第19話 お前これが狙いか!?
「なるほどな、こんなところに隠してあったとは――」
じっと、俺は、竜の剣が示した本物の玉が隠されているしもべの腹を見つめた。しもべは今も俺の姿を薄笑いで見つめている。けれど、気にも留めずに剣を握りなおす。
ちゃきっと乾いた音が手の中で上がった。
ありがとうよ、竜。お前がこの迷宮の陰険な仕組みを散々教えてくれたお蔭で助かった。
敵は相変わらず強大だが、少しだけ心に余裕ができた。
だから微かに顔を動かして、俺は横でひどく心配そうな顔をしている竜を安心させるように微笑んでやった。すると、大きな赤い瞳を開いて、必死に俺を凝視している竜の顔が目に入る。
だけど、それと一緒に、俺のいためつけられている姿に、うっとりと陶酔しているマームの顔も視界に入ってきたのがすごく嫌だ。
「ああ、もう生きていて良かったわー!」
どうして人が苦しんでいる姿に、顔が火照るほど興奮できるんだ?
「あの水竜を思い切りいたぶれて、しかも火竜に悔しそうな顔をさせられるなんてー!! ああ、この迷宮をやっていてよかったー!!!」
うん、竜の兄貴の気持ちがわかった。やっぱり迷宮の修理を心配する必要は皆無だな。次があれば、再建などできないぐらいもっと壊しまくってやろう。
もっとも、こんな変態の迷宮なんて二度と来たくもないが。
だが、この相手を倒さないと回復の玉が手に入らない。
どうする?
どうすれば、あいつの速さに対抗できる?
俺は、ぎりっと唇を噛み締めた。そして、剣の正面で薄く笑っているしもべの青白い顔を見つめる。
幸い俺の傷は少ない。今転んで少し膝を打ったが、頬や腕にいくつも切り傷を作っているサリフォンに比べれば、無傷と言ってもいいぐらいだろう。
無傷――
「うん?」
なにかがおかしい。
思わずしもべを見つめながら、眉を寄せた。
俺とサリフォンの実力差は、そこまで開いていなかったはずだ。長い不調に陥る前ですら、試合によっては、引き分けになっていたのに、いくら俺が最近筋力を鍛えて、基礎体力と体術を増やしたからといっても、ここまで差が出るわけがない。
だとしたら――
ちらりと、俺はマームの陶酔した顔を見つめた。
――あいつ、やっぱり本心では竜のことが怖いんだ!
たから、竜との約束を守って、しもべに俺を殺したり傷つけさせたりはしていない。俺が防ぐのに苦労するぎりぎりで、痛めつけるのだけを目的に攻撃させている。
――だとしたら。
俺は剣を持つ手を、わざとだらんと下げて全力で走り出した。
俺の行動に気がついたサリフォンが、目を見開いている。
「馬鹿か!」
馬鹿はどっちだ。こっちに気をとられている場合か。
次の瞬間、サリフォンの体がしもべの肘に殴られて床に飛んだ。
呻き声をあげているが、床から顔を起こしているなら大丈夫だろう。
それよりも、俺は駆け寄ってどんどん近くなってくるしもべの姿に、手を下ろしたままの剣を握りなおした。相手の薄い笑い顔が近づいてくるが、まるで死者のような肌色だ。
青白い顔に浮かぶ瞳が、俺の剣のあるところを確かめて、指を下げていく。
――やっぱり!
あいつは、俺の剣が反応できるぎりぎりを狙っている。それ以外は体術しか使えないんだ!
――だとしたら。
俺は走りながら、後ろで剣を逆の手に持ち替えた。
急に左右逆の手にもたれた剣に、相手の動きが一瞬止まる。
その間に、俺は床を蹴った。体が宙の空気を切り、攻撃しようとしていたしもべの左腕が、まだ後ろになったままの俺の剣に、慌てて殴打に切り替える。突き出される拳を、空になった右手を盾にして防ぎ、左手に持ち替えていた剣で、後ろからしもべの下腹を跳ね上げるように切り裂く。
俺が裂いた傷口から、まるで朝日が山の間から顔を出すように、オレンジ色の光が溢れ出た。
腹からこぼれる光は、俺の剣がしもべの腹を裂くほど大きくなっていく。そして矢のような光が、くらむほどの閃光となると、やがて中から一つの赤い玉が転がり出てきた。
ゆっくりと赤い玉が腹から外へ出るのと同時に、しもべは急速に石で造られた彫像のように、砂色に固まって動かなくなってしまう。
「やった! 兄さん!」
竜が歓声を上げているが、まだ俺は玉を手にしていない。
しもべの腹から転がり出た玉は、ぽよんぽよんと跳ね、まるで中に液体か、ゼリー状の物が詰め込まれているように、無機質な石の床を転がっていく。
転がっていく玉に先に手を伸ばそうとしたのは、しもべの肘で殴られて、落ちた玉と同じ方向に飛ばされていたサリフォンだった。
「くそっ!」
ここで取られてたまるか!
慌てて俺は方向を変えると、サリフォンの近くに落ちた玉を追いかける。
「それは俺のだ!」
「何がだ!? 迷宮主は玉を先に手に入れた方に渡すと宣言しただろうが!」
ごもっとも!
だが、それなら余計に渡すわけにはいかない。なにしろ合格の玉はあれ一つしかないんだ。
「だから、ここは僕に譲れ! 奴隷の生まれなら貴族に仕えるものだろう!」
「冗談じゃない! 貴族こそ一般庶民に譲りやがれ! 玉なんて上等なのをいくらでも持っているだろうが!?」
「ああ、生まれの卑しいお前よりはな! つまりお前が持つにはふさわしくないということだ!」
睨み返すのと同時に、玉に追いつこうとしていた俺に、サリフォンの剣が襲いかかってきた。
来る攻撃を剣で防ぎながら、俺も返す手でサリフォンに向かって剣で切りかかる。
いつの間にか、学校の試合の延長で、俺たちは鋭い音をあげて剣で切り結びながら、玉を追いかけていた。
だが、剣ではいくら戦っても勝負がつかない。
「お前――――?」
いつもならそろそろ息切れを起こして自滅する頃なのにと、剣を持つサリフォンが怪訝げに眉を顰めたのに気がついたが、今それについて説明している時間はない。
切り結んでいるサリフォンの剣を押し返して、飛び出そうとした俺よりも一歩早く、サリフォンの方が早くに床を蹴って玉に手を伸ばす。
しまった!
俺の刀身がサリフォンの剣から離れたから、飛び出しやすくなったのだ。
「させるか!」
絶対に譲るわけにはいかない。
俺は持っている剣を投げると、サリフォンの手の先にある玉を弾き飛ばそうとした。
それなのに、玉は剣の当たったところでぐしゃっと変な音をあげると、まるで熟れすぎた柿が潰れるように粉々になったではないか。
え? ぐしゃっ?
潰れて不格好になった残りだけが、いびつな形で転がっていく。俺の目が点になるよりも早くに、サリフォンの怒声が飛んだ。
「何をしているんだリトム!? 玉が壊れたじゃないか!?」
「す、すまん。まさかこんなに脆いとは思っていなかった――」
「くそっ! これだから貴重品もわからない奴は――」
だが、まだサリフォンの方が俺より一歩分玉に近い。壊れた玉を追いかけようとするサリフォンの後ろを走りながら、俺は転がる玉の前にいる人影に気づいた。その姿に必死に叫ぶ。
「竜! それを取ってくれ!」
「何ですって!? ほかの者は手出しをしない、正々堂々とやる約束じゃなかったの!?」
マームが驚いて目を見開いているが、そんな約束をした覚えはない!
「約束は戦いに参加しないだ! それに正々堂々といたぶられてやったじゃないか!」
それを正々堂々と言うのかは知らないが。けれど、もうすぐサリフォンの手が届く。
しかし、サリフォンの手が伸びるのよりも早くに、竜の手が躊躇もなく転がってきた不恰好な赤い玉を拾う。そして、鮮やかに笑ったのだ。
部屋の暗い闇の中に玉を持った手を高く掲げる。
「回復の玉! 兄さんの記憶を思い出させて!」
竜が叫んだ瞬間、手に掲げた玉から部屋中に眩しい光が数百の矢となって溢れていく。
ちょっと竜!? お前、勝手に何を願ってくれているんだ!?
それとも、ここを選んだのは最初からこれが狙いかと、俺は白くなっていく視界のあまりの眩しさに目を閉じた。
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