第2話 Castaway-2
クロエ…クロエ起きて…遠くから声が聞こえる、これはお母さんの声だ。
「ほーらいつまで寝ているの、朝よ。今日の朝食は貴方の大好きなメープルシロップのパンケーキよ!顔を洗ってらっしゃい、それからテーブルに着くように、いいわね」
そう言うやいなや母は部屋を後にした。
何だかひどい夢を見た気がする、ベッドから起き上がり鏡を見るとあっちへこっちへと意思をもった様に思い思いの方向へと髪がはねていた。
「ふぁ~あ。短くするんじゃあなかった、直すのは後でいっかぁ」
学生時代は髪を綺麗に伸ばしていたけれど、ジャーナリストとして仕事を始めてから直ぐにバッサリ切った。結構気に入ってはいたのだけど東奔西走と忙しなく動くこの仕事で次第に鬱陶しくなり、思い切ってイメチェンも兼ねて切ったのだ。母に言われたとおり洗面所で顔を洗い椅子 を引いてテーブルに着く。
「おはようクロエ、ちょうど良いタイミングね出来立てのパンケーキよ」
「おはよ、ありがとうかあさん。お父さんはもう仕事?」
「父さんなら先に殺したわよ?」
「え?」
母の突然の発言に驚き顔を上げると血に濡れた母が立っていた、顔になければならない口や目がなく、代わりにぽっかりと空いた闇へと続く穴がそこにあった。
「あ・・・かあ・・さん」
「貴方も直ぐにお父さんのところへ送るからね」
腹部が熱くなる、見れば包丁がお腹に深々と刺さっていたのだ。
「あ・・・あ・・・」
遅れて痛みがやってくる、遠のく意識。最後に見えた物は私の血がたっぷりとかかったパンケーキ。嫌に美味しそうに見えるそれは、イチゴジャムのパンケーキに見えてひどく美味しそうに見えた。
はっ息を呑むようにして私は飛び起きた。
体中から嫌な汗をびっしりかいている、とてもひどい夢をみた。辺はひどく暗く側に転がっていた唯一の光源である懐中電灯が岩肌を照らし出していた。懐中電灯を手に持って辺りを見渡して見るとどうやら壁も天井も岩肌である事が確認できた。遠くからぴちょんと水の雫が滴る音が響く。どうやら洞窟のようなところにいるらしい。
「ここはどこなの…」
自分がどこにいるのか分からなくて不安が募る、もはや闇に飲まれたところまで含め夢なさえ気がしてきた。うん、違いないそう思うことにしょう、クロエは不安を隠すように自分に言い聞かせる。きっと野生動物にあって無我夢中で走って逃げていたら洞窟に入り込んだのよ、そうに違いない。自分に言い聞かせるように心の中で何度も言い聞かせてようやく、落ちていたリュックを背負い壁を伝いながらクロエは出口を目指して歩き出した。
「出口に出たい時は風が吹いている方へ歩けばいいんだよね、確か」
以外にも洞窟の穴は綺麗にくり抜かれており最初はつまづかないように足元を照らしたりして気をけながら壁伝いに進んでいたが、きづけば壁に手を当てる事を止め何時もの調子で歩き始めていた。それから間もなくの事だ、遠くから何かの音が聞こえる。
「…何の音かな」
音の正体を突き止めようと耳を澄ましてみるもぴちょんちょんと滴り続ける水滴の音に混じる妙な音の正体は結局掴めず、不安は残るものの再び歩き出した。
再び歩き出して数分立ってようやくクロエは気づいた。先程聞いた妙な音が大きくなっている、それもどうやら音は一つじゃあない、複数の何かが駆ける音が聞こえる。
クロエは走り出した。確信があったわけではないが、クロエは昔から危険な事を察知する勘だけは良かった。その勘が言っている、何かの大群が私の方へ向かっている、走って逃げなければ走り寄ってくる何かの大群に追いつかれると。
分かれ道のたびに足を止め出口に流れる風の行方を確かめる、その間にも背後から迫る勇ましい大群の足音が更に大きくなる。
クロエは全力で走る、心臓は張り裂けそうなほど叫びを上げ、脚は油断すれば力を失いそうなほど疲弊して今にも倒れ込んでしまいそうだ。もしかしたら逃げ切れないかもしれない、心が折れかけたその時、出口からさす光が見えた。
「やった…!出口だわ!」
思わず足を止め安堵のため息をついてるのもつかの間、振り返ると暗闇の遠くにに無数の赤くギラギラと光る目が見えた。出口を目指し泣けなしの力を振り絞り再び走り出す。洞窟の出口まで10メートル、あれほど空いていた距離は一瞬で詰まれ、勇ましい足音はそのすぐ後ろにまで来ている。振り返えって大群の正体を確かめる余裕はもうなく、無我夢中で走り続ける。残り5メートル、カカカカッと耳元で石と石を素早く打ち付けたような乾いた鳴き声が聞こえる、およそ動物とは思えないその鳴き声に足が竦みかけたが何とかぐっとこらえる。残り1メートル、足がほつれ体勢を崩れるのと同時に頭のすぐ上を、先程まで頭があった位置を化物の牙と思わしき物が空を切る、もし体勢を崩していなかったら首と胴体はさよならをつげ派手に血飛沫を上げていたことだろう。足がほつれ体勢を崩し転んだ勢いのまま洞窟から転がりでる、早くにげなきゃと、直ぐに立ち上がろうにも疲労が重くのしかかり動作が鈍くなる。慌てて顔を上げて先までいた洞窟の方を見ると、化物は洞窟から出ることはせず、じっとこちらを見ていた。大群だと思っていたその化物の正体は巨大な大ムカデを思わせる化物だった。顔に何十もの目をギラつかせ、クワガタを思わせるその大顎から滴る涎からクロエを食べれなかったことへの恨めしさが窺えた。そう洞窟だと思っていたあの場所は大ムカデの化物の巣だったのだ。大ムカデの化物は洞窟から出ることはせずしばらくすると再び勇ましい足音を轟かせながら洞窟の奥へと引っ込んでいった。
「なに…あの化け物…!、わたしまだ夢をみているのかな…」
現実逃避に夢だと思い込みたくても洞窟から転がり出た際の体の痛みがここが現実だと教えてくれている。闇に飲み込まれた記憶が、無数の目を持つ大ムカデの化物が、何より見上げると見知った空はどこにもなく漆に塗りつぶされた空はところどころひび割れのような亀裂が走り、そこから漏れ出す紫の光が地上を暗く照らすこの世界が現実なのだと。
暗く照らされた世界は幽幽たる有様で、おどろおどろしい雰囲気がそこらかしこに満ちていた。遠くの空には見たこともない化物が縄張りなのだろうか、小競り合いをしているのが見える。森に囲まれた小高い丘のような所にでたクロエの眼前に広がる光景は呼吸を忘れるのに十分な衝撃だった。理解が追いつかずクロエはひとりその場に立ち尽くし佇む。
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