Castaway OuterZone

東雲マコト

第1話 Castaway-1

あの日の夜空は綺麗だった。星の海を遮る雲はどこにもなく、澄んだ夜空に大小様々な星が爛々と輝いていた。夜風にささやかに揺られている草原に寝転がり、星の海を西へ東へと視線が股にかける。

天体観測って言えるほど大げさな趣味ではないけれど、時々こうして人気のない山に登りまるで現実世界から切り離されたように開けた小さな草原で、こうして星の海を航海して過ごしている。この日は秋も深かまり冷気がやや肌に寒く感じられる夜だった。星の海に浮かぶ月は地球上からみた月がもっとも大きく見えるスーパームーンへと姿を変えている、この日は星の海を航海するのに絶好の日だった。あの晩の最高のシチュエーションは今でも思い出す。狙撃手にとって敵を打ち抜く最高のシチュエーションがあるように、愛する恋人へのプローポーズにベストのシチュエーションがあるように、この晩私がいた場所は地獄の日々へと繋がる穴が開くのに最高のシチュエーションだったからだ。


 最初はほんの小さな違和感だった、あの草原は元々と人気がなく、都市部からも大分離れていた為車の走行音や民家から聞こえる生活音が一切聞こえない、私のお気に入りのスポットで、聞こえるのはせいぜい鳥の囀る声や風で揺れる草々の音だけであった。今夜は一際静かでいい日だなと最初は呑気に過ごしていたが、暫くして余りに静かすぎる事に気づいた。鳥ばかりか草木の揺れる音さえ聞こえない。人は45分無音の空間に放り込まれると次第に可笑しくなるという話を聞いたことがある、その時の私が正にそうだった。時が経つにつれ余りに静かなもんだから自分の心臓の鼓動がうるさく聞こえ、肺に空気が入る音、果にはゴクリと喉を鳴らす音さえ煩わしく聞こえた。


  何かが可笑しいと思い始め辺りを見回すも変わった様子はない、星の海も変わらず美しく輝いていた。けれども私の不安は消えることはなく、それどころか胸騒ぎを覚え始めていた。スーパームーンのその不自然とも言える大きさががやたらと禍々しく見えてより不安が募る。その時月を見上げ続けていた時のことだ、自分の身に何かが起きていると確信したのは。月の一部が妙な欠け方をしていたのだ。月の満ち欠けの様な様子だったならきっと私も何も思わなかったと思う、しかしそうじゃなかった、まるで闇に穿たれた様に虫食い状に欠けていたのだ。最初は私も夢だと思った、けれど自分の体をいくら叩いても目の前で起きている異様な光景は変わらない。そうこうしている間にも更に闇が月を穿っていく、心臓の鼓動が爆音に聞こえる程高まってようやく、私の脳みそが働き始めたのか 、無我夢中でリュックとややずっしりと大きい懐中電灯を持って立ち上がり全力でその場から逃げ出した。

「なんなの!?一体何が起きてるの!」

不安をかき消さんと思わず叫ぶ。相変わらず自分が発する音以外、いぜんとして世界は無音を保ち続けている。自分の駆ける音が無音の世界に響く、はぁはぁと荒い呼吸が虚空へと消える。振り返ると自分が先ほどいた場所は跡形もなく闇に飲まれ、空で穿たれていた月は姿を隠し美しく輝いていた星々の光は一つ、また一つと電気の供給を失ったかのように消えていく。

「いゃっ・・・いゃあああっ!」

次第に世界は完全に飲み込まれ地面と空間の境界が分からなくなるほどに、暗い暗い世界の中で私は走り続けていた。


 私はどこを走っているの?地面を蹴る感触はある、けれども暗すぎて闇に落ちているのではないかと錯覚する。先へ進む道はどこ?懐中電灯は何も教えてくれず、照らす先は 永遠とも思える暗闇。ここは一体どこなの?誰も教えてはくれない、私しかいない世界なのだから。

 恐らくここで私は気を失ったのだと思う、目を瞑っても開いても見える色は黒のみでタダでさえ身に起きていることが夢なのか幻なのか分からないのに、闇に飲まれてより気を保っているのか分からなかったからだ。


  これが私がアウターゾーンに迷い込む前日の出来事。異形の化け物共が住まう弱肉強食の世界。いつまでも夜が続いて、どれだげ願っても朝がこない、この宇宙の中にありながらこの世の外にある世界、アウターゾーン。

これは私が救いのない闇の世界でまるで御伽話と思える様な過酷な日々を追った漂流記。

このアウターゾーンでは何千通りの死に方がある、ただの人間である私がここで生き残る方法は一つだけ、それは―

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