第3話
ちょっとしたひと悶着があったが、部活動が再開された。
「さて、宮藤君の小説の感想発表は終了だな。では、次は二階堂君が推薦した小説でいこうか」
「はい」
返事をしてから、二階堂が続けた。
「私が挙げたのは『黒斜塔の殺人』。ある目的で黒斜塔に集められた八人が殺人事件に巻き込まれます。次々と殺される中、主人公が事件解決をしていくという、クローズドサークルミステリーの定番です」
そう説明しながら、課題となった小説をテーブルの上に置く二階堂。表紙には、森の中に立つ細長い建物。外壁には蔦といった植物が張り付き、見るからに何かありそうな佇まい。夜空に浮かび上がる月がその妖しい建物を照らしていた。
「それじゃあ、まずは私からいこうか。結論から言わせてもらうが、中々難しい表現や描写が多くて読みにくいミステリーだったが面白かった」
「そう! そうなんです! この作者の書くミステリーは緻密に描かれているんで賛否両論なんですが、本格ミステリーとして抜群の作品なんです!」
好印象が出た途端、二階堂が目を輝かせて部長に答えた。
「本格ミステリー、か。あれなのか? 途中、読者への挑戦状というページがあったが、そういうのが本格ミステリーと言うのか?」
「いえ、一概にはそうは言えないんですが、部長が言うように犯人当てを提示するものは本格ミステリーの一つとして挙げられます」
「その本格ミステリーの定義ってあるの?」
柏崎が二人の会話に加わる。
「一応、トリックや謎解きが出来て、探偵が出てくるものを本格ミステリーという分類にされるわ」
「しかし、そうなると全部本格ミステリーにはならないか?」
「そうは言い切れません。今は日常ミステリーやキャラミスなんて広まっていますが、それらは本格ミステリーには入りません。謎解きはありますが、その程度はこの作者ほど難しくないんです」
「なるほど。高度なトリックや伏線が含まれていなければならないのか」
「どれくらいの質から本格と言うのか、その境目は曖昧なんですが、本格ミステリーのほとんどはこの黒斜塔の殺人みたいなクローズドサークルものですね」
「そっか。黒斜塔みたいに、限られた場所での殺人は謎解きがメインだもんね。キャラミスとかはキャラクターメインだったりするから」
「そう。トリックや設定が出尽くしているなんて言われて、今はこういう本格ミステリーが少なくなってるんだけど、ミステリーの根幹はこの本格ミステリーと言っても過言じゃないわ」
「ミステリーの中の王、とでも表現すればいいのかな?」
「そうです。部長、上手い事言いますね」
華を咲かせる三人のミステリー談義を、俺は静かに聞いていた。
「宮藤君、君も黙っていないで参加しないか」
「あ~、うん。そうですね……」
このまま時間が過ぎれば、なんて願っていたが、部長の目からは逃れられなかったようだ。
「……タイヘンオモシロカッタトオモイマス」
「何でカタコト?」
「背中のネジが緩んできたんじゃない?」
俺は人形か何かか。
「宮藤君、まさかまたか?」
「……はい」
「まったく……君はどうしてミステリーが読めないんだ?」
俺の返事を聞くと、部長はガックリと落ち込んで頭を抱えた。
そう。俺はミステリーを読破できないのだ。
事件。トリック。謎解き。
この三つがミステリーの根本であり醍醐味だ、と二階堂は言っていた。だが、いまだに俺は理解できなかった。
まず、殺人なんてものに惹かれる訳がない。現実でも起こっており、犯罪の中でも重罪の行為だ。そんな物語に没頭し、面白いなどと言っている意味が分からなかった。そんな考えを持っているからか、『ミステリー好き=変人、もしくは性格が歪んだ人間』という構図が俺の中には成り立っている。二階堂はまさにその象徴。性格は暴力的、優しさの欠片もない変人だ。
架空の物語であるならばまさに架空、ラノベのようなファンタジーものや異世界転生の方が断然面白い。
「最後まで読めない理由は何だ?」
「文章の固さですね。読んでると頭が痛くなります」
「何でよ。別に固くないでしょ」
「固いわ。ガッチガチの固さだよ。岩壁に向き合ってるみたいだ」
絶壁の崖登りをしているかのような辛さを感じるのだ。まあ、実際にやったことはないから分からないが、イメージとしてそんな感じだ。
「はあ~、ミステリーはもういいよ。疲れる」
「はあ? 何言ってるのよ。ミステリーほどドキドキワクワクする小説なんかないじゃない。それによく見なさい。この表紙だって読む前から期待感上がるでしょうよ」
小説を手に取り、俺に突き出してくる。
「ドキドキワクワク? 肩がゴキゴキ首がカクカクの間違いだろ。肩凝るわ眠くなるわで」
「ならないわよ。次の展開が気になってページを捲る手が止まらなかったでしょうよ」
「なるか。台詞が少なくて、逆にダルくて一ページが億劫だったわ」
ミステリーは謎解き要素も含むので、会話文よりも地の文での一つ一つの説明が想像以上に長い。読んでて疲れてしまう。
「そうかな? 今回のはそれほどじゃなかったよ?」
「俺には無理なんだよ。頭と気力が保てない」
「ちなみに宮藤君、どの辺りで挫折した?」
「塔に全員が集まった所です」
「一番面白くなり始める所じゃない! 何でそこで止めるのよ!」
「そこまでで気力を使い果たしたんだよ!」
全員が集まるまで本の三分の一だぞ? それまでの風景、登場人物一人一人の説明。これでもかというぐらい細かく書かれたあれはなんだよ。取扱説明書か何かか?
「まあ、ラノベ好きな宮藤君からすればたしかに読みにくいのかもな。一文一文が少ないラノベに対し、ミステリーは地の文が長い」
「でしょ?」
「しかし、この読書感想発表は部活の一貫だ。途中で断念するのは感心しないな」
「すいません」
一人だけ読破していない事実に、俺は素直に頭を下げる。
「ほんっとダメね、宮藤は。この感想発表も始めて長いでしょ。いいかげん読み切りなさいよ」
「やれたらとっくにやってる」
「つまらない、って最初から先入観持ってるから読めないのよ。皆が集まる中、謎解きの場面で『お、次の探偵は何を言う? どうなる?』みたいに楽しく読みなさい」
楽しくねぇよ。前から思ってたが、何で探偵は推理を披露するのにいちいち関係者全員集めるの? 推理して犯人特定しても、周りに人いたら人質取られる可能性あるじゃん。犯人と一対一でよくね? 推理披露なんて眼鏡の小学生と名探偵の孫で充分だよ。
とはいえ、部長の言う事ももっともだ。部活動の一貫であるわけだから、読破出来ないのは怒られても仕方ない。
「ラノベみたいなミステリーはないのか?」
「そうなると、一番近いのはキャラミス、かな? 殺人なしで日常の謎とか」
「だったら、次はそのキャラミスを持ってきてくれ」
「イヤ」
「何で⁉」
「ミステリーと言ったら殺人ありの犯人当てミステリーよ」
「殺人なんて気持ち悪いじゃんか。もっとこう、読みやすいミステリーを……」
「何であんたに合わせたミステリーを選ばなきゃならないのよ。バカな事言わないで。あんたがミステリーに合わせなさい」
「初心者にいきなり上級者向けの練習やらせないだろ?」
「上級をこなせれば初級も出来るわけでしょ? だったら、最初から上級向けをすればいいと思わない?」
おい、ここにスパルタコーチがいるぞ。
「たしかに、宮藤君には犯人当てをするミステリーはハードルが高いのかもな。二階堂君、少し妥協してくれないか?」
「でも……」
「君の言う犯人当てミステリーも面白い。オススメするのも理解できる。しかし、このままでは宮藤君はいつまで経っても読書感想発表が出来ん」
「うっ……」
引きたくはないのだろうが、部長の指摘も頷けるからか、二階堂は困ったように顔を伏せる。
「はっは。注意されてやんの。やっぱミステリーはつまら――」
「シュウちゃん、誰のせいか分かってる?」
はい、ごめんなさい! 俺ですよね! だから腕の関節技決めないでいででででっ!
「……分かりました。次はキャラミスで――」
「はあ、よかっ――」
「殺人ありのやつ挙げます」
「殺人抜いてくれ!」
※
「くそ~。二階堂の奴、全然妥協してくれね~」
「はっはっは。たしかに、性格がそのまま表れているな」
部活が終了し、俺は部長と並んで帰宅している。
部長とは中学から同じ学校に通っており、家も近所だ。そんなわけで、部活後はいつも一緒に帰っていた。
「部長。部長からも二階堂に言ってやってくださいよ。もう少し楽なミステリーを課題に出してくれ、って」
「無理だろうな。私も先程の部活でも言ったが、殺人なしのミステリーは勧める気はないようだ。君も聞いただろう?」
「そうですけど、そこは部長権限で」
「そんな内容で部長という立場を利用する気はない。それに、読書感想は各自がお勧めするものだから、本人の気持ちを第一にしている。周りが制限するものではないだろ」
もちろんそうなんだが、それでも読破できない小説を課題に出されては意味がない気もする。
「でも、やっぱりもう少し軽めのミステリーを……」
「そうやって文句ばかり言うが、それなら一度くらいはミステリーを読破してこい」
「くっ……」
痛いところを突かれて、これ以上俺は何も言えなかった。
「部長はミステリーを面白いと思いますか?」
「私か? そうだな。のめり込む程までは行かないが、一般的なレベルで面白いと思っている」
「何が面白いんですか?」
参考までに聞いてみた。
「まずは謎解きだな。終盤の解決編で暴かれるトリックと犯人。ミステリーの基本中の基本であり、ミステリー好きはそれが大部分を占めているだろう」
「謎解きしてどうするんですか?」
「別にどうするわけでもない。ただ単に自分でも考えるだけだ」
「考えながら読み進めるとか、疲れないですか?」
「作者や小説にもよるが、基本面白いな」
う~ん、分からん。頭で考えながら読み進めるということの何が楽しいのだろうか。もっとラフで行こうよラフで。
「まあ、そのうち宮藤君にもミステリーの面白さが分かる時が来るさ。こらからも精進したまえ。それじゃあ、また明日」
「はい。お疲れさまでした」
分かれ道に差し掛かったので、挨拶を交わした後俺達は別れた。
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