本編⑩ 優しい先輩方の宴

 ミサキが帰りしばらくすると、静まり返っていた食堂内は落ち着きを取り戻していた。

 少しざわつき始めたところで、一人の女性の先輩が声を上げた。

「はーい、みんな注目ーっ。」

 その声に、室内にいたみんなが一斉に視線を向けた。

 みんなが注目しているのを確認して、彼女は話し始めた。

「私は、第一九七研究室のサキ・クルミです。よろしくねぇー。

 ちなみに、さっきのイケメン美人さんは、うちの研究室の先輩でした。

 お騒がせしてすいませんでした。」

 少し困った顔でサキは言った。

「それではこれからの予定を発表します。

 各研究室ごとで自己紹介とかは終わっていると思うけど、これからはほかの研究室と合同でやっていくので、よく聞いてね。

 今この合宿所には、第九十三研究室、一九七研究室、二〇八研究室がいます。九三研は、オオイ先輩とシゲ先輩、そして新人五人。うちは、とりあえず私と新人が四人。最後にでっ、、二〇八研はヤマダ先輩とトヨシマ君と新人四人。」

 サキがそう言いながらトヨシマを見ると、トヨシマは微笑みながら無言でうなづいた。

「とりあえずこの十八人で合宿スタートです。先程来た先輩も、明後日から合流する予定で、他の先輩たちも研究があいたら合流してくれるので、みんな仲良くやっていきましょうね。」

 まるで小学生に言い聞かせるようなサキの発表の後、オオイが立ち上がる。

「じゃあ、とりあえずうちから始めようか。ぼくはヨシハル・オオイ、」

 こうしてケこう長い自己紹介祭りが始まったので簡単にまとめてみる。

 九十三研究室、ヨシハル・オオイとシゲル・トミオカ。ともに三回生だ。新人は、マコト・タケダ、マヤ・マツシマ、ケイタ・アライ、ツバサ・タニムラ、カズキ・ナカシマの五人だ。

 次に一九七研究室は、先ほどのサキがトヨシマと同じ二回生。新人は、カズヤと、イワオ・ナカタ、ヨシコ・シバタ、に留学生のハーサンツェー・オーサンチーの四名だ。

 一通りの紹介が終わると、トヨシマが立ち上がり話を始めた。

「えぇ、本来だと、あそこで横になっているヤマダ先輩から説明するのですが、無理そうなので僕から説明します。今からみんなには【オリエンテーリング】をおこなってもらいます。チームは完全にくじ引きで分けるので、しっかりと楽しんでくださいね。」

 そういうとトヨシマは、みんなを会場へ先導した。

 建物の周りは山だらけだ。ギンヤは時間的に、これからすぐに暗くなることも心配だった。ギンヤは山道に慣れていない。おそらくそれは、研究ばかりやってきた、他の新人たちにしても大差ないだろう。ギンヤはそんなことを思いながら歩いていたが、トヨシマはいっこうに建物を出る気配はなかった。疑問を感じながらもトヨシマに連れられ歩いていく。少し奥まった場所にあった階段を下ると、そこには大きな鉄の扉があった。

「じゃぁ、この中でやってもらうけど、みだらにあたりのものには触れないように注意してね。」

 トヨシマは全員にそう言って、持っていたキーカードを差し込み、パスワードを入力する。すると、その重そうな鉄の扉が開いた。中は少し広めの研究室で、たくさんの椅子と何かヘルメットのような機材が置いてあった。

 新人たちは言われるままに中に入ると、そのヘルメットのような機材を持ったサキが説明をする。

「これから皆さんには、ヴァーチャル空間で過ごしてもらいます。

 これは最新型のVR体験装置です。先日、特許も取得してあります。」

 そして、引き続き、システムの説明をしてくれた。

 従来のヴァーチャル・リアリティシステム(VRS)は、自分の目の前に立体映像を映し出し、あたかも自分がその場にいるような錯覚を起こすもので、風景は自動で移動する、もしくは実際の動きに合わせてその方角映像を映し出すといったものであった。しかし、このVRSは全く違っていた。

 自分は椅子に座り、脳へ直接映像情報を送り込むというものだった。そして自分の発したシナプスを読み取り映像世界の自分が動く。さらに、VR世界での自分と表在感覚情報が共有されているため、嗅覚も触覚も再現されているというとんでもない代物であった。言い換えれば、データ上の世界を自分が普通に生活しているような感覚になるシステムである。

 そしてそれだけではない。これも新しい技術であるが、シナプスの通信速度を上げることで、体感時間を早めることができるようにされていた。つまり、実際一時間その装置を使用したとして、VRの中の世界では、それを二時間とか、三時間とかに感じられるようにできるのである。

「体感最大速は二十四倍で継続使用は十時間までだけどね。それ以上は脳への負担が大きいから。」

 そういうサキの表情は、とても自慢げであった。その場にいた新人たちは、ただただ感心して聞いているだけであった。

「これは、僕たち三研究室とゲーム研で共同開発したゲーム機なんだ。なかなかすごいでしょ。」

 さすがは工科大の先輩たちである。しかし、ゲームに使う技術として、いささかどころではなく、突出しすぎているのではないだろうか。ギンヤは、普段とても優しく、ヤマダに振り回されてばかりいるように見えていたトヨシマも、実際のところ電波研創設組の一人であった事を思い出した。

「今日は二倍を三時間、体感で六時間。中で頑張ってきてね。」

 かわらない笑顔で言うトヨシマの姿が、なにかいつもと違い、すこし不気味に感じられたのはギンヤだけだったのか。その後、集まって話し合っている四人の先輩研究者たちは、終始笑顔で楽しそうであったが、時折聞こえてくる笑い声は、どこか、白雪姫に毒リンゴを用意する魔女しかり、おばあさんに化けて少女を待つ狼しかし、どこか不気味なものを内包しているように感じた。

 振り返り新人たちをみた先輩たちの瞳は、どことなくモルモットを見るような瞳に変化してきたように、ギンヤをはじめ、二〇八研究室の面々は感じていたのだった。

 トヨシマの、優しく静かな笑顔の中に、かすかな異常性を感じ取った二〇八研究室の面々は、益々不安を募らせていったのだった。

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リサーチャー 第二〇八研究室 東雲あずま @sinonome-azuma

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