第64話 死霊の正しい駆除方法
洞穴の中は、一本道の洞窟のような構造をしていた。
一直線に刳り貫かれた通路の壁に小さな松明のような燭台が等間隔に設置され、ちらちらと小さな炎を点している。
辺りに薄く漂う、何かの油の匂い。燭台に使われている燃料の匂いだろうか。
「……やっぱり、此処には死霊以外の何かがいるね。死霊は照明道具なんて使わないから、それがあるってことはそれを必要としてる別の何かが住んでる紛れもない証拠だよ」
燭台をちらりと見上げながら呟くアヴネラ。
彼女は明らかに嫌悪感を露わにした顔をして、
「汚らわしい俗物の分際でボクの弓に手を出すなんて……生かしておく必要はないよね。ボクのこの手で死霊もろとも細切れにして、森の木の肥料にしてあげるよ」
こいつ、攫われた人間のことを全然考えてない。
釘を刺しておかないと、冗談抜きで救出の方には協力してくれない可能性があるな。
「言っとくが、人命優先だからな」
「……分かってるよ。約束だからね、攫われた君たちの仲間が危険な目に遭いそうになった時はちゃんと守ってあげるから」
「お二人さん、お喋りはそのくらいにしときな。盛大なお出迎えだぜ」
俺たちの会話を遮って、前を見ろと促すリュウガ。
通路は此処で終わっていた。
その先にあったのは、そこそこの広さがある空間。一般的な学校の教室くらいのスペースに、明らかに生活用の家具と分かる棚やテーブルなどが雑然と配置されている。天井には小さな吊りランプがあり、その下に佇んでいるアンデッドたちを山吹色に照らしていた。
ゾンビや、スケルトン。総勢二十体ほど。各々が鍬や鋤、箒などの道具を手に持って武装している。
武装しているのは別にいいのだが……何で明らかに農作業用の道具と分かるものを武器にしているんだ、こいつらは。箒に至っては刃物ですらないじゃないか。
見た感じ……此処に攫われた村人やフォルテの姿はない。奥の方に通路が続いているのが見えるから、彼女たちがいるとしたらこの奥だろう。
早いところこいつらを蹴散らして、奥に行かないと。
俺は目の前のアンデッドたちに向けて右の掌を翳した。
「おっさん、あんたにとってあいつが大事な女だってのは分かるけどよ、落ち着け」
そんな俺を横目で見ながらリュウガが苦笑する。
俺は思わずリュウガの方を見た。
「大事な女って……仲間なんだから、当たり前だろ。何今更なことを言ってるんだ」
「オレが言ったのはそういう意味じゃ……まぁ、いいや」
彼は肩を竦めて、アインソフセイバーを構えた。
「好きなように暴れて構わねぇよな? どうせ人質にもなりゃしねぇ連中だ、わざわざ残して場を引っ掻き回されても困るしな」
「悪いけどボクは君たちの指図は受けないから。邪魔はしないでね」
言うなり、アヴネラはトゲバットを片手にアンデッドたちの集団の中心に飛び込んで行ってしまう。
「ウィンドボム!」
彼女が問答無用で放った風魔法が、傍にいたスケルトンを吹っ飛ばした。
スケルトンは近くにあったテーブルに激突して、派手な音を立てながらテーブルもろとも床の上を転がっていった。当たり所が悪かったのか頭が首から外れてしまったらしく、離れたところに髑髏がころんと落ちている。
今の音、確実に奥にも響いただろうな。こいつらの主に逃げられたりしなければいいが……
「おら、かかってきなアンデッド共!」
リュウガが笑いながらアインソフセイバーを振りかぶり、突っ込んでいく。
彼が繰り出した一撃は、彼の目の前にいたアンデッドたちを三体ほどまとめて切り倒した。胴と足とが分かれてしまったアンデッドたちは玩具箱からぶちまけられた玩具のように床に転がり、起き上がろうと必死に手足を動かしている。
現在アインソフセイバーには、効果がなかったホーリーバーストの代わりにアルテマの魔法を込めてある。最強の破壊魔法の力ならば、例え相手がどんな武器を持ってこようが武器ごと叩き切れるはずだ。後はリュウガの剣術の腕前に期待しよう。
「ファイアボール!」
俺は適当な相手に狙いを定めて魔法を撃った。
箒を持ってうろついていたゾンビの頭に火球が直撃し、爆発音を立てて火の粉が散る。頭を吹っ飛ばされた衝撃でゾンビがよろけ、傍にいた別のゾンビに背中からぶつかった。飛び散った火の粉が運悪く引火したらしく、奴が手にしていた箒が燃え上がって松明と化している。
その炎がぶつかったゾンビの服に燃え移って、瞬く間に燃え広がった。アンデッドは火に弱いというのは知っているが、奴らの体には燃えやすい油でも含まれてるんだろうかね? 二体はあっという間に火達磨になり、炭と化して白い煙を吐き出しながら床に仲良く倒れた。
「ほら……よっ!」
リュウガが掛け声と共にその場を一回転する。その左手には、先程ひっくり返されたはずのテーブルが。
ぐしゃばきめこずしゃっ!
ジャイアントスイングされたテーブルが、周囲にいたアンデッドを薙ぎ倒した。アンデッドの体というのは脆いのか、殴られた箇所が不自然な形にひしゃげ、へこんでいる。
そこに、俺が放った炎の槍が突き刺さる。四肢が無事だったため起き上がろうとしていたアンデッドたちは燃え上がり、火の人形になりながらこちらへと突っ込んできた。
……うおおっ、燃えてるせいで顔崩れてる! 何これ怖い! こっち来るな!
「わうっ!」
思わず身構えた俺の前に、ヴァイスが立ち塞がる。ヴァイスが放った衝撃波が迫ってくる火達磨たちを吹き飛ばし、向こう側の壁に叩き付けた。食器棚だろうか、皿や器が並べられていたそこそこ大きな木の棚が火達磨たちが激突した衝撃で倒れ、派手な音を立てて中身を床にぶちまける。大半が木の食器だが中には陶器も混ざっていたようで、澄んだ音を立ててそれらが割れる音が聞こえた。
「……酷い戦い方。野生の猿じゃあるまいし」
満ち足りた顔をしているリュウガにアヴネラが冷たい眼差しを向ける。
リュウガはへっと笑って手にしたままのテーブルを未だ立っているアンデッドに向かって投げつけた。
「お上品に戦ったところで相手がいなくなるわけでも誰が褒めてくれるわけでもねぇんだ。利用できるもんは何でも利用する、それが人間ってもんよ」
「……本当、理解し難い思考だよ」
アヴネラは自らの髪を三本まとめて引き抜き、その手を前方に向けながら、叫ぶ。
「ウィンドスラッシュ! ウィンドスラッシュ! ウィンドスラッシュ!」
立て続けに放たれた風の刃が、無事だったアンデッドたちの足首を切断して転ばせる。
無論その程度ではアンデッドにとっては致命傷にすらならないが、少しの間動きを封じることができる。それだけの時間が手に入ればまとめて葬ることは容易い。
「みんなそこから離れろ!」
俺はリュウガたちを離れさせ、いつもよりも少しだけ魔力を多めに込めて魔法を放った。
「ファイアウォール!」
アンデッドたちの足下に生まれた巨大な赤い魔法陣から、とんでもない勢いの炎が噴き出す。
それはアンデッドたちを一瞬で飲み込んで、奴らをそこから逃げ出す間も与えずに焼き尽くしていった。
この魔法を普通に放っただけでは魔法の効果範囲から逃れるアンデッドがいただろうが、魔力を多めに込めたことによって効果範囲が広くなっている。これで、この部屋にいるアンデッドは一網打尽にできたはずだ。
目の前の炎の壁を見てリュウガが肩を竦める。
「容赦ねぇな、おっさん」
「手加減なんか通用しない相手だ。……こんな場所で足止め食ってる場合じゃないからな、魔法使いとして最善の仕事をさせてもらっただけだ」
──炎が消えた後には、アンデッドだったと思わしき炭の残骸があちこちに転がっていた。
流石に、全部焼却とまではいかなかったか。まあ、これだけ焼けていれば復活することはないだろう。
近くに転がっていた炭の塊を蹴ると、それはぼふっと黒い煙を吐いて土のように崩れた。
「アンデッドは……此処にいる奴だけなのかね?」
「どうだろうね。まあ、この洞窟が広かったらその分多くいるかもしれないね」
煤の匂いがほんのり漂う空間を通り抜け、先の通路へと向かうアヴネラ。
「さっさと行くよ。調教師に逃げられる前に」
「……そうだな」
元通り静かになった洞窟の中を、俺たちは先へと進んでいく。
燭台の明かりによって壁に映った俺たちの影がゆらりと揺らめいて、それがまるで俺たちのことを監視する影の亡者のように見えた。
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