第27話 乱れ飛ぶドリルキック
それは、三十センチほどの大きさの植物だった。
無農薬栽培で育てた大根とか人参の中に時々紛れている、人型に育ったやつ。それを真っ白に漂白してちょっと丸く太らせたら丁度こんな感じになるのではないかという雰囲気の出で立ち。
頭のてっぺんには人参の葉っぱによく似た形のもさもさとした緑色の葉っぱが生えており、顔に当たる部分には丸く刳り貫かれた穴のような二つの目がある。
不気味だとは思わないが、可愛いとも思えない、何とも微妙な見た目の代物だ。
ひょっとして、これが……
「おい。あれがそうなのか?」
ユーリルに尋ねると、彼は迷うことなく頷いた。
「あれがバレット・マンドラゴラです。やはり、近くにいましたね」
やっぱりあれがそうなのか。
しかもよく見ると一匹だけではなく、少し離れた場所に同じものが何匹もいて、皆一様にこちらのことを見つめている。
複数いるのは探す手間が省けて好都合だ。あれらを捕獲すれば、俺たちの目的は果たされる。
幸い、そんなに大きくはないし……当初の予定通り鞄に詰めて持ち帰る方向でいいだろう。
俺は動物を追い立てる要領で、両腕を開きながらバレット・マンドラゴラに近付いていった。
「よーし……大人しくしてろよ」
「あ……ハルさん」
その俺を背後から呼び止めるユーリル。
何だよ、と俺は彼の方に振り向いた。
その時──バレット・マンドラゴラが動いた。
小さな体からは想像も付かないような高いジャンプをして、全身を激しく回転させながら、足の先からこちらに向かって突っ込んできたのだ!
「うおっ!?」
咄嗟に体を傾けて避けた俺の顔のすぐ横を、バレット・マンドラゴラが突っ切っていく。その向こうにある壁に突き刺さり、壁に深い穴を空けて、回転を止めた。
俺の頬を滑り落ちる一筋の冷や汗。
俺は壁に突き刺さったバレット・マンドラゴラを指差して、騒いだ。
「何だよあれ! 随分物騒な奴だな!」
「一応、妖異ですから……バレット・マンドラゴラは他のマンドラゴラ種と違って叫びませんけど、その代わりに格闘術で自分に危険を及ぼそうとするものと戦うんです」
だから弾丸なんて物騒な名前が付いているのか。理解した。
ただ格闘術を使うだけの存在なら、妖異としての脅威は並だ。単純に仕留めるだけなら、魔法の一発でも当ててしまえばそれで片がつく。
しかし、俺たちの目的は討伐ではなく、捕獲することである。原型が残らないような威力の魔法を使うわけにはいかない。
思っていたよりも……結構面倒臭いな、これは。
離れた位置にいた他のバレット・マンドラゴラたちが一斉に動き出した。
宙を舞うドリルキック。壁や床に次々と空けられていく穴。
俺たちはそれを声を上げながら避けまくった。
「ヴァイス! こいつらを捕まえろ! 吹き飛ばすなよ!」
「わうっ!」
ヴァイスが勇敢にバレット・マンドラゴラめがけて飛びかかっていく。
その向こうでは、フォルテが手にした書物で飛んでくるバレット・マンドラゴラを思い切りぶん殴っていた。結構派手な音がしている。
まるでハエ叩きみたいだな。
「グラビティ!」
俺は前方に向けて魔法を放った。
俺の前方三メートルほどの範囲の床が、ぼこんと擂り鉢状に陥没する。その上を跳んでいたバレット・マンドラゴラたちが次々と床に落ちて、まるで重いもので押し潰されたようにぐしゃっとひしゃげた。
グラビティ──空間魔法に属する精霊魔法の一種で、強力な重力を発生させる結界を作り出す効果がある。この結界に足を踏み入れたものは通常の何十倍という重力に全身を押されて身動きが取れなくなり、果てには潰れてしまうのだ。
設置型の魔法なので使いどころは難しいが、上手く使えば御覧の通り。生き物に限らず物体にも効果があるので、色々な面で活用できる魔法なのである。
重力結界を解き、床に落ちたままのバレット・マンドラゴラを拾い上げる。
全身が潰されたことによって絶命したらしい。バレット・マンドラゴラはくったりとしたまま動かなかった。
よし、これを回収して……
俺の魔法で潰れたバレット・マンドラゴラは全部で五匹いたが、潰れ具合が酷くて納品対象にならないと冒険者ギルドに突っぱねられる可能性を考慮して、一応全て持ち帰ることにした。圧縮魔法を掛けて小さくして、葉っぱを折らないように大切に鞄の中にしまう。
ヴァイスたちの方はどうなったかな?
俺がそちらに顔を向けると、丁度仕留めたところらしく、一匹のバレット・マンドラゴラを咥えたヴァイスがこちらに駆け寄ってきた。
「ちゃんと魔法を使わないで仕留めたんだな。偉いぞ」
「わう」
誇らしげに尻尾を振るヴァイスからバレット・マンドラゴラを受け取る。
頭の横に小さく空いている穴は、ヴァイスが牙で咬んだ跡だろう。このくらいの傷なら無傷とそう変わらないし、状態はなかなか良いと言える。
俺はそれにも圧縮魔法を掛けて、鞄の中に収納した。
フォルテは……
フォルテは書物を構えたまま全身で息をしていた。
彼女の足下には、力尽きたバレット・マンドラゴラが転がっている。手足の先や葉っぱが折れており、ぼろぼろだ。随分殴ったんだな。
本で妖異を殴り殺した召喚士なんて、後にも先にも彼女だけのような気がする。
あれは流石に納品対象にはならなそうだが……彼女も自分の身を守るのに必死だったのだ。文句は言わないでおこう。
「お疲れさん。頑張ったな」
微苦笑しながら彼女の元に歩み寄ると、彼女はふらつきながらも背筋を伸ばして胸を張った。
「私だって、身を守るくらいできるのよ。役立たずにはならなかったでしょ?」
「そうだな。偉い偉い」
わしわし、と頭を撫でてやると、彼女はほんのりと頬を赤く染めた。
それを横で見つめながら、ユーリルが暗い顔をして呟く。
「すみません……私だけ、何もしてなくて……」
俺たちがバレット・マンドラゴラの相手をしている間、彼も一生懸命に魔法を発動させようとしていたことは知っている。
結局魔法は形にならなかったようだが、それでも彼も彼なりに務めを果たそうとしていたのだ。俺はその努力を褒めたいと思う。役立たずだと卑下するつもりはない。
俺は笑いながら、言った。
「そのうち、自分に合った魔法が見つかったら動けるようになるさ。焦ることはないと思うぞ」
「はい」
控え目に笑みを零すユーリル。
さあ、無事に目的は果たしたことだし、地上に戻ろう。
俺は皆に帰ろうと告げて、元来た道を引き返し始めた。
こうして、初めてのダンジョン探索は
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