お力になれたなら何よりです
断言する結祈に、肯定も否定も出来ないまま、朔姫の表情は困惑に陰る。
例えリーデルになってもならなくても、彼女個人の性質までもが変わるわけではない。
しかし彼女個人をただ見るには、リーデルという言葉は酷く纏わりつくのだ。
「あかね様と話してみたらいかがでしょうか?もちろん、無理にとは言いませんが」
「話?」
「あかね様の事を、僅かなりとも知る事が出来るかと。加えて同年の女子と話せる良い機会ですよ」
異能者というだけで孤立気味だった過去から、朔姫は同年代の少年少女が苦手だった。
そんな彼女からすれば、同年のあかねと話すという事は、苦行と言っても過言ではなかった。
「でも何を話したらいいのか…」
「どんなことでも。趣味の話でも好きな物の事など、何でも良いのです」
「……」
何でも良い。そう言われると逆に困ってしまう。
それでも自分なりに考えてはみるものの、会話を継続させる話題は思い浮かばない。
考えれば考えるほど、次第に百面相をし始める彼女を見て、結祈は苦笑する。
「そんなに重く捉えなてもいいと思いますが」
「けど、相手に不快な思いをさせるのは良くない」
他者との関係は、それぞれが互いに意識、好感を持つ事によって、築くことが出来るものである。
それ故に、どちらかが僅かなりとも嫌悪を抱いてしまえば、成せる事は出来ないと朔姫は考えていた。
「そうですね……では、まず挨拶だけでもいかがですか?」
「挨拶?」
「挨拶は基本です。無理に話して相手に悪い印象を与えるよりかは、幾らか好感は持てるかと」
「そんなものかしら?」
尋ねれば、結祈は笑顔で頷く。
「ええ。少なくとも私は嬉しいです。これは例え話ですが、仲良くなりたい相手がいたとします。ですがその方は他の方に挨拶をしても、貴女に挨拶をしてくれません。どう思いますか?」
「…その人に避けられてるのか、嫌われてるのかと思う」
思った事を素直に述べると、朔姫はハッとした表情になる。
「つまり挨拶の有無だけでも、印象は変わってくるという事ですね」
「…気付かなかった」
感心する朔姫を傍らに、更に言葉を続ける。
「嫌われてる人に好感を持たせる事は至難な事ではありますが、何もない状態ならば、その人次第で、いくらでもなるということです」
説得力があるのか、或いは心を許しているからなのか。
困った時、朔姫は結祈に相談する事が多い。
彼の言葉には常に温かみがあり、励まされるのだ。
「ありがとう、結祈。少し心が晴れた気がする」
「いえ。お力になれたなら何よりです」
結祈は再び支度に取り掛かる。
そして間を置かず何かを思い付いたかのように、手を動かしながら口を開く。
「それからもう一つ。あかね様は快活な方です。待ってみるのも一つの手かも知れません」
「それは……どういう――」
「出来ました」
聞き返そうとした朔姫だが、嬉しげな結祈の声に遮られる。
どうやら朝食の支度が整ったらしく、テーブルの方へやってきては、慣れた手付きで準備をしていく。
目の前に置かれたプレートには、目玉焼きを中心にウィンナー、サラダとミニトマト。
横には既にバターが塗られているパンがあり、朝食にしては色鮮やかな豪勢なものだった。
「美味しそう」
「ありがとうございます。果物は後でお持ちしますね」
「いつもありがとう。いただきます」
朔姫は微笑んでフォークとナイフを手に取る。
こうして穏やかな朝は過ぎていった。
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