄せてしまう癖はなんとかならんか、宮藤君?」
「何言ってんですか! ただの恋愛でも戦いを加えれば、恋愛+バトルという二つの楽しみが味わえるんです!」
「恋愛だけを楽しみなさいよ!」
二階堂が大きい声をあげる。
何で分かんないかな~。せっかく女の子が出てくるんだし、真面目な委員長が実は……というのもなんかギャップがあって面白いじゃん。
「そういや、柏崎はどうだった?」
会話に参加していない、同じく読んだ柏崎に振り向く。すると……。
「……グヒン……頑張った……グス……二人は……きっと幸せに……ズズ……」
ボロボロと涙を流していた。
泣くほど⁉ そこまでの感動要素あったか⁉
目の涙を拭い、声が出そうなのを防ごうとしたのか、首から下げている笛を口にくわえる。ピー、ピッ、ピ~、と不規則な音が鳴り響くが、余計にうるさくなっている。
「柏崎君には刺激が強かったか?」
「強いというより、感情移入が過ぎたんでは?」
しばらく待っていたら柏崎も落ち着いたので、次の者へ順番が回る。
「じゃあ、次は私がいくわ」
手を上げたのは二階堂だった。
「二階堂は何を書いたんだ?」
「もちろん、ミステリーよ」
うわ~……。
「何よその嫌そうな顔は。私がミステリー以外を書くとでも?」
いや、想像通りだよ。想像通りだからうわ~、なんだよ。なんの外れもなく、堅苦しいミステリーが来たからすでにヘトヘトだ。
「どんなミステリーを書いてきたんだ、二階堂君は?」
「やっぱり一番好きなのはクローズドサークルミステリーですので、私もそれに挑戦してみました」
「ほほう。難しい所できたな」
「とはいえ、トリックとかは全然ですから、あまり突っ込まないでくれると助かります」
「いやいや。普段からミステリーを読む二階堂君の書いた作品だ。楽しみだよ」
俺は楽しみじゃないんだけどな~。
「じゃあ、読んでみてください」
そう言って二階堂がバックの口を開け始める。
こういう時ぐらい別のジャンルにすればいいものを、懲りずにミステリーかよ。まあ、たぶん部長みたいに中編ぐらいのもんだろう。それくらいなら読めるかもしれ――。
――ドサッ!
……ドサッ?
重量のある音が耳に聞こえ、目線をそちらに向ける。
「ミステリーはやっぱり長編。というわけで、ページ数五百枚程書いてきました」
二階堂の手元には分厚い紙の束が重なっていた。
まさかの大長編んんんんん⁉ もう小説じゃねぇよこれ! 鈍器だよ鈍器!
「すごいな。こんなに書いてきたのか」
「ホントだ。びっしり書いてるじゃん、えりっち」
パラパラと捲る柏崎を見ると、たしかに空白があまり窺えない。
「私もミステリーなんて初めて書くから、どう書けばいいのか分からなくて。それで、今まで読んできたミステリーを参考にしながら書いてみたらこんなに……」
「いや、少しは抑えろよ! こんなん読み切れるかっ!」
「いや、私も少し長いな~、とは思ってる」
「少し⁉ 目一杯の間違いだろ!」
勘弁してくれ。ただでさえミステリーは嫌なのに、さらに長編とか。
「たしかに読みごたえがあるな。よし、読んでみようではないか」
そう言って、まず部長が一ページ目に手を掛ける。速読とはいかないまでも、部長は読むスピードが早く、数秒経った後二ページ分を同時に俺に渡してきた。
さて、どんな内容のものが……。
俺は受け取った一ページ目を、覚悟を決めながら目を通した。
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