第15話

「柏崎君の話で逸れてしまったが、本題は二階堂君についてだ。話を戻そう」


 ファミレスを出てすぐ、隣を歩く部長が切り出した。


「二階堂君にはそんな過去があった。だから、彼女はラノベに対して強い拒否感を抱いている」


 たしかに納得の理由だ。しかし、嫌な経験をしながらも二階堂は文芸部にいる。それについて俺は聞いてみた。 


「それだけの出来事がありながらも、二階堂君は小説という媒体から離れられない。小説が好きだからだ。文芸部に所属しているのもそれだな。小説を書くことはしなくなったが、彼女は書く側ではなく読む側へ転向した。しかし、今までのラノベ寄りなジャンルは辛い過去を呼び起こしてしまう。そこで目を付けたのがミステリーだ」

「でも、ミステリーってweb界隈では不人気ですよね? 何でわざわざミステリーを?」

「だからこそだよ。不人気だから誹謗中傷する輩も目を付けないんだ。誰も見向きもしないジャンルなんかで荒らした所で面白くもないからな。彼女もそう判断し、ミステリーに手を出した」


 それが上手くいったようで、以前のように中傷を受けることは無くなったそうだ。 


「ミステリーは不人気だ。特に、殺人といった人が死ぬものは本当にミステリーが好きな者しか読まないだろう。だから、感想もコメントもきちんと読んだ人しか書かない。適当な内容を書かず、最後まで読んで感じた事が感想欄に並んでいる。二階堂君が望んでいる光景がそこにはあった。それにより、彼女はミステリーにハマるようになった」


 元々小説が好きな二階堂だ。ジャンルが変わろうとも、そして嫌な過去があったことも加わり、すぐにのめり込むようになったのだろう。


「キャラクター達の掛け合いが多いラノベとは違い、ミステリーでは文章に隠された手掛かりを探す、言わば読者との掛け合いだ。どこに伏線があるのか、矛盾する点はないのか、そして最後に明かされる真相……小説の新たな読み方に二階堂君は楽しさを覚えた」


 しかし、俺は二階堂をまた地獄の中へと突き落とした。


「さて宮藤君。今までの話を聞いて、君は今日何をしたか分かるか?」


 部長から質問されたが、質問と言えるものではないだろう。ここまで聞いて答えが分からない程、俺も落ちぶれちゃいない。



『ミステリーなんて誰が読んでも同じでしょ。俺が読もうが読まないが、ここにあるコメントが全てだろ。読まなくったって把握できる』

 


「君は感想を言った。だが、それは君が自分で思った感想じゃない。他人の感想をさも自分の事のように話した。読まずにその作品を評価した。だから二階堂は怒ったんだ」


 読まずに評価。それは、二階堂から書く楽しみを奪った連中と同じ行為だ。


「でも、俺は今までだって感想を言わなかったじゃないですか」

「そりゃそうだ。読破していないんだ。感想もへったくれもない」

「だったら――」

「それでも、君は読んだ所までの部分にいついて述べてはいただろう? 表現が固いやら展開が遅いだとか。だから二階堂君もそれほど怒りはしなかったんだ」


 たった一行でも構わない。そこについて自分の抱いた感想を言ってほしい。それが二階堂が望んだ答えだ、と部長は付け加えた。 


「一ついいですか?」

「なんだね?」

「二階堂の気持ちは分かりました。でも、それは自分の考えの押し付けの部分もあるんじゃないですかね?」

「たしかにその部分もあるな。君は二階堂君の事情を知らなかった。彼女にも非はあるだろう」

「自分の辛い過去を繰り返したくない。そういう気持ちがあってミステリーを読んで薦めている訳ですよね。俺はそこには同意できないです。もっと純粋にミステリーを読んでいるなら分かりますが――」

「はっはっはっは!」


 突然、部長は高笑いを始めた。


「純粋、か。君が純粋を口にするとはな。笑わせてくれる」


 小バカにしたような嘲笑。俺はいくらかイラッ、ときた。


「何ですか、それ。俺は二階堂とは違い、純粋にラノベを読んでいます」

「どこがだ。たしかに二階堂君は純粋にミステリーを読んでいるかと言えばそうではないだろう。だが、純粋から最も程遠いのは君も同じだろう」

「そんなことはないです。俺は普通にラノベが好きで――」

「君がラノベを読むきっかけになった事を考慮しても、堂々と純粋と言えるのか?」

「……」


 開きかけた口がゆっくり閉じていき、俺は黙ってしまった。そして、目線は下へと移っていく。


「宮藤君が自らラノベに手を出したなら純粋と言えるだろう。だが、実際はそうではないよな。君がラノベを読むようになったのは、ある人物の影響だろう?」


 その言葉に、二人の間に長い沈黙が訪れる。


 そう。俺がラノベを読むようになったのは自分で手を伸ばして始めたわけではない。中学の頃にいた親友、篤志によるものだった。


 もうこの世にはいない親友の篤志が大好きだったもの。それがラノベ小説だった。

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