勇者と勇者は出会った

栄養素

勇者と勇者は出会った

 ーーとある戦場。



「…こんにちは牛山君」


「君は、美琴時みことじさん!? どうして君がここにいるんだ!?」


「…それは、“どうしてこの戦場に?”という意味かな。 それとも“どうしてこの世界に?”の方かな」


「それは両方だよ!なぜクラスメイトの…ただの高校生の君がここにいるんだ!?」


「…その理由は君も知っているんじゃないかと、私は思うよ」


「まさか、勇者召喚? 君も僕と同じで地球からこの世界に召喚されてきたのか!」


「…そのとおり」


「僕の他にも召喚された勇者がいるなんて知らなかったよ。聖女も王様も何も言ってなかったから」



「…ところで、ねえ、牛山君。教えてほしいんだけど、君はいったいどうしてここに来たのかな?」


「それは、この村が魔族の軍隊に占領されたから解放して欲しいって騎士団長に言われて」


「…そんな事だろうと思っていたよ。

 ちなみに、ここに魔族の軍隊がいるって言うのは、私が流したウソの情報なんだ」


「ウソの情報? なんでそんな事を?」


「…それは、君をここに呼び寄せて、確かめる為さ。

 君がいったいどういう理由で勇者をしているかを、ね」


「理由? そんなのは簡単だよ! 人間を滅ぼそうとする残酷な魔族から人々を守る為さ。そして最後には諸悪の根源である魔王を討伐して、この世界を平和に導くんだ! 君もそうだろう、美琴時さん。勇者仲間がいるのは心強いよ。一緒に邪悪な魔族と戦おう!」


「…それはできないんだ」


「ど、どうして? 君も同じ勇者なんだろう?」


「…残念だけど、それは違うんだ。

 君は人間に召喚された人間の勇者。私は魔族に召喚された魔族の勇者なんだよ」


「魔族の勇者!? そんなの、聞いた事がない」


「…そうだろうね。初めての試みで、私が第一号だったみたいだからね」


「魔族の勇者なんて間違っているよ! 魔族は醜く残忍な奴らで、人間の王国を侵略している敵なんだ! 美琴時さん、君は騙されているんだ!」


「…君からはそう見えるんだね」


「この惨状がみえないのか!? 焼け落ちた家屋、荒らされた畑に田んぼ。これは全部、魔族の侵略によって引き起こされたものなんだよ!」


「…魔族によって、ね…。

 あそこに在る、焼け残った建物が見えるかい? 」


「建物なんて、どうでもいいじゃないか!」


「…いいや。とても重要な話なんだ」


「ぐっ。ああ、見えるよ。でも、それがどうしたって言うんだ?」


「…あれはこの村の宗教施設なんだけど、君にはどんな風に見えているのか、言ってみてくれないか」


「どんな風に、と言われても。立派な建物だと思うよ。鳥居っぽい柱、立派な屋根。お寺みたいだな。和風な建物だね」


「…じゃあ、君が見てきた人間の王国にあんな建物はあったかな?」


「なかったと思うよ。教会はあったけど、アーチみたいな梁とか、ドーム型の屋根とか、豪華な感じの建物だったよ」


「…もう一つ。人間の王国の宗教については何か知っているかな?」


「女神教って言う唯一神を祭っていて、ちょっと聞いた限りでは戒律が厳しそうな感じだったかな。あれはダメこれもダメって」


「…そのとおり、人間の王国は女神教を国教にしていて、それ以外の宗教を排斥している。改革派みたいな分離した教派すら認めない徹底ぶりだ」


「でも、それがどうしたって言うんだ!」


「…変だと思わないかい? ここにあるのが教会ではなく、お寺のような建物だということが」


「言われてみれば確かに。でも、別にどっちも珍しいモノじゃないと思うけど」


「…それは私達が地球世界出身の日本人だか見慣れてるってだけだよ。

 つまり何が言いたいかというと、君が持っている情報には誤りがあるってことだよ。この村は人間とは違う宗教を信仰する種族の、魔族の村だったという事なんだ」


「そんなはずはないよ。だって騎士団長は人間の村だって言っていた…」


「…この村はね、もう半年も前に人間の軍隊に攻められて滅んでいたんだよ。

 幸い魔王が先に避難指示を出していたから犠牲者は出なかったけど。

 牛山君、君は今までいろいろな戦場で戦ってきたみたいだけど、それは、誰がどうやって決めていたんだい?」


「全部、王様や騎士団長からの指示だったよ。最前線で勇者の力がどうしても必要だからって」


「…つまり、君自身が情報の裏付けをとって動いていたわけでは無い、ということなんだね」


「裏付けなんて、そんなの必要ないよ! 僕が戦ってきた戦場はどれもひどいものばかりだったんだ」


「…戦は得てしてひどいものだよ。そして、魔族が攻めていたら悪で、人間が攻めていたら善なんて、そんな単純なものではないんだよ。

 だけどこれではっきりした。君はこの戦争の背景や現在の情勢を知らないまま、人間の有力者の言いなりで戦っていたんだね。やはり、思った通りだったか」


「ちゃんと知っているよ! この戦争のきっかけは、一年前に魔族の軍隊がいきなり人間の王国の街を攻めたのが始まりなんだ。そこから、魔族の軍隊がなだれ込むように人間の王国を侵略し始めたんだろう!? 魔族のいきなりの侵攻に人間の王国は対応できなくて、いくつもの街が占拠されて劣勢だって。だから、勇者召喚で僕が救世主として呼ばれたんだ!召喚された時、聖女様からそう聞いた!」


「…なるほど。王国が発している公式発表の通りだね。

 牛山君、君には辛い話だろうけど、その説明には抜けている事実があるんだ。

 一年以上前から、人間の王国は国王主導の下で、奴隷狩りと称して、魔族の国で略奪行為を行っていたんだ。最初に魔族に襲撃された街は奴隷と略奪品の集積所になっていて…」


「嘘だ! 王様も騎士団長も聖女も皆優しい良い人たちばかりだ! あの人たちがそんなことをしているわけない!」


「…君は見なかったのかい? 王都にはたくさんの魔族奴隷たちがいただろう。騎士団でも鎖でつながれた奴隷たちが働かされていたはずだ」


「あれは、捕虜だって騎士団の人が」


「…魔族の軍隊に女子供はいないんだよ。

 君が、今まで戦ってきた戦場を思い出してみてほしい。不審に思うところはなかったかい? 

 私が調べたところによれば、勇者が、疎開するリザード族の一団を皆殺しにしたとか、オーガ族の避難民が逃げ込んでいた建物に戦略魔法を打ち込んだとか、信じられないような記録もあったよ」


「ウソだ! 僕はそんなことはしていない! 全部王国からの命令で、国を守るためにやったんだ! 疎開する人たちを攻撃なんかしてない! 逃げる魔族の軍隊を追撃しただけだ! 避難民に攻撃なんかしてない! 占拠された軍事施設を攻撃しただけだ! 全部、そう言うふうに命令されたんだ! 間違ったことは何もしていない!」


「…そうか。少しの違和感に気が付いて、ちょっと調べればわかるはずの事だったのに。君は」


「違う違う違う! そ、そうだ証拠がないじゃないか!! 君の話が本当だいう証拠が! 全部君のねつ造かもしれない。いや、ねつ造に決まってる! 君は作り話で僕を惑わす気なんだな!」


「…そんなつもりはないよ。ただ、証拠がないのも事実だ。全部私が独自に調べた事だから、信じてくれとしか言えないかな」


「僕は惑わされないぞ! 僕は勇者なんだ。この世界の救世主なんだ! 間違ったことはしていない!」


「…私は、君の事を責めているわけじゃなんだ。ただ、これからは君がその力を振るう前に立ち止まって、本当は何が正しいのかを考えてほしいいんだ。

 そうすれば、君には正しい意味でこの世界の救世主に成れる可能性がある」


「うるさい! 惑わされないぞ魔族の手先め! 僕は勇者。僕は救世主。ここは僕が主人公の世界なんだ! 僕は間違っていない。僕がやることは全部正しいんだ!」


「…絶対の正義なんて幻想だ。言いなりではなく、君自身の意思で行動してほしいと、私は願っているのだけど」


「僕は、王様も騎士団長も聖女様も人間の王国のみんなのことを信じている! それを否定するお前は悪だ! 僕たちの敵だ! いくぞ、魔族! 聖剣の一撃をくらえ!!」


「…待ってくれ、まだ話は。致し方無しか。札術≪護法:守護方陣≫」


「く、固い! なら、スキル開放! “聖剣技”グローリースラッシュ!」


「…札術≪強化式:九字入刀≫」


「これでもだめか! なら、全力だ! “聖剣技奥義”グロリアスラグナロクアタック!!」


「…札術≪拘束式:五行大棺≫」


「くそっ! なんだこの壁は!身動きが取れない! 僕のチート“聖剣技”で突破できないなんて。なんて固い防御なんだ! 美琴時さん、それが君のチートか!?」


「…チート? ああ、世界壁超越移動ワールドトランス時に起こる根源情報体過剰拡張現PEEI現象象の事か。

 いいや、私はそのチートとやらは持っていないよ。それを受け入れてしまうと地球に、元の世界に帰れなくなってしまうからね」


「な、なら、君のその技はいったい何なんだ!」


「…これは、陰陽術の札術。後付けチートではない自前の技さ」


「そんな嘘だ。チートじゃないなんて」


「…異世界に召喚されることに比べれば、陰陽術くらい普通じゃないかな? 小説なんかでもよく出てくるし」


「地球に、そんな、魔法みたいな、あり得ないよ。君はいったい何者なんだ」


「…美琴時家はね、平安時代から続く陰陽師の家系なんだ。そして現代では国連が主導する組織、地球外世界対策機構にも所属していて、今回魔族の勇者として召喚に応じたのも呼ばれたの仕事の一環なんだ。

 牛山君、実は君のこの世界での行いは、“世界壁”に深刻な歪みを生じさて、地球に悪影響を及ぼす可能性のある危険な行為だったんだ」


「なんだよそれ、なんなんだよ。

 僕は、英雄になるはずだったんだ。あんなくだらない、つまらない地球の生活なんか捨てて、この世界で本当の僕の物語が始まるはずなんだ。僕が主人公のはずなんだ。邪魔すんなよ」


「…心中お察しするよ。でも、すまないね。

 この世界の為、ひいては地球世界の平和の為に君の行いを止める。それが私の仕事なんだ。

 君が己の行いを顧みないのであれば致し方ない。根源情報体過剰拡張現PEEI現象象の影響で、根源情報アカシックレコードが変容してしまった者は元の世界に帰れない。君には封印処置をとらせてもらうよ」


「こんなところで終わるはずじゃなかった。お前さえいなければ!」


「…さようなら、牛山君。五行の檻にて封ぜよ≪封印式:縛霊織魂≫」


「やめろ! やめてくれ! うわぁぁぁぁ…」


「…封印完了。ふぅ、やっぱりこの仕事、つらいな…」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者と勇者は出会った 栄養素 @eiyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ