第3話 森の中で

鬱蒼とした森に囲まれた小高い丘の上でクロエは一人佇む、囁くような独り言を吐くやいなや静かに物思いにふけこんでいった。


 ふー、オーケー落ち着くのよ私、いつものように冷静に。ココが一体なんなのか、どこなのか、なぜこんな所に来てしまったのかわからない事だらけだけど、今考えたって答えは出ないから考えるだけ無駄ね。遠くの空に目を向けても相も変わらず化物共が小競り合いを続けている。心なしか森から視線を感じる気がするし、さっきまでいた洞窟からは未だに大ムカデがコチラをジッと見ていて待ち構えているんじゃないかと、正直気が気じゃないわ。十分現実を受け入れて冷静を装ってはいるけれども、今も何かが私に襲いかかっくるんじゃないかとビクビクしてしまう、恐怖心を拭えきれてない証拠ね。どの道ココは目立つし、またさっきみたいな危険な目に合う前に移動しないと…。けれど一体どこへ行けばいいのよ。


 結局考えの纏まらないまま小高い丘を尻目にクロエは森の中へ足を踏み入れた。中は陰険な湿った冷気が仄かに漂っている、先程までいた大ムカデの巣のようにキレイにくり抜かれてできた歩きやすい横道とは違い、足場が悪く懐中電灯で足元を確認して進まなければ転んでしまいそうだ。。歩き進むクロエにしっとりと冷気が纏わりつく。嫌ってほど走り続けてかいた汗は冷え、余計にクロエの体温を奪い、森の悪路がガリガリと精神を削っていった。肉体的にも精神的にもいい加減疲弊してきたクロエは、手頃な岩穴を見つけると穴へ潜り込みすぐに、目覚めてからココに行き着くまでの苦労を思わせる深いため息と共にドサッと腰を落ち着けた。


 直ぐにでも寝転んで休みたい思いに駆られリュックサックを枕代わりにゴロリと寝転がるが思いとどまる。起き上がりリュックサックの口に手を伸ばし、中身を開ける。今自分が何を持っているか確認するためだ。

中から出てきたのはメモ帳一冊、ボールペン数本、未開封の天然水のペットボトル500ml一本、同じく未開封の菓子パン一個、そして

「護身用にと思って買ったハンドガンがこんな所で意味をなすなんてね、アメリカに生まれてよかったと今までで一番強く思ったわ」

ホルスターに入れたままリュックサックに放り込んだ9mm口径のハンドガングロック19一丁、装弾数は15発。マガジンを取り出し慣れない手付きで15発のうち14発を込めるとホルスターに入れ直し、腰に装備する。

「撃てる弾は14発、撃ちどころはきちんと考えなきゃ」

最後の一発は誤って撃って仕舞わぬように大事にポケットにしまう、自決用の弾なのだから。


 どれくらい時間が経ったのだろう、寝転んでいる内に眠ってしまったていたようだ。微睡みから覚めたばかりの頭はボケボケとハッキリしない。周りを見渡す、もしかしたら自分のベッドで目を覚ますんじゃないかと僅かに期待したが、そんな淡い希望は泡沫に消えた。


 リュックサックから水とパンを取り出し朝食なのか夕食なのかわからない目覚の食事を取る、もしかしたらこれが最後の人間らしい食事になるかもしれない。安全地帯の確保も重要だがそれよりも急いで解決しなければならない問題がある。水と食料の問題だ。手持ちのパンはたった今食べてなくなり、水はあるがたった500ml、2日保てば良い方でこのまま何もしなければ餓死するのは明らかだ。

「はー絶望的、遺書の用意でもしようかしら」

虚しい独り言が小さな岩穴に響く。準備を済ませて立ち上がり岩穴を出ようとした時だ、またも嫌な予感が走る。そっと岩穴からでるとクロエは声にならない悲鳴を上げた。出入り口を三匹の人の形をした化物が囲んでいたからだ。その化物は全身を灰色の毛に覆われたまるで猿のようだが、胴の上に乗ってなければならない筈の頭は無く、代わりに赤くギラついた大きな殺意を抱いた目が胸に付いていた。へそにあたる部分からはオオアリクイのような口が出ており、チョロチョロと舌をムチのようにしならせている。背丈こそ身長170センチのクロエをやや下回るものの、そのガッシリした体格の化物に組み付かれたら最後抜け出せないだろう。常識を逸脱した、グロテスクな生き物をみたクロエの喉から二度三度とえづく音がする。最初に遭遇した化物は直視する暇が無かったし、逃げられる道を走っていただけだった。だが今回は違う、逃げ道はなく化物共と面と向かって対峙している。遺書を書く暇も自決するスキもくれず惨たらしく殺されるだろう。しなるムチのような舌にズタズタに解体され食べられてしまうのか、或いは手の爪で殺されその長い舌を突き刺し全身の血液を飲むのかもしれない。ダイレクトに迫った死への恐怖から足がガクガクと揺れる。頭では銃を手に取り応戦しなければと理解している、だが金縛りにあった様に体は動かない。そうやって対峙していた時のことだ、遠くの空から大気を切り裂く音が耳を劈く。


 その音は徐々に大きくなり戦闘機のような生き物が上空を通る、さらにその戦闘機の化物の後を複数の小さな化物が追う。トビエイをより戦闘機に寄せたその巨体の化物は赤く光る単眼と複数の触手を持ち、追ってくる敵を撃ち落とさんと触手から紫の光線を放っているようだ。対する小さな化物はこれまでの化物と違い目は赤く光っておらず、統制を取った飛行をしている。人の形をしたそれはクチバシが異常に発達した鳥のような頭を持ち、背中から生やした翼を羽ばたかせて飛んでいた。驚いたことに手に槍のような武器を持っていた。


 クロエは思わぬ乱入に空を見上げ呆気にとられていたがハッと我に正面に返り向き直す、予想外の乱入に驚きはしたものの、おかげで体の硬直は解けた。見れば猿の化物も空を見上げ呆気にとられている。ホルスターから素早くグロック19を抜き取り構える、発砲音に釣られて別の化物がよってくるんじゃないかと考えるが、なりふり構ってはいられない、三匹の内の一匹に胸の顔に狙いをつけて弾丸を4発叩き込む。当たりどころが良かったのか、弾丸を受けた猿は力なく大地に沈む、確認はしてないが生命を感じさせない倒れ方からして死んだのであろう。包囲の穴ができた事で逃走経路が開かれた。直ぐに逃げ出さんと走り出そうとするが、それよりも早く発砲音で我に返った別の猿の舌が素早く伸び足首を取られ勢いよく仰向けに転ばされた。

「っ!…このおっ!」

再びグロック19を構え猿に銃口を向ける。残りの二匹にありったけの弾丸を浴びせる、はずだった。確かに腕は猿の方へ構えていた、だが構え直した瞬間に瞬時に切り落とされたのだろう、手首から先には何もない、あら無くてはならないはずの右手はクロエの側に拳銃を握ったまま無造作に転がっていた。クロエが右手が斬られたのを認識するのを待っていたかのように右手首の断面図から勢いよく血飛沫が上がり辺りを真っ赤に染め上げる。

「うぁあああぁぁっ!!うでがぁぁっ!」

痛々しいほどに悲痛な叫びは森中に響き渡りこだまする。


 心なしか猿の化物共は笑っていた気がする、獲物をしとめられると確信したのだろうか。右手首に信じられないような激痛が走り、気が遠くなっていく。ああ、このまま痛みのショックで気を失えるのならラッキーだ。出血多量でも殺されるのでも、意識がある内には味わいたくない。そう考えながら遠のく意識の中で死神に身を委ねる。クロエが見た最後の景色は自分を見て笑うような仕草をする猿の化物二匹と、こちらに向かって墜落するトビエイの化物の姿だった。



 ちょうど墜落地点にいた猿の化物二匹はそのトビエイの化物の巨体に押しつぶされる形で即死、少し離れた位置にいたクロエは墜落時の衝撃で力なく吹き飛ぶ。トビエイの化物の体はキズだらけで複数あったはずの触手は見事に切断されていた。トビエイの化物は残された生きる力を振り絞り最後の一本の触手を自発的に体から切り離す。切り落とされた触手はうねり進む、赤い血溜まりを作るクロエの右手首の断面図を目指して。


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Castaway OuterZone 東雲マコト @arere0127

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