第38話 消えた魔道大全集の行方

 ハンネルの街に到着した俺たちは、手分けして外套の人物を探した。

 外套の人物の格好はこれといった特徴もなく珍しいものでもないので人混みの中に紛れてしまえば分からなくなってしまう可能性が高いが、奴が持ち歩いている魔道大全集の存在はかなり目立つ。服の下に隠し持つこともできないだろうから、道行く人や屋台の店主に「大きな黒い本を持った人間を見かけなかったか」という形で聞き込みを繰り返したのだ。

 雑貨屋なんかにも足を運んだ。ひょっとしたら魔道大全集を盗んだのは換金目的だったのではないかと思ったからだ。

 しかし、聞き込みも店巡りも大した成果は上げられなかった。

 参ったなと思いながら通りを歩いていると、壊れている建物を修理している大工っぽい格好の男たちの姿が目についた。

 彼らは建物と同じ色をした岩の塊に何かの魔法を掛けて、大量の煉瓦を作り出していた。岩から次々と煉瓦が生まれてくる光景は見ていて何だか不思議だ。

 おそらく、あれが創造魔法なのだろう。この街の人間にとって、創造魔法は身近なところにある魔法なんだなということがよく分かる。

 そんな感じで二時間ほど街中を回った後、俺は集合場所に指定した街の中心にある小さな公園に向かった。

 俺が公園に到着した時には既に皆揃っていて、見つかったかと期待の眼差しを向けられたが、俺が首を振るとがっかりとした様子を見せていた。唯一リュウガだけがけろりとした様子で、何処かの屋台で買ったのか何かの肉の串焼きを食べていた。あんた、人が真面目に探し物をしてる時に何やってるんだよ。

 とりあえず何でもいいから分かったことはないかと皆に尋ねると、皆からは次のような話を聞くことができた。

「この街、五日前に虚無ホロウに襲われたらしいの」

 フォルテが耳にしたのは、この街が魔帝の襲撃を受けたという話だった。

 全身真っ黒で鳥の形をした兜を被った男が突然街中に現れたかと思うと、大量の虚無ホロウを放っていったのだという。

 その時は街に滞在していた旅人たちや街を警護している兵士たちの手で何とか対処することができたものの、結局その男には逃げられてしまい、街は結構な被害を受けたらしい。

 俺が見かけた壊れた建物は、その時に壊されたものだったというわけか。

 気の毒な話だとは思うが……今の俺たちにとっては役立つ情報ではないな。

「私が聞いたのは……最近属性石が手に入らなくなったせいで魔法の武具マジックウェポンの価格が高騰している、という話でした」

 ユーリルは主に工房の方で聞き込みを行ったらしい。

 何でも工房では、魔法の武具マジックウェポンを作る時に欠かせない『属性石』という魔法の力を秘めた鉱石が手に入らなくなり、そのせいで魔法の武具マジックウェポンの製作作業が滞ってしまい既存品の値段が上がってしまったというのだ。

 属性石は、ごく一部の限られた鉱山でしか採れないという。そこの鉱山で採掘作業が行われなくなったのが属性石の入手ができなくなった大元の原因らしいが……

 採掘作業が行われなくなった理由というものは気になるが、これも今の俺たちには直接関係のない話だな。

「この街、貧民街スラムって呼ばれてる区画があるんだけどよ。そこで暮らしてる子供が、最近の魔帝襲撃の影響なのか何なのかは知らねぇが冒険者になるっつって冒険者ギルドに押しかけるようになったって話だぜ」

 リュウガは街の裏事情に詳しそうな人間がいる裏通りをメインに聞き込みを行ったらしい。

 街行く人々を相手に懸命に商売をしているストリートチルドレンたちを捕まえて、屋台の串焼きを奢る代わりに色々と聞いたのだそうだ。

 それによると、貧民街に住んでいる親のいない子供たちの間で、冒険者になって魔帝と戦うんだという話が持ち上がっていて、その話に影響された子供たちが冒険者になりたいと冒険者ギルドに通うようになったということらしい。

 この世界では冒険者になるのに特別な資格は必要なく、一人で旅をして生活していける自信があるならば誰でも冒険者を名乗って良いという。しかし冒険者──旅人の暮らしは基本的に命の危険と隣り合わせのため、本格的に冒険者を目指すようになるのは十五歳を過ぎてからが一般的なのだそうだ。子供でありながら冒険者を名乗り、ギルドが斡旋する仕事クエストを立派にこなす者も中にはいるらしいが、それはごく稀の話で、大抵の子供は街中で細々と簡単な仕事をしながら暮らしているらしい。

 何だか紛争地帯で必死に生きている子供を思い出させる話だ。親をなくした子供が懸命にその日暮らしをしているのは地球も異世界も変わらないんだな。

 頑張れと応援したくなる話ではあるが、これも魔道大全集が持ち去られたこととはあまり関係がなさそうだ。

 手掛かりゼロか……

 俺は眉間に皺を寄せて唸った。

「せめて犯人が盗んだ魔道大全集をどうするつもりなのか、それだけでも分かれば多少は探しやすくなるんだけどな」

 そう言って、ふと自分の言葉に疑問を感じ、ユーリルに尋ねる。

「ところで、あの魔道大全集って本は世間的に有名なものなのか? 売りに出せば骨董品みたいに高値が付くとか、価値としてはどうなんだ?」

「魔道大全集は、私たちのような魔道士にとっては巨万の富に匹敵する価値がある書だとお師匠様は申されていましたが……魔法が使えない者にとっては何の役にも立たない本ですからね。その道の好事家でもない限りは欲しがることはまずないでしょうし、価値も分からないと思います。お師匠様の話では、あれは複製されたものの一冊だとのことでしたし……仮に何処かのオークションに出品したとしても、そこまでのお金にはならないのではないでしょうか」

 貴重だと言っていたからてっきり一点ものだと思っていたが……あの本、同じものが何冊もあるのか。

 確かにそれだと、その辺の店で売り払っても一生遊んで暮らせるような大金にはならないだろう。有名絵画の複製品にそれなりの値段が付いているように、出すべきところに出せばそこそこの金額にはなるだろうが、一攫千金を狙うには厳しい気がする。

 犯人はあの本を単純に金目のものだと思って狙ったのか、それとも犯人があの本に価値を見出せる人間だったのか。

 もしも後者なのだとしたら、おそらく犯人は盗んだ魔道大全集をすぐに手離すことはない。あの本の価値が分かる人間がいる場所──例えばファルティノン王国のような魔法王国に持ち込もうとするか、そうでなければ自分で使うために手元に置こうとするはずである。

 これだけ街中を探しても見つからなかったということは、その可能性は大いに考えられる。

 あんな分厚い書物を隠しておけるような、誰の目にもつかない場所……あるのか? この街に、そんな都合の良い場所が。

 考え込んでいると、傍をみすぼらしい服を着た少年少女の集団が通りかかった。

 彼らはリュウガの顔を見ると、あっと声を上げて話しかけてきた。

「さっきの串焼きをくれた兄ちゃん! さっきはありがとな!」

 どうやら、リュウガが情報料として串焼きを奢ったストリートチルドレンたちらしい。

 リュウガは片手をひらひらと振って挨拶を返した。

「お前ら、商売はもう終いか?」

「ううん、少しは金が稼げたから店でパンを買おうと思ってさ。家で弟が腹空かせて待ってるから、持って行ってやるんだ」

「そうか。偉いな」

「兄ちゃんの方は、見つかったのか? 探し物」

「いや、全然見つからねぇからどうしたもんかと悩んでたところさ」

「そっか」

 リュウガが微妙に困ったように肩を竦めると、子供たちは顔を見合わせてぼそぼそと小声で何かを話し始めた。

「なあ……さっきのあれ、教えてやった方がいいんじゃないか?」

「馬鹿、セイルを裏切る気かよ。セイルは俺たちのために一生懸命なんだぞ!」

「でも……このお兄さん、いい人だよ。いい人が困ってるのに知らないふりをするのは良くないと思う」

 俺たちの前で一分ほど内緒話を繰り広げ、話が纏まったのか、子供の一人が輪を抜け出して俺たちの方へと近付いてきた。

 何やら複雑そうな表情をしてリュウガの顔を見上げて、言った。

「……兄ちゃん。おれたち、知ってることがあるんだ。それを教えてもいいけど、その代わりにひとつお願いがある」

「何だ? 金か?」

 腰の後ろにある小さなポーチから財布を取り出そうとしたリュウガに首を振って、少年は言葉を続けた。

「金はいらない。金を貰ったら仲間を売ったのと同じになっちゃうからな。そんなことまでして金は欲しくないよ」

「なかなか立派な心がけじゃねぇか。……で、何だ? お願いってのは」

 リュウガの言葉に、少年は深呼吸をひとつして。

「あいつは……セイルは、自分も苦しいのにおれたちの面倒を見てくれてるいい奴なんだ。あいつが兄ちゃんたちにしたことは悪いことだとは思うけど……どうか、許してやってほしんだ。お願いだよ」

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