第26話 植物仕掛けの罠
「……草の匂いがしますね」
襲いかかる妖異を蹴散らしながら奥を目指して進んでいると、唐突にユーリルがそのようなことを言った。
視界内にあるのは相変わらず剥き出しの土が固められて形成された壁や天井。そればかりだ。
とても彼が言うような緑の存在があるようには見えないが……
「何もないように見えるけどな」
俺がそう言うと、彼は首を振って自信ありげに主張した。
「いいえ、間違いなくこの近くにあります。ひょっとしたら、バレット・マンドラゴラの生息地があるかもしれませんね」
バレット・マンドラゴラに限らず、マンドラゴラ種はダンジョンにしか生息していない妖異ではあるが、植物を好んでその傍に群れる習性があるのだそうだ。
こういう何もない通路を闇雲に探すよりは、草が生えている場所を探した方が遥かに遭遇率が高いとのこと。
……そういう情報はダンジョンに入る前に教えてほしかったよ。
まあ、いいけど。
三叉路になっている道を右に曲がり、進むこと一分。
俺たちは、ユーリルの言葉が正しかったということをその目で実感することとなった。
範囲にして、五メートルほど。その場所だけ、今までとは明らかに様子が違っていた。
床一面を覆い尽くす勢いで生えている芝生のような草。その上を網を形成するように木の根にも蔓にも見える焦げ茶色の太い物体が覆っている。
天井から無数に垂れ下がっているのは、色素の薄い奇妙な形の蔓のようなもの。未開のジャングルなんかに生えていそうな植物だ。長く伸びているものもちらほらあり、微妙に視界を遮っていた。
壁は、天井から垂れている蔓にびっしりと覆われていた。土の面が全く見えず、硬質化している様子からして、しっかりと根付いているであろうことが何となく伺える。
まるで、その箇所だけが切り取られて森の一部分を移植したような賑やかさだった。
動くものの姿はない。お目当てのマンドラゴラは、残念ながら此処にはいないようである。
俺たちは植物の傍まで近付いて、天井を見上げた。
「やっぱり、ありましたね。植物が」
「植物ってこんな太陽の光が差さない場所でも育つものなのね。何だか不思議」
垂れ下がっている蔓に手を伸ばしながら、ふうんと鼻を鳴らすフォルテ。
それを見て、突然ヴァイスが唸り声を発し始めた。
睨んでいるのは、フォルテ──ではない。彼女が掴もうとしている、蔓?
──その時、俺の脳裏に閃いたものがあった。
俺は咄嗟にフォルテの肩を掴んで引っ張った。
「馬鹿、迂闊に触るな!」
フォルテの指先が蔓の先端に触れる。
その瞬間。
ひゅぱっ!
蔓が荒ぶる蛇のように動き、フォルテの手があった場所を勢い良く薙いだ。
フォルテが反射的に手を引っ込めたため蔓が当たることはなかったが、もしも悠長に手を伸ばしたままだったら、絡み付かれていただろう。
「きゃっ」
「動くのか……この蔓」
おそらく、これは植物を利用したダンジョンの罠なのだ。此処に生えている植物は、接触したものに手当たり次第に絡み付いて身動きが取れないように束縛するようになっているのだろう。
ダンジョンの罠っていうと、映画なんかでよくあるいきなり落とし穴が空いたり岩が転がってきたり槍が飛び出てきて串刺しにされたりって感じのものを想像していたのだが、こういう一見罠には見えないようなものもあるんだな……
見た感じ、植物に触れると捕まるだけのようなので、植物に触れさえしなければ恐ろしくも何ともない。
しかしこのままでは此処を通ることができない。
引き返して別の道を行っても良いのだが、バレット・マンドラゴラは植物の近くにいる習性があるとユーリルが言ってるし、ひょっとしたらこの先にそいつがいるかもしれないことを考えると、此処を探索しないで引き返すのはちょっと惜しい気がする。
……よし。
俺は皆に声を掛けた。
「今からちょっと派手なことをするから、後ろに下がってくれ」
「派手なこと、ですか?」
首を傾げながらも俺から離れて後ろに下がる二人。
ヴァイスも俺の言わんとしていることを理解したようで、フォルテたち同様後退りする。
俺はふーっと深く息を吐いて、両手を前に突き出し、魔法を唱えた。
「ファイアウォール!」
ごうっ!
床から炎の塊が一気に噴き出し、巨大な柱となる。それは天井にぶち当たって瞬く間に周囲に燃え広がり、そこに生えている植物は次々と炎に飲み込まれていった。
熱の波が俺の立っている方にも押し寄せてくる。あまりの熱さに、俺は思わずその場から飛び退いた。
「あちちっ」
「乱暴ですよ、こんな狭い場所でそんな強い火魔法を使うなんて……下手したら自分まで焼けてしまいますよ?」
「悪い悪い、どうしても此処を通りたくてさ。そのために、こいつらを焼き払う必要があったんだ」
呆れ声を漏らすユーリルにははっと笑って謝る俺。
まあ、炎がこちらに来てもアンチ・マジックで壁を作って遮れば大丈夫だろうと思っていたから、自分が焼ける心配はさほどしていなかったりする。
炎は三分ほど燃え盛り、燃えるものがなくなると、徐々に収束していって消えた。
後には真っ黒に焦げた炭の残骸が残っていた。焚き火の匂いのような煙が燻る香りが薄く漂っており、壁や天井はそこを覆っていた植物がなくなったことによって土壁が剥き出しになっている。
どうせ時間が経てば元に戻ってしまうのだろうが、その時はまた同じようにすれば良いだけのこと。とりあえず今は安全に此処を通れるようになればいい。
「よし。行こう」
俺は炭の残骸が転がる場所に足を踏み出しかけて──
「…………ん」
それと視線がまともにぶつかり、思わず足を止めた。
一体いつからそこにいたのか──
小さな白い物体が、まるで観察しているかのように俺たちのことをじっと見つめていた。
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