音楽室はエリーゼのために④【百合描写あり】

「テレーゼの幽霊……ね」

 

 何かを考えるようにして、あごにしなやかな指を添える百合子ゆりこ

 一通りの事情説明を終え、向かいのパイプ椅子に座っている美沙みさ紅葉もみじはコーヒーをちびちびと口に運ぶ。

 ちなみに、二人ともエメ○ンを選んだ。紅葉に美沙が合わせた形である。


「私は大丈夫なんですけど、他の子たちが怯えちゃってて……。うち、男子のマネージャーとかは居ないので、誰かに道具を部室に運ぶのを頼むわけにもいかないし……。今は、暗くなる前に終わりの時間を早めて対応してます」


 と、現状の報告する美沙。当校のダンス部員は全員が女子である。頼れる男子部員がいれば、そちらに任せることもできるのだが、なかなかどうしてそうもいかない現状である。

 学校側はこの事件をそこまで問題視しておらず、部室棟の同じ階の他の部活もあまり気にしていないようだ。それもそのはず、この事件はほんの2名の証言でしか成り立っておらず、そもそも怪談なんてものはいつの時代も面白半分で語られるものである。死人が出た!なんてコ○ンばりの実害がない場合は、どこでもこんなもの。ダンス部員たちが美沙の言葉を信じるのは、彼女が嘘をつくような人ではないと、信頼しているからであろう。


 彼女らが被害にあったのが先週の土曜日、5月22日である。それから今日までこれといった怪奇現象もなく、第2音楽室は沈黙を保っている。


 顎から手を放し、百合子は美沙に尋ねる。

「大体事情はわかりました。で、美沙ちゃんは何が望みなの?何をどうしてほしいの?」

 百合子は美沙の目を見る。美沙も、それを見つめ返し真剣を声に乗せて答える。


「私が先輩に望むのは、現状の解決です。元の学校生活、部活動を送れるようにしてほしいです」

「解決ねぇ……」

百合子は飲みかけの缶コーヒーを一気に呷る。そして、冷蔵庫から新しい缶を取り出し、プルタブに指を掛けて開ける。紅葉たちが見ている中で、もう4本目である。


「先輩は、どんなトラブルでも解決してくれる、すごい人だとお聞きしました。それに代価が必要なこととも。出来る限りのことはしますので、どうか―――」

 それほど、今の部活動が好きなのだろう。何とか引き受けてもらおうと必死の表情で、美沙は百合子に嘆願する。百合子はすっと身を乗り出し、頭を下げようとした彼女のおでこに人差し指を添えてそれを制止する。百合子は額に指を付けたまま顔を上げ、戸惑いを見せる。


「頭を下げるのはやめて?私はそれに見合う人間ではないし、そもそもその取引は、もうやっていないのよ」

 そんな――と言いかける美沙を、その唇に額にあった指を添えることでまたもや制止する。突然のことに、美沙は目を大きく見開き、頬を赤らめる。額から汗が吹き出し、無性に喉が渇きを訴える。

 動揺を隠せない自分を信じられなくなり、「もしかして、目覚めちゃった?!」と疑いだす始末である。


 シリアスモードからなぜか突如蔓延しだした百合な雰囲気に居心地悪く、紅葉は向こうを向く。耳は先まで真っ赤である。


「私は何でも知っている。校内のことならなんでも。例えば……あなたのバストサイズとか……」


 妖艶な笑みとともに、百合子の指は唇からつつーっと下に降りていき、鎖骨の間を通り、セーラー服の胸元を大きく押し上げている美沙の左の乳房に添えらえる。なっ!と美沙はさらに顔を燃え上がらせ、頬に手を当て、視線は自身の胸の窪みに釘付けになっている。

 これが漫画であったなら、頭から湯気を立ち昇らせていただろう。紅葉は、「見てない、見てない」と唱えながら、視線がそちらに行きそうになるのを必死に抑えている。


「まあ、冗談はこのくらいにしておいて…」

 指が、美沙の胸から離れる。空間自体が、ふうっ、と力が抜けたように、ピンク色が抜けていく。


「さっきも言ったけれど、私は何でも知っている。幽霊事件のことも、大方見当がついているわ。だけど、問題の解決となれば話は別。私が直接手を下すことは出来ない」


 残念そうな表情をする美沙。しかし、お願いしているのはこちらである以上、無理強いは出来ない。「わかりました」と腰を浮かせようとするが、それを彼の声が再び彼女に腰を下ろさせる。


「でも、ヒントを出すことは出来る。そうですよね、百合子先輩?」

 微笑を浮かべ、エロティックな百合空間に翻弄されていた紅葉が百合子に問いかける。まだ少し、頬が朱に染まっている。


「そうね、私は手を出さない。けれど、まあ、そこに行きつくまでの道しるべは示してあげる。ゴールにたどり着けるかどうかは、あなた達次第」

 紅葉につられて微笑で返す百合子。だがそこには、新しいおもちゃを買ってもらった子どものような興奮が見え隠れしている。彼女はさらに続ける。


「紅葉くんはその道のプロだから、彼に頼るといいわ。いいでしょ、紅葉くん?」

問われた紅葉は、「誰がその道のプロですか…」と抗議するが、「いつものことでしょ?」と迎撃され白旗を挙げた。


「まあ、彼女を連れてきた時点でその覚悟はしてましたし……。それでいい?」

 紅葉の視線は、あっけにとられている美沙に移る。美沙は、こくこくと無言でうなずく。


「ありがとうございます、先輩。それで、代価は――」

 感謝の意を伝え、恐る恐る尋ねる美沙。このような展開は予想していなかったのか、若干思考が追い付いていないようにも見受けられる。


「先ほども言った通り、その取引はしていないの。あえて言うなら、紅葉くんが奔走しているその姿が、代価といえばそうかしら」

 人の悪い笑みを浮かべ、ちろっと舌なめずりをする百合子。その唇は、どんな男も虜にしてしまう妖艶さを醸し出していた。いや、男に限らないのかもしれないが。

「相変わらず、人でなしだなぁ」と、思っていても声には出さずに、無表情で対応する紅葉。


 真藤 百合子は以前、願いを叶える代わりに代価を求める「魔女」であった。等価交換である以上、そんなことを言われる筋合いはないのだが。しかし、彼女は紅葉との出会いで変わった。

 興味関心の方向が変わったとも言えなくもないが、彼女は代価を求めなくなった。


 そんな彼らのやり取りを見ていた美沙は、阿吽の呼吸のような、信頼関係にも似た、確かなつながりを感じた。正確には一方的な関係であり、紅葉は半ば諦めているだけなのだが。



「では、願いを叶えるためのヒントを君たちにあげよう。それをどう解釈するかは自由。進展したら、またここにおいで」


「今日のお姉さんは機嫌がいいので、2つヒントをあげよう」


「1つめは『第2音楽室』」


「2つめは『テレーゼは、土曜にしかやってこない』だよ!」


「Eカップおっぱい、ありがとう!!!」



 暴荒れる美沙を抑えるのは大変だったと、後日に紅葉は語った。

 そのときの紅葉の頭の中では、「E」という単語が反芻されていたのは語るまでもない。

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なんでも知ってるお姫様とゆかいな問題たち aillu @aillu0115

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