第81話 教会跡での攻防戦
この建物は、外観から何となく連想した通り元々は教会として使われていたものなのだろう。
天井も高く広々とした室内には、同じ形の木のベンチみたいな椅子が所狭しと並べられている。奥の方は一段高くなっており、そこの床板は他の場所とは色が異なっていた。
おそらくかつては窓が填まっていたであろう壁の穴は吹き抜け状態になっており、外からは乾いた風が吹き込んできている。
奥の方には小さな扉があり、固く閉ざされている。そしてその前には、たむろしている不良のように円陣を組んで座っている汚らしい身なりの男が六人。一応剣と鎧で武装してはいるが、どうも鎧のサイズが体に合っていないようで、鎧を着ているというよりは鎧に着られている感があった。あれだな、一年生になった子供に新しいランドセルを買ってあげたらサイズが明らかに合ってなくてランドセルに手足が生えて歩いてるみたいになってる、ああいう感じのニュアンスだ。
どう見ても典型的なやられキャラって感じの存在だが、六人もいるのは微妙に厄介だ。俺たちが真っ向から攻撃を仕掛けたとして、その隙を突いて奥にいるかもしれない仲間に襲撃を知らせに行く伝令役に回る奴が一人はいるかもしれないからだ。
理想は声すら上げさせずに六人を一瞬で昏倒させることだが、流石に魔法を使ってもそれを成し遂げるのは難しい。
面倒でも、仲間を呼ばれるのを覚悟の上で一人ずつやるしかないか……
俺がそう思って魔法を唱えようとした、その脇腹を肘で小突くリュウガ。
彼は椅子の陰から六人の様子を伺いながら、小声で言った。
「おい、あいつらの気を引いて一箇所に集める方法はねぇか?」
「……ふむ?」
現在、俺たちはこっそりと建物の中に潜入して数多並ぶ椅子の陰に身を隠している状態だ。
俺たちと、六人との距離は十メートルくらい。此処からなら、魔法は当然普通に投げた物も余裕で届くだろう。
連中の気を引いて一箇所に集める方法……となると、真っ先に考え付くのはあいつらが思わず手を伸ばしたくなるような魅力のあるものを近くに投げることだが。
でも、此処には砂粒くらいしか落ちていない。こんなもので連中の気を引けるとは、流石に……
……ん?
腹の辺りに違和感を感じて、俺は指先を腹に当てた。
指の腹に、固い感触を感じる。
……あ、これは……
俺は懐から手を突っ込んで、指に触れたそれを引っ張り出した。
それは──金貨だった。闘技場で貴族の娘さんを助けた時に謝礼として貰った千ルノの一部である。
そうだ、あの時は財布が手元にないからって直接服の中に突っ込んだんだっけな。窃盗犯もまさか服の下に直接金貨を入れているなんて思わなかっただろうから、こいつだけは盗られるのを免れたというわけか。
これは、使える。金が嫌いな人間なんていないだろうから、金貨が床に落ちる音を聞いたら少なからず興味を示すはずだ。
俺は狙いを定めて、金貨を放物線を描くように軽く投げつけた。
金貨が六人の横、一メートルくらい離れたところへと落ちる。固い木の床に当たって、きぃんと澄んだ音を立てた。
金貨が落ちる音に気付いた六人が、一斉に音のした方を向いた。
床に落ちている金色の丸い物体を見つけて、わっと声を上げる。
「き、金貨だ!」
落ちた金貨に群がる六人。まさかここまで食いつくとは思っていなかった俺は、半ば呆気に取られた様子でその光景を椅子の陰から見つめていた。
おいおい、どれだけ金に飢えてるんだよ盗賊って。まるで池に投げ込んだ餌に群がる鯉みたいだな。
遂には誰が一番に金貨を見つけたかで揉め始めた。周囲のことなど全く見ていない。
そこを狙って、その場に立ち上がったリュウガが両腕を勢い良く振り上げた。その手には、手近なところから引っこ抜いたのだろう、椅子が握られている。
「おらよぉっ!」
フルスイングで投げ放たれた椅子が宙をすっ飛んでいく。
大人が並んで四人くらい座れそうな大きさの椅子は、仲間同士で揉めていた男たちの頭に直撃した。
めごしゃぁっ!
大量の木っ端を撒き散らしながら椅子が大破する。よほど長年に伴う劣化で脆くなっていたらしい。元が何だったのかすら分からないほどにばらばらになり、床に飛び散った。
男たちは全員目を回してその場にひっくり返っていた。
完全に不意を突かれたところにこれだもんな……無理もない気はするが、ひ弱なもやし男じゃないんだからもう少し根性出せよとちょっとだけ思った。
「おっしゃ、ストライク!」
「……容赦ないな、あんた」
ガッツポーズを取って喜ぶリュウガに半眼になる俺。
ふん、と荒くなった息を鼻から吐き出して、リュウガが腕を組む。
「一人ずつ叩いてる間に逃げられる方が面倒じゃねぇか。この方が手っ取り早くて楽だろ」
「……まあ、俺も同じ懸念はしてたから非難するつもりはないけどな」
俺は完全に伸びている男たちに近付いて、その中の一人が力なく握っていた金貨を回収した。
その時、今まで男たちが守っていた例の扉が開いて、奥から男が一人顔を出した。此処にいる六人よりも少しばかり体格が良く、着ているものはくたびれた革鎧だが体にぴったりフィットしていてちゃんと着こなしている感がある。
男は傍で伸びている男たちを見つけて、大声を上げた。
「お前らっ! 何寝てんだよ!」
「ウィンドボム!」
男が俺の存在に完全に気付く前に俺は魔法を放った。
ぱぁんっ!
風船が破裂したような音を立てて、男の顔面に命中した空気が破裂する。
男は仰向けにひっくり返り、傍の壁に頭を勢い良くぶつけてそのまま動かなくなった。
今のは吹っ飛ばすつもりだったから手加減はしなかったが、元々殺傷力はないに等しい魔法だ。そのうち目を覚ますだろう。
「……今のがボスって感じはしねぇな。あの野郎の顔も見てねぇし、多分まだこの奥に何人かいやがるな」
リュウガが言うあの野郎というのはおそらくガクのことだろう。
あいつが盗賊の仲間だとは未だに信じ難いが、荷物が奪われてフォルテたちが連れて行かれたのは紛れもない事実だ。もしもこの先にあいつがいたら、俺は本気であいつを叩きのめさなければならない。
叶わない願いだろうが、どうかこの先に、あいつはいないでほしい。そう思わずにはいられなかった。
「行くぞ、おっさん。油断して不意打ち食らわねぇようにしろよ」
「……分かってる」
剣を片手に下げたリュウガが、閉じかけた扉を全開にして中へと入っていく。
俺もその後に続いて、扉をくぐり奥の通路へと足を踏み入れた。
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