第10話 自分らしさ

 礼子がプレゼントを渡し終わり、今度は小熊の番。礼子よりだいぶ大きな包みを慧海に渡した。

「開けてみて」

 ギフトラッピングというには地味すぎる茶色の紙袋を開けた慧海は、中身を引っ張り出した。表情が変わる。

 小熊が慧海に贈ったのは、ポケットがたくさん付いたメッシュベスト。


 慧海は山野を歩く時、サバイバルに必要な装備をベストに詰めていたが、高校生の予算ゆえ釣具屋で買ったような安物のベストが、中身の重さに負けて型崩れしたり穴が開いたりしていたのが気になっていた。

 とはいえ高価なアウトドアベストを買い与えるのでは、物でご機嫌を取っているみたいで格好悪い、そう思いながら慧海への贈り物を探していた小熊は、不定期でバイトをしている医療検査物輸送バイク便の職場で、ポケットのたくさん付いたベストを着ているやつらに出会った。

彼らは大手バイク便のライダーで、ベストとライディングジャケットはその制服。彼らにそのベストについて聞いてみたところ、道楽のアウトドアレジャーとは異なるバイク便の現場で酷使されるベストは非常に堅牢かつ実用的で、幾度も乗っている人間の命を守ったらしい。


 小熊がそのバイク便のライダーを通して、ベストを売って貰えるよう頼んだところ、ほぼ未使用のベストを無償で譲ってくれた。代償はこっちで人が足りなくなったら、仕事も請けて貰うということだったが、新生活で物入りの身には渡りに船の話だし、それくらいで慧海に喜んで貰えるなら安いもの。

 小熊から貰ったベストを引っ張ったり火で炙ったりして強度を確かめていた慧海は、合格点をつけてくれたらしく、小熊に深く頭を下げる。礼はいいから着てみてと仕草で示したところ、袖を通してくれた。やっぱり、自分よりよく似合っている。


 何とか満足して貰えるプレゼントを渡した小熊と礼子に、椎の両親からもプレゼントが贈られる。礼子にはパタゴニアの3wayバッグ。

 椎の父が商社勤めしていた時代に最も役に立ったという、肩掛け出来て背負うことが出来て、機内持ち込み可能なバッグは、高校卒業後に放浪すると自称している礼子が、キャスターでガラガラと引くキャリーバッグのカッコ悪さを嫌っていることをよくわかっている椎が選んだ物だという。

 椎の母から小熊へのプレゼントは、ペンデルトンのエルボーパッチ付きウールジャケット。

 渋い格子模様のブレザースタイルジャケットは、自分には似合わないと思った小熊は、つい先ほどここに来る前に、正装と呼べる服に迷ったことを思い出す。


 高校を卒業すれば制服が正装というわけにはいかない。冠婚葬祭や就職活動など、きちんとしたスーツを着る場と、普段着のライディングジャケットを着る場の中間的な場所に行かなくてはならない事も増えてくる。

 そんな時に着られるようなウールジャケットは、自分に似合っているんだろうか、似合うようにしたいと思った。

 少なくとも肘と肩にスウェードのパッチが付いた、アメリカンカントリースタイルのジャケットは、高校のブレザーより着やすそうに見えた。


 小熊は以前、カブで転倒し膝に穴を開けたデニムパンツに布を縫い付けて直し、礼子からお洒落じゃなく実用でデニムに継ぎを当てている奴を久しぶりに見たと言われたことがある。

 継ぎ当てのデニムはその後も気にせず履いているが、この継ぎ当てをこれがアメリカ西部のお洒落だと胸を張るようなジャケットを着ていれば、あるいは持っているだけで、継ぎ当てデニムを履いて歩くに感じるほんの少しの引け目や恥ずかしさは、消えて無くなるだろう。

 ラフな扱いに耐え、軒先に雨ざらしにしても鞄に丸めて詰め込んでも平気だというウールジャケットは、慧海が選んだのかなと思ったが、椎の母はそうではないという、ただ、小熊へのプレゼントに迷い、自分のシボレートラックでもあげちゃおうとしていた椎の母に慧海は言った。

「小熊さんらしい物を」


 小熊の頭に、部屋で聞いていたラジオから流れてきたスティングのEnglishman In New-Yorkが流れた。

 ほぼ同じだけどどこか違う言葉を話す、アメリカという近くて遠い国に来たイギリス人の心境を綴った歌詞。

 今まで暮らした山梨と、春から生活することになる東京は、近いようでいて遠いのかもしれない。どこに居ようと自分らしくあり続けるには、カブだけでは足りないかもしれない。

 でも、この継ぎ当てのジャケットがあれば、たぶん何とかなる。

 クリスマスディナーとプレゼントで、満たされた気分になった小熊と礼子は、引きとめようとする椎と両親に、正月にはまた遊びに来ると約束し、カブに乗って各々の家へと帰った。

 

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