第65話 囚われの生命の末路
所狭しと棚や何かの実験道具が無造作に詰め込まれた箱が並べられた部屋の中心。そこに、灰色のローブを纏った魔法使いが立っている。
背はそれなりに高いが痩せぎすで、まるで干物のようという言葉がぴったりの雰囲気の人物だ。頭に何の動物のものなのか大きな頭蓋骨を被っており、顔は分からない。あれで前がちゃんと見えているのかどうかは謎だ。
魔法使いは目の前の机に並べたものを見つめて、含み笑いを漏らしていた。
それは、掌に収まるほどのサイズの水晶だった。ほんのり赤味掛かった色をしており、側面に赤い塗料で色付けされた何かの魔法陣が刻み込まれている。
「遂に、完成した……忠実に命令に従う究極の
魔法使いの視線が、ある一点へと向く。
そこには、手足を机から伸びた鉄の枷で繋ぎ止められて猿轡を噛まされた格好で眠っているフォルテの姿があった。
胸が暴かれており、つんと尖った先端を晒した双丘の谷間に、赤いバツ印が書かれている。
そこに、傍らに置いてある小振りのナイフを手に取って、その刃を押し付けた。
「さあ……儂が世界一美しく、そして強く忠実な
ひゅっ──
がつん!
ナイフの刃に石が命中し、ナイフが魔法使いの手を離れて部屋の隅へと飛んでいく。
魔法使いはびくっと全身を強張らせて、石が飛んできた方向──部屋の入口を塞ぐように立っている俺たちの方に顔を向けた。
「なっ……何だ、お前たちは!」
「あんた……非常識な命中率してるな。普通、こんな距離離れてたら当たらんと思うぞ」
「その場にあるもんを武器にするのは基本中の基本だぜ? その気になりゃ靴下だって立派な武器にできる、おっさんもそれくらい覚えておけよな」
俺の言葉にリュウガは不敵な笑みを零しながら、手中に残っている小石をぽんぽんと跳ねさせた。
これは、その辺に落ちていたやつを彼が適当に拾ったものなのだが、まさか二十メートルも離れている小さな的に正確に命中させる投擲技術が彼にあるとは思っていなかった。
まあ、石を武器にするのはまだ理解できるが……靴下を武器にするって、一体どう使うんだ。謎だ。
「さて……おい、そこのおっさんよ」
リュウガの目が、ぎらりとした獲物を狙う猛獣の如き気を宿す。
おっさんって言うから一瞬俺に対して言ったのかと思って、俺は反射的に返事をしかけてしまい口を開きかけた。
リュウガはねちりとした様子で魔法使いにゆっくりと詰め寄りながら、言った。
「その女と、あんたが今までに村から攫ってった人間を返してもらいに来たぜ。大人しく返せば命を取るのだけは勘弁してやる」
まるっきり喧嘩を売ってる不良の台詞だな。どっちが悪人なんだ、全く。
魔法使いは全身を震わせながら、しかし懸命に背筋を伸ばして、声を張り上げた。
「は……ははは、此処に来て何を言う気かと思えば、そんな寝言を! お前たちには分からんのか、儂が行っているこの研究の偉大さが!」
典型的な追い詰められた悪の研究者の台詞だ。この分だと、この後に出てくる言葉の内容も程度が知れていそうである。
しかし……こいつが何故村を襲って村人を誘拐し、フォルテにまで手を出したのか、その理由くらいは知っておきたい。
テンプレ通りだとは思いつつも、俺は魔法使いに言葉の先を促した。
「研究?」
「儂は……長年、魔帝が生み出す
机の上に置いてあった水晶を手に取って、それを俺たちによく見えるようにこちらへと突きつけながら、言葉を続ける。
「これを死体の心臓に埋め込めば、儂の命令に忠実な死霊が生まれるのだ。それは儂の代わりに
アンデッドを作る研究などどうせろくでもない動機で始めたものだろうと思っていたが、存外まともな理由が出てきて驚いた。
つまり、要約すると……この魔法使いは、魔帝と戦うために此処でアンデッド作成に勤しんでいるということか。
確かに、一見すると真面目な研究のように思える。
世界は広い。世の中を探せば、そういう研究をしている人間が一人くらいいたって何ら不思議なことではない。
しかし。
それが何も知らない罪もない一般人を巻き込んだ上に成り立っている研究となると、到底容認することはできない。
何より。こいつはフォルテに手を出したのだ。
俺はそれが許せない。例えそれが世界に讃えられるような研究であったとしても──受け入れることなどできそうにない。
「お前たちも
もちろん、そんな要求を飲むつもりは毛頭ない。
こんな研究所なんか、ぶっ潰して──
「ウィンドボム」
ばんっ!
問答無用で放たれた風魔法が、魔法使いの手から水晶を弾き飛ばした。
今の魔法を放ったのは──アヴネラ。
彼女は冷たい眼差しで魔法使いを見据えたまま、言った。
「君の研究なんかどうだっていいよ。それでどれだけの犠牲者が出ようが、ボクには関係ない。……ボクが君に対して言いたいことはひとつだけ」
静かに左の人差し指を向けて、問う。
「ボクから持ち逃げした神樹の魔弓を返して」
「あの弓か……あれは実に素晴らしい
風魔法を食らった手を撫で摩りながら、魔法使いは肩を揺らす。笑っているらしい。
「あれに秘められていた魔力から、二十五もの核を作ることができた。その大半はお前たちが駄目にしてしまったが……何、また作れば良いのだ。あの弓までとは言わずとも、この世には豊富な魔力を秘めたものが山のようにあるからな」
「……まさか、ボクの弓を……」
魔法使いの言葉から、弓がどうなったのかを察したのだろう。アヴネラの表情がみるみる険しくなっていく。
その推測を決定付ける言葉が、魔法使いの口から放たれた。
「あの弓は核を作るのに必要な魔力を抽出するために解体させてもらったよ」
「──チョーク」
「……ぐ……っ!?」
冷たく言い放たれたアヴネラの一言に、魔法使いが小さな呻き声を上げる。
自らの喉を掴んで、背中を丸めて、よろめき数歩たたらを踏んで。
遂に片膝をついたその細い体を見下ろしながら、アヴネラは魔法使いの前に出た。
「もう喋らなくていいよ。君の言葉には、耳に入れるほどの価値もない」
子供のものとは思えない冷徹な顔をした彼女は、まるで罪人に斬首刀を振り下ろす処刑人のような雰囲気を滲ませながら、トゲバットの先端を奴へと向けた。
「命乞いは聞かない。苦しんで苦しんで苦しみ抜いて、死んで。……ううん、死ぬのを待つ時間も勿体無い。自分で首を吊ってた方が楽に死ねたって思えるくらいの目に遭わせてあげるよ、ボクのこの手でね」
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