第2話 終業式

 体育館で特に意味や意義の感じられない話を聞き、教室でもっと意味の乏しい通知表を貰った小熊は、周囲がいつもより浮わついていることに気づく。

 担任教師が話している間もこっそりスマホを見たり、小声で話し合ったりしている生徒をよく見かける。理由は知りたくもないのに小熊のスマホに表示される広告が教えてくれた。

 曜日の関係で例年より一日早く行われた今年の二学期終業式は十二月の二十四日。世間ではクリスマスイブと呼ばれる日。

 他の生徒は皆で集まってクリスマスパーティーをしようと話し合っている。まだ高校一年だった頃、カブに乗っていなかった小熊なら、そんなクラスメイトを横目で見ながら一人で家に帰っていた。

 特別な日という意識が持てないというのは今でも変わらないが、変わったこともある。小熊はそう思いながら、終業の礼が終わった途端に小熊の席まで駆けてくる小さい体を眺めた。


 今日の終業式で数日ぶりに会う恵庭椎は、また少し痩せたみたいだった。一般受験での大学進学を目指している椎は、ちょうど今が受験勉強の頑張り時だと聞いた。

「小熊さん!今日この後ヒマですか?」

 小熊は少し頬を緩ませながらも、意識して感情を抑えた声で答える。

「用がある」

 椎の眉が下がる。休日も部屋にこもって受験勉強をしている椎とはここしばらく学校以外で会っていない。椎は小熊に用があって、あるいは用事を作って時々電話する時は、寂しさに耐えかねたように長話をすることが多いけど、一緒に遊びに行くことは我慢している。

 

 椎はもう一人のクラスメイトに声をかけた。

「礼子ちゃん!」

 小熊を強引に誘うほど積極的になれない椎も、普段は自分の興味の無い物には冷淡な小熊が、無駄に好奇心のある礼子に引っ張られ流されることがよくあることは知っている。

 椎はなかなかしたたかなところがある。まずは礼子を何か美味しい物で釣って、うまく小熊を連れて来て貰おうとしている。以前はそうじゃなかったと小熊は思った。もしかして、あの水色のカブに乗り始めてからそうなったのかもしれない。

 自分の欲しいものを手に入れるための最良のツールとしてカブを買い、その目的を実行しつつある椎。少なくともカブを買うため口座に貯めた貯金を使い切ったことで、いまさら失うものなんて何も無い人間の強さを知った。

 

 礼子は椎のお誘いに手を振って答える。

「わたしもこの後バイト~」

 礼子は聞かれてもいないのに自分のスマホを見せながら説明する。

「清里の現場に居る電飾業者に呼ばれたのよ、設置段階でトラブルが発生したってんで、緊急でケーブルの取っ替え」

 ついさっきもクラスメイトが清里のクリスマスイルミネーションを見に行くと話をしていたのを聞いた。光り輝く物々の影には、それを光らせるために必要なLED電球を飾りつけ電源を確保し、配電をメンテナンスする人間が居る。

 椎に声をかけられていた時はあまり興味無さそうな顔だった小熊の表情が動く。礼子の腕を掴まえた。

「そういう話はこっちにも回してくれないと」


 臨時のバイト。たぶん上乗せされるに違いない時給。仕事内容は経験無いこともない電設関係で、場所も土地勘のある清里、なんとも魅力的な響き。

「元請けの看板屋がケチって、バイトは一人で充分って言うのよ。ケチよ」

 多分元請けといってもどこかのアミューズメント会社の下請けであろう雇われ社員に二度もケチと言うことは無いともおもったが、二度もケチと言われるようなケチにもう一人分の労働力を売り込んでもどうせケチって断るか時給を値切るに違いない。バイトは諦めて自分の用を優先させることにした。


 そしてもう一つ、点灯しないクリスマスイルミネーションより重大らしき問題が小熊の前で発生しつつある。

 特別な人と過ごす日のお誘いを二人から断られ、今にも泣きそうな椎に、小熊と礼子は二人で顔を近づけた。

「用が終わったら、私のカブで必ず会いに行く」

 椎を安心させるように言った小熊の横で、礼子が不安げに漏らす。

「夜までに終わるかな~」

 小熊は礼子の頬に触れて言った。

「死ぬ気で間に合わせて」

 おいしいバイトを取られた恨みも含まれた小熊の気迫に、礼子は頷く。

 椎はさっきまでの悲壮な表情が嘘みたいに目を細め、今にも喉を鳴らしそうな上機嫌な顔をしていた。小熊は正直なところ、この表情の変化を見たくて、すこし意地悪をした。

 

 教室を出た小熊と礼子、椎は駐輪場で各々のカブに乗って校門を出る。小熊は礼子や椎とは反対方向へと走りながら、椎が何の用で誘ったのか聞くのを忘れたことに気づく。

 きっと確認するまでも無い。今の椎が足りないもの、欲しいもの、そして小熊や礼子にもたらしてくれるであろう物くらい知っている。

 小熊は今日の用を果たすため、とりあえずカブを自分のアパートへと向けた。

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