第17話:恩師、リチャードの死(201001-12)
2010年1月22日、寒い日、昨年12月から、体調を崩して東大病院に83歳のリチャードが入院していた。風邪ををこじらせて、インフルエンザにかかり、肺炎を併発したとの知らせが入り、七郎は急遽、彼の病室に見舞いに行った。マスクを着用して、彼の顔を見ると、青白く、急に老けたような、生気のない様に見えた。
しかし、彼は七郎に精一杯にの笑顔で、大丈夫だ、じき退院すると強がっていた。リチャードが君に話しておきたいことがあるんだが、話すことができないので、秘書にメールを送らせるから読んでくれと言った。七郎は、何と言って良いのかわからず、リチャードの手を握るのだった。
10分位して病室を出る時リチャードが小さな声で「グッド・ラック・Good Luck」と言ったような気がして永遠の別れが来たと直感した。振り返ると、我を忘れて、泣き叫びそうになるので、じっと我慢して静かに病室をあとにした。
翌日、七郎商会に帰ると、メールが入っていたが、開けようとしても、キーワードを聞いてくるだけで、開けない。そこで、昔、リチャードが教えてくれた、秘密の言葉:「Good Luck」を打ち込んだ。すると、メールが開いた。
最初に、もし、君が、これを読む時には私は天に召されているだろうという書き出しから始まった。僕が君と会ったのは、多分、イエスキリストのお導きがあったのだと思う。最初に君を見たときに、すぐに、何か、不思議な縁を感じた。だから何のためらいもなく君を自分の息子のように迎え入れたのだ。
その数日後、私が酒を飲んで帰宅した夜、君に、日本は敗戦国であり、日本を捨てて米国人にならないかと言った時、君は、嫌だ、日本には優れた文化、伝統があり、それが大好きだから、日本人のままでいると言った。私が本当に日本は欧米に追いつけるとは思わないと言うと、そんな事はない、日本人の勤勉さと、正直さ、結束力で、きっと10年、20年後には追いつくと思うと言った。その為に、七郎は、頑張って勉強していきたいと言い切った。
その時、正直、頭にきて、金を稼ぐというのは、並大抵の努力では、できることではない、すごい相手と闘って、勝たなければ勝てないのだ。七郎、お前に、そんな覚悟があるのかと、また、勝てる自信が、あるのかと、すごい形相で言ってきたが、勝てるかどうかわからないが勝つために努力する覚悟は持っていると開き直った。その時、お前は、俺の後を継げる、すごい奴だと思った。その時、君を抱き寄せて、ハグしながら、お前を見ていると、昔の自分のような気がしてならないと急に涙を流しのだ。この時、本当の親子になれた気がしたんだ。
その後、君は、僕の本を片っ端から読んで、投資の勝ち方を会得していった。サンノゼ州立大学に、スカラシップで合格して、日本に帰ってきた時は、見違える程、逞しそうな青年になっていた。本当にうれしかったよ。
帰国後、君が木下家という由緒正しき家の息子と知って、僕の勘に間違いなかったと思った。その後、RCH家の経理のデータベースの更新の仕事を与えた。仕事の内容は、教えていなかったが、多分君のことだから、世界経済の大事件の時(ブラックマンデーやリーマンショクの時)にRCHの財産が急に増えた事から、おおよそ、どんな仕事そしていたか想像できるだろう。しかし、僕は、君をRCH家に縛り付ける気はない。好きなように生きて欲しい。
ただ、七郎が僕に与えてくれた、数々の事を考えると、僕は、その歩んできた人生の価値の分だけの報奨金を渡したいと思う。数日後、君のスイス・ピクテのプライベートバンクの口座にその金をくり込んでおくよ。君が正しいと思う事に、使ってくれ。そして、君が望むなら、RCH家の経理担当の七郎商会をやめても構わない。本当に長い間、楽しい時間を与えてくれてありがとう、心から感謝します。これで、文面が終わっていた。
パソコンの画面を見ながら、したたり落ちる涙を拭こうともしないで、読んでいた。最後に、七郎は、背筋を伸ばして、泣きリチャードの冥福を祈り、黙祷を捧げた。翌日、七郎の口座に、新たに10億円が振り込まれていた。
七郎はリチャードが予想したように、七郎商会とRCH家との関係を解消する決心を、その旨をRCHのニューヨークの本部に伝えて、この仕事を終えた。
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