第28話 おっさん、ひと財産を手に入れる

 ウルリードの街に帰り着いた俺たちは、冒険者ギルドにバレット・マンドラゴラを納品して報酬を受け取った。

 納品対象になるかどうか分からなかったので持ち帰ったやつをとりあえず全部見せたら、どれも状態は申し分ないと言われて六匹全部を引き取ってもらえた。ノルマよりも多く納品したからということで、成功報酬八百ルノだったところを千ルノも貰うことができた。

 ついでにダンジョンで手に入れたイビルアイズの目玉を売りに出したら、丁度需要があった品らしく、こちらは六百ルノで買い取ってもらえた。妖異の素材の買取価格としてこれが高いのか安いのかは俺には分からなかったが、旅の資金の足しになったのは素直に有難い。

 隠し部屋で手に入れた例の鞄も鑑定してもらった。

 鑑定士の鑑定結果によると──ユーリルが睨んだ通り、これはボトムレスの袋であることが判明した。それもただ物を無尽蔵に収納できるだけではなく、鞄の中に時間経過を停止させる魔法が掛けられていることも分かった。

 中に入れた物の時間が経過しないということは、要は生ものを入れても永遠に鮮度が落ちないということだ。

 ボトムレスの袋はそれなりに出回っている魔法の道具マジックアイテムではあるが、時間経過を停止させる魔法まで掛けられているものは滅多に存在していないらしい。もし売りに出したら余裕で五十万ルノ以上の値段が付くだろうとのことだった。

 五十万ルノか……なかなか魅力的な数字である。

 しかし俺としては、やはり売るよりも自分で使いたい。旅先で料理をしている身としては、多くの食材を保存する方法を確立することは重要なのだ。

 中に入れた物の鮮度が永遠に落ちない、幾らでも入る袋。まさに夢の道具じゃないか。

 冒険者ギルドからは是非ともこの鞄を買い取らせてほしいと言われたが、俺はそれを丁重に断った。

 早速今までの鞄に詰めていた荷物を移し変え、肩に掛ける。

 ボトムレスの袋は中にどれだけの物を詰めても鞄以上の重さにはならないようで、今まで使っていた鞄よりも大分軽かった。

 今までの鞄は革細工の店に売りに出した。中古品ではあるがそれほど傷んではいなかったということもあって、買った時とそれほど大差のない値段で買い取ってもらえた。

 今回の仕事は結構な収入になったな。金だけじゃなくて食材の保存手段も手に入ったし、引き受けて良かったよ。

 冒険者ギルドを出た時には、世界は夕暮れ色に染まっていた。

 寝るには早いがこれから街を出るには遅い、そんな微妙な時間帯である。

 今日はひとまずこの街で宿を取ることにして、明日発つことにするか。

 せっかくボトムレスの袋が手に入ったことだし金もそれなりにあるから、普通はこの街でしか食べられないっていう妖異の肉も食材として確保しておきたいし。

「ちょっと肉屋に買い物に行きたいんだが──」

 俺は二人に買い物に付き合ってくれと言おうとした。


 その言葉を、遠くから聞こえてきた悲鳴が途中で遮った。


「魔帝の襲撃だ! 虚無ホロウが現れた!」

 この街の住人と思わしき服装の男が、叫びながら通りを走っていく。

 俺たちは立ち止まって顔を見合わせた。

「……魔帝ってこんな要人のいない街を襲うこともあるのか?」

 俺が問いかけると、フォルテは険しくした表情で前方を見据えながら答えた。

「魔帝は……人がいる場所になら何処にでも現れるわ。全てを根絶やしにするのがあいつの目的だから。大量の虚無ホロウを放って、そこにあるもの全てを壊すの……家も、人も、今までに数え切れないくらいのものがあいつの手にかかって、地上から姿を消したわ」

 それは、今までに俺が見たことのない、辛さを懸命に飲み込もうとしている顔だった。

 おそらく、彼女はこれまでに何度も魔帝の暴挙を目にしてきて──色々なものを、目の前で失ってきたのだろう。

「……ハル」

 フォルテの顔が俺の方を向く。

「お願い。力を貸して。街を襲っている虚無ホロウを倒してほしい。街を、守ってほしいの」

「…………」

 俺はこめかみを掻いて、小さく息を吐いた。

 全く……そんな顔をして俺を見るなよ。

「……お願いも何も、あんたはそのために俺をこの世界に呼んだんだろ」

 俺は、魔法使いである以前に一人の男だ。

 男として、こいつに悲しい顔はさせたくない。そのためだったら、多少の荒事くらい引き受けてやろうじゃないか。

 俺はフォルテの頭をくしゃりと撫でて、笑った。

「俺に任せとけ。虚無ホロウくらい、ちゃちゃっと片付けてやるよ」

 隣で俺を見つめているユーリルに、言う。

「そういうわけだ。ひと暴れしに行くぞ、ユーリル!」

「……覚悟はできています。私も逃げません、今度こそ魔法を発動させてみせます!」

「その意気だ。ヴァイスも、頼りにしてるからな!」

「わんっ!」

 頷き合い、俺たちは騒ぎが起きている方角を目指して駆け出した。

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