第18話 いたぶられるのも公平か!?



 前に立つしもべの青白い腕には、金の玉と銀の玉が二つ。


 右が金。左には銀が、腕の三回りは大きな輪に通されて、俺たちに取れるかと嘲うように示されている。


 ――どっちだ?


 俺は薄く笑いながら浮かぶしもべの姿を見つめて剣を構えた。


 浮かんでいると言っても、空中五十センチほどだ。腕を下げていれば、高さとしては十分に剣で狙える。


 ただ、どちらが本物の玉かだが。


 ちらりと、俺は正解を知っていそうな竜を横目で眺めた。


「言っておくけど」


 振り返った俺とサリフォンの姿を見つめながら、マームが酷薄な笑みを浮かべた。


「そこの竜と人間のガキのおつきの者の戦闘への参加は認めないわよ? これは公正さを保つためじゃなくて、攻略者をいたぶるという私の趣味の為だから、破ったら玉は渡さないわ」


 ――だめか!


 そんなにはっきりといたぶりたい宣言をされて、抜け道を塞がれてしまってはどうしようもない。


 実際、竜がいれば戦闘力は何十倍にもなって勝利が確実なだけに、小さく舌打ちをする。


 仕方がない。正々堂々なんて性格ではないが、サリフォンも一人なら条件は同じだ。いたぶられる確率が同じならば、要はどれだけ相手にそれを押しつけるかというだけだろう。


 負けるわけにはいかない――心に湧き上がる思いのまま、改めて剣を構えたときだった。


「兄さん!」


 ――竜!?


 後ろから突然声を張り上げた竜に驚いて振り返る。


「頑張って!そのしもべの弱点は両足の付け根の間だから狙って!」


 ちょっと待て!


「お前何を言っているんだ! そこは男なら誰でも弱点だ!?」


 なんてところを狙わせようとするんだよ?


「ちょっと! 手出しはなしって言ったでしょう!? それなのに、なんで言った直後に加勢しているのよ!?」


「えー? 約束通り戦闘には参加していないよ? ただ助言しただけで」


「助言もダメ! まったくこのブラコン弟は! 兄のことになったら、油断も隙もないんだから!」


「ひどい、ブラコンなんて! 兄思いのいたいけな気持ちを変態的に解釈するなんて!」


「あんたがブラコンじゃなかったら、逆に変態が怖いのよ!」


 やめてよ、それ以上がいるなんて考えたくもないとマームが叫んでいるが、残念ながらその気持ちは少しわかる。


「えー? でも、猫だって、ミミズだって兄弟なら身を寄せ合って寝ているじゃないか? それなのに僕だけ変態なんて」


「猫はともかく! お前自分をミミズにたとえるのはどうなんだ!?」


「水竜! ほかにつっこむところはないの!?」


 いや、もちろん色々あるが。やっぱり俺がミミズと同類にされるのは一番につっこんでおきたい。


 それなのに、思わず振り返って叫んだ俺に、サリフォンが緑の瞳を怪訝げに寄せた。


「兄さん……?」


「いや、これは……」


 人違いだと説明するべきだろうか。この状況で?


「そうか。言われてみればお前に似ているな。あれが街にいるというお前の妹か」


「違う! 妹はもっと俺に似ているわ! あんなに馬鹿じゃない」


 まずい! 最悪の方向に誤解が飛んだ。


 それなのに、竜ときたら俺の言葉にショックを受けたように口に両手を当てている。


「ひどい! 兄さん!」


「兄さん? 妹じゃないのに?」


 更にサリフォンの眉が寄せられていく。


 おいやめてくれ。これ公開処刑だろう? 


 せめて、さっきの弱点発言がある前ならまだましだったのに――あんな爆弾発言をされた後では、どれだけ言い繕ったところでどうしようもない。


 こうなったら、一刻も早くしもべを倒して玉を奪うしかない。踏ん切るように決意すると、同時に俺はこの場から逃げるように走り出した。それなのに、横で一緒にサリフォンも走り出している。


「ふん! 誕生日以外で抜け駆けできると思うな!」


 よく知っているな! お前俺の誕生日なんていつ調べていたんだ!?


 ああ、そういえば俺の少し後で去年も誕生日を祝われていたっけと、俺は思いだしたことを、頭の片隅へ押しやりながら石の床を蹴った。


 三階のゴーレムの床に比べると走りやすい。


 整備された灰色の石が敷き詰められた床を直線に走ると、目の前に迫ってくるしもべの右手にある金の腕輪へ剣を振り下ろす。


 しかし剣を持ち上げた瞬間、しもべの右手の指が一本伸びて光る。長い針のような指が振りかぶった俺の腹にすかさず狙いを定めた。


 ――くる!


 ぎりぎりだった。


 がら空きになった俺の胴体を、しもべの剣になった指が貫くこうとするのと、俺の振り下ろした剣が当り、勢いを止めることに成功したのは。


「くっ!」


 思ったよりも動きが素早い!


 いや、無防備に胴体を晒した俺の失策だ。


 しもべの剣に似た指の動きを俺の剣で止め、後ろに振りぬくのと同時に、片足で後ろへと半歩飛びずさる。


 ――危ない。ここまでの相手とは体術が段違いだ。


 相手の剣が踏み出さないと届かない位置で、俺は体勢を立て直すと、大きく息をついた。


 その間に、これを隙と判断したサリフォンが左から飛びかかる。けれど、同じように伸ばしたしもべの左手の中指の剣が、素早く横なぎにサリフォンの首を狙ってくる。


 さすがのサリフォンもそれを防ぐのに精一杯のようだ。


「くそっ!」


 隙が見えない。


 ――せめて、防御の端だけでも崩せないか……


 少しでも隙を作れないかと俺は剣を構えると、連打で打ち込んでみた。しかし素早く繰り出した剣戟の全てが、しもべの細い指の剣に受け止められていく。


 速い!


 とにかく振り回す素早さが人間の比ではない。


 剣の刀身を左、右と向きを変えながら打ち込んでみるが、相手は俺の前で少し押された気配しか見せない。


 ――いけるか?


 僅かに眉を寄せて、次の一打に力をこめようとした。しかし、しもべは剣の打ち込みの強さに俺の意図を感じ取ったのか、いきなりふわりと飛び上がった。そして、そのままサリフォンの後ろへと降りていく。


 ほとんど音もなく降りてきたしもべが、サリフォンの胴を貫こうとするのと、サリフォンが気づくのはほぼ同時だった。素早く振り向いて後ろに剣を流し、がきんという鋭い金属音で受け止めている。


「くっ!」


 サリフォンの白金の金髪が翻ると、俺より柔軟な体を生かして、背を斜めにそらしてしもべの首を狙おうとする。けれど寸前でかわされてしまった。


「ちっ!」


 悔しそうに舌打ちしている。しかしサリフォンはそのまま攻撃の手を緩めることはなく、更にしもべと打ち合っている。 


 それに、俺も走ると、しもべの右へと飛び込んだ。


 そして上から腕を狙って剣を振り下ろす。しかし、すぐに横なぎに手が伸びてきて、下ろそうとした俺の剣を横に流されてしまう。


 その流された一瞬を見逃さなかった。俺は横に流された剣をそのまま下から持上げて、腕を狙うが、相手の方が一枚上手だ。


 どんと急にサリフォンの顔を拳で殴ると、俺にサリフォンの体をぶつけて体勢を崩させた。


「リトム、邪魔だ、どけ!」


「なんだと!? 邪魔をしたのはお前だろうが!」


 口から血を流しながら、どれだけ偉そうなんだ。


 だが、その刹那、俺に気を取られたサリフォンの喉をめがけて、光る指が襲いかかろうとしている。視界に入ったそれを、咄嗟に剣で払う。


「邪魔だ!」


 同時に、サリフォンの足を思い切り蹴って、襲いかかろうとした指から逃がしてやるが、別に助けてやったわけじゃない。ただ、邪魔だと言われたから邪魔者扱いしてやりたかっただけだ。


 だが、その瞬間これがチャンスだと思った。


 今、俺の剣に払われたしもべの左手は上を向いており、右手は俺を狙ってきている。しかし逆に、剣で今右手の動きを止めれば、しもべの右腕にかかった金の玉に俺の左手が届く。


 今なら!


 それなのに、思った瞬間しもべの膝に腹を蹴られた。


「なっ!」


 くそっ! なんて蹴りだ!


 膝ごと回すようにして腹を蹴られ、さすがに息がつまる。そのまま石の床を五メートルほど片膝をついた状態で滑ったが、叩き上げの首席を舐めるな!


 二回の咳ですぐに立ち上がると、肩で息をつきながら、浮かぶしもべを見つめた。


「ふん、さすが攻略の本丸」


 強さは伊達じゃないってか。


 だけど、正直言って攻略の糸口が見つからない。


「兄さん!」


 竜が離れた所から心配そうに叫んでいる。その顔が持った刀身に映って見えているが、今敵から目を離す余裕がない。


 悪いな、竜。


 せっかくお前が俺の不調をなくす剣を作ってくれたのに。


 それなのに、どちらが本物の玉かさえ見極められない。


 右か? それとも左?


 相手の姿を見つめて、狙いを迷うように俺は僅かに刀身の先を動かした。けれど、ふと刀身に違う光が映ったような気がした。


「うん?」


 ――今のはなんだ?


 眉を顰めて、もう一度刀身を今の角度に直してみる。


 すると、剣に今目の前に立つしもべの姿が映る。青白い肌を戦闘服に包んだ右手には金色の玉。そして左手には銀色の玉を持っているのに、剣のほの赤く光る刀身にはもう一つの違う光が映っているではないか。


 それに俺は目を見開いた。


 それは目の前に立つしもべの下腹の辺り。臍より少し下、だが足の付け根よりは上のところに、赤い玉が光を放ちながら映っている。


 ――そうか! あれは偽物フェイク


 今までも散々偽りで騙してきたこの迷宮製作者が、素直に本物の玉の在り処を示すはずがなかったのだ。


 ――あの腹に隠された玉、あれこそが本物!


 ありがとうな! 竜!


 やっとあの忠告の意味がわかって、俺は改めて剣を構えなおしながら腹の赤い玉に瞳を据えた。




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