第17話 二年参り


 小熊と社長は、社務所で待っていたバイト学生らしき巫女に甘酒のタンクを届け、新年まであと数十分という時間に今年の仕事納めを迎えた。

 明けて来年の元旦は昼下がりまで仕事が無い。今日は通勤に使っているカブを職場に預け、このままVTRで日野春のアパートに帰ろうとした小熊は、社長に呼び止められた。

「お参りして行こうか」

 大晦日の夜遅くまで働き、普段から人の働いている平日より皆が余暇を過ごしている休日のほうが元気な社長が、そういう行事に興味を持ったのは意外だった。

「経営者は縁起を担ぐのよ」

 社長らしい事を言っていても、子供が背伸びして大人ぶっているようにしか見えない。社長の背後にサイドスタンドで車体を傾げて駐められたフュージョンも、笑っているように見える。

 小熊はVTRに跨ったまま後部の荷物箱を開け、中に入っていた紙箱を取り出しながら言った。

「これはどうします?」

 社長が小熊の持っているドーナツの箱へ一目散に駆け寄ってきた。

「今食べる!」

 やっぱり、このほうが似合ってる。

 

 VTRを降りた小熊は、社長に紙箱を渡しながら言った。

「甘酒を貰ってきましょうか」

 さっそく紙箱を開け、中に詰まったドーナツを見て嬉しそうな顔をしている社長は、小熊を見ずに言う。

「甘いコーヒーがいい」

 小熊は自分が子供が欲しがるものを何でもあげる悪い親になったような気分を味わいながら、社務所横の自販機へと向かった。

「まぁいいか」

 夜更かしや普段は食べてはいけない時間のおやつ。j子供には許されないものが正月には許される。境内の方角から、住宅地の神社らしく電動で除夜の鐘が撞かれる音が聞こえ始めた。


 コーヒーとドーナツで今年一年の無事故を祝った小熊と社長は、仕事着のまま境内へと向かった。普段は夜になると静まり返っている神社が、一年に一度だけ明るく騒がしくなる非日常感を味わいながら、参詣者を見回す。半分が晴れ着で、残り半分は普段着。いずれも普段出歩かない真冬の深夜に備え、上にダウンやコートを着込んでいる。小熊と社長は零下の強風にも対応しているバイク便のライディングジャケットを着ていて、その下には防寒肌着を身に着けているので特に寒さは感じない。

 小熊が通う学校に近い、旧武川村の中心部近くにある神社。誰か知り合いに会ったら挨拶の一つもしなくてはいけないと思いながら、群衆に目を走らせていた小熊の視線が、あるものを捉えた。

 見間違うはずもない。女性としては高い身長。境内の灯りを受けてオレンジに輝く髪、クライマーパンツにマウンテンパーカーという、他の参詣者と毛色の違う格好。パーカーの下には、小熊があげたメッシュ地のライディングベスト。

 恵庭慧海がそこに居た。


 この神社で慧海と出会ったとしても不思議ではない。慧海と椎の家はこの神社から徒歩圏内。椎は受験勉強の最後の追い込みで、両親は旅行に出かけている。慧海は普段からこの神社に時々来ているという話を聞いたことがある。お参りのためではなく、自身の夜間可視能力を養うため、街灯の無い暗闇を歩いている。

 ただ慧海に会っただけなら、小熊から声をかけて二人で二年参りでもしようと思った、社長は適当に家に帰らせればいい、子供じゃないんだし一人でも迷子になることは無いだろう。フュージョンも付いている。


 小熊の視線に気づいたのか、慧海がこちらを向く素振りを見せたので、小熊は社長の手を引いて適当な屋台に入った。普段なら金を払って食おうなんて思わないタコヤキを二つ買う。小熊の反応と視線に気づいたらしき社長が言う。

「同業?」

 慧海が着ているベストは、小熊が社長から一つ譲って貰って慧海にプレゼントしたバイク便の専用装備。慧海はその後、色を染め直したりバイクでは必須だけど徒歩の冒険には不要なパッドを外したり、自分なりのカスタマイズをしている。

 小熊は社長の問いに首を振り、とりあえずこれ以上煩わしい質問が来ないようにタコヤキで社長の口を塞いだ。普段から三度の食事は不規則でろくに食べないのに、間食の多い社長はさっきドーナツを食べたばかりだというのに、タコヤキを美味しそうに口の中で転がしている。

 小熊は自分のタコヤキに楊枝を刺しながら、さっき見たものについてもう一度考えた。

 初詣の神社に居た慧海、小熊が注目していたのは、彼女ではなくその後ろ、慧海の背後に見えたもの。

 慧海の後ろには、幽霊が居た。

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