第63話 追撃開始
日が落ちてきて、森に薄ぼんやりとした闇が落ちてきた頃、ようやく雨はやんだ。
洞穴の外の地面は土のため、大量の水分を吸って随分とぬかるんでいる。外に一歩を踏み出すと、ぐちゃりと音がして靴底が僅かに地面の中へと沈んだ。
こんな環境下で戦うことになるのか……確実に服が汚れるな。参ったな。
とりあえず、今のうちにアルカディアから貰ったアインソフセイバーをリュウガに渡しておこう。
俺はアインソフセイバーを握り締めて、魔法の力を込めた。
今回込めたのは、ホーリーバーストという魔法だ。浄化の光を幾重にも束ねて波動状に放つ効果がある、浄化魔法の中で最強の威力を持つ魔法である。
俺の手から魔法の力を吸収したアインソフセイバーの先端に付いた水晶が、光り輝く。
そしてその反対側から、純白に輝く光の刃が生まれ出た。
刃の長さは一メートル半ほど。形は棒状で、まさに例の映画に出てくるあの武器そのまんまだ。
こういう武器、子供の頃には憧れたもんだ。縄跳びの筒を引っこ抜いて、真似をして振り回して遊んだっけな。
と、思い出に浸ってる場合じゃないよな。
「リュウガ、これを使ってくれ。強い浄化魔法の力が込められた武器だから、多少強力なアンデッドが出てきても対抗できるはずだ」
「何だ、こりゃ」
リュウガは俺からアインソフセイバーを受け取って、まじまじとそれを見つめた。
「何かこれ、あれに似てるな。有名な映画に出てきた光の剣」
「それは俺も思ったよ。形とか似てるよな、それ。……因みにその刃の部分の魔法は別のものに変えることもできるから、もしもそれがあのアンデッドたちに効かなかったら俺に渡してくれ。別の魔法を込めるから」
「おう。分かった」
俺の説明にすんなり納得するリュウガとは対照的に、アヴネラは驚いた様子を見せていた。
「自由自在に魔法の力を込められる武器……? そんな非常識なものが存在してるなんて、聞いたことないよ。一体何処の誰が作ったの、それ。人間にそんなものを作れる技術があったなんて、信じられない……!」
「あー……誰が作ったのかは俺も知らないんだよ。これは借り物だから、詳しいことは知らないんだ。だからこいつについては訊かないでもらえると助かる」
俺は適当に言葉を濁して答えておいた。
まさか、この世界には本来存在しないはずの品物で、それを渡したのが神だなんて言えるわけがないからな。まあ言ったところで信じてもらえないだろうが。
アヴネラは俺の返答に微妙に納得していないようだったが、これ以上は訊いても答えてもらえないだろうとでも思ったのか、それ以上は追及してこなかった。
……そういえば、リュウガにアインソフセイバーを渡すことに意識が向いていたからつい忘れていたが、武器を奪われたアヴネラは一体どうやってアンデッドたちと戦うつもりなのだろう。
ぱっと見た感じ、彼女は武器になるものを持っているようには見えないが……
「……あんたは、一体どうやって戦うつもりなんだ?」
何となく気になったので尋ねてみると、アヴネラからは何を言ってるんだこいつ的な目で見られた。
そんなに変なことを訊いたか? 俺。
「ボクがこれで武器を持ってるように見えるのなら、君は目を治療してもらった方がいいと思うよ」
……酷い言い方だな。
彼女は小さくて細い指をわきわきと動かして、言った。
「ボクはこれでも多少の魔法が使えるから、弓を取り返すまではそれで何とかするよ。君に心配されるほど弱くはないから、見くびらないで」
でも、それって結局は丸腰ってことだよな。
俺は左手に持っていたフォルテの杖をアヴネラに差し出した。
「身を守るための武器くらいはあった方がいいんじゃないか? これはフォルテの杖だが……弓を取り返すまで、使うか?」
差し出した杖を、アヴネラはちらりと一瞥して。
微妙に眉間に皺を寄せた。
「ボクは金属の武器は嫌いなんだ」
「……武器って基本的に金属でできてるものだと思うんだけどな」
金属製じゃない武器っていったら、それこそ棍棒くらいしかないような気がするのだが……
……よし、それなら。
俺は右手を掌を上にして意識を集中させ、魔力を束ねてバットの形に編んだ。
バットといっても、先端にトゲトゲをびっしりと施して殺傷能力を高めてある。鬼の金棒、あれをイメージしたような形だ。
金属の武器を嫌っているということはおそらく剣や槍なんかは扱ったことはないだろうが、これなら小型の杖を発展させたようなものだし、体の小さなアヴネラでも振り回すことができるだろう。
出来上がった武器を、再度アヴネラに差し出した。
「これなら金属じゃないからあんたでも使えるだろ」
「……何処から持ってきたの、そんなの」
「今、俺が作った。金属じゃないけど、強度はアダマン金属並みにあるぞ」
「作った!? 材料もないのに、どうやって……」
「武装練成術っていって……って、まあそんなことはどうでもいいだろ。要は使えりゃいいんだ」
ほら、と半ば強引にトゲバットをアヴネラに押し付ける。
トゲバットを受け取ったアヴネラは、それをじっと見つめて、呟いた。
「……確かに、金属じゃない……でも、木とも違う……何か、不思議な感じ。あったかい感じがする」
彼女は何か不思議なものでも見たような顔をして、俺を見た。
「君……一体何者なの。常識じゃ考えられないような武器を持ってて、一瞬でこんなものを作る技術があるなんて。本当に、人間……?」
「何処にでもいる人間の魔法使いだよ。まぁ普通かって言われたら、それはちょっと微妙かもしれないけどな」
視線を前に戻すと、俺のことをじっと見つめているリュウガと目が合った。
「どうした?」
「……いや」
リュウガは首を振って前を向いた。
俺の横を歩いていたヴァイスが、ぴくんと耳を動かして前へと駆け出していく。
「……着いたね。あそこが、死霊たちのねぐらだよ」
アヴネラが静かに前方を指差す。
森の木々が途切れた、その先。
蔦に覆われた岩壁に空いている、幅五メートルほどの横穴。その左右を守るように、どう見ても鍬にしか思えない謎の武器を手にした緑色の肌をした人間が二人、前をぼんやりと見つめながら佇んでいた。
表情はなく、目は虚ろ。よく見ると皮膚のあちこちに溶けたような穴が空いていて、中から白いものが覗いている。
ゾンビだ。
入口に立っているということは、あれはおそらく見張りのためにいるものなのだろう。
アンデッドに仲間意識があって役割分担をして自分たちの居場所を守ろうとする習性があったことには驚きであるが。
「……あれって……見張りだよな?」
「だろうな」
俺の呟きに、リュウガが頷く。
「……まあ、ゾンビなんざしぶといだけだ。さっさと片付けちまおうぜ」
「この位置からなら相手に気付かれないで狙撃できそうだから、俺がやる」
俺は木の陰に身を隠しながら前に出て行って、魔法を撃った。
「ホーリーバースト!」
浄化魔法の中で最強の威力を持つ魔法だ。幾らこいつらでも、これを真っ向から食らったら──
強烈な光を帯びた波動が、二体のゾンビを飲み込む!
眩さが消え、魔法をまともに浴びたはずのゾンビたちが全然堪えていない様子でゆっくりとこちらに顔を向ける。
「────!」
人間の言葉に似た、しかし微妙に違う謎の叫びを発して、ゾンビたちは洞穴の中へと逃げていった。
「……逃げちまったな」
「やっぱりね」
怪訝そうに首を傾けるリュウガの横で、アヴネラが何やら納得したように腕を組んでいる。
「村に来てる時から薄々おかしいなとは思ってたけど、あいつら、自然に生まれた死霊じゃないね。多分この中に、あいつらを使役してる調教師みたいな奴がいるんだと思う。そいつが、あの死霊たちに命令を出して村を襲って人間を攫ってたんだ」
自然に生まれたアンデッドじゃない……ってことは、ソルレオンがちらっと言ってた、アンデッドを動かす方法があるっていうやつか?
さっきのホーリーバーストが全然効かなかったのが、ある意味その証拠だとも言える。
となると……リュウガに渡したアインソフセイバーは役に立たないな。浄化魔法に物理的な破壊力はないから、物体に等しいものが相手となるとそれは単なる光る棒切れでしかない。
何か、別の魔法に替えてやらないと。
「あいつらは命令されて村の人間を攫ってただけ……ということは、あいつらは攫った人間を食べたりはしていないはず。今でも、攫われた人間がこの中で生きてる可能性はあるね」
「……じゃあ、弓を持ってったのも?」
「きっと、あいつらを使役してる奴が命令したんだ。そうじゃなかったら、死霊が生き物じゃないものに目を付ける理由が分からないからね」
彼女は茂みの中から外に出て、こちらに振り返りながら、言った。
「さっきの逃げた奴は、多分中にいる主人にボクたちのことを知らせに行ったんだ。そいつに逃げられる前に、ボクたちも行こう」
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