自分で言えば?

黎明館 三階 あかね自室


朝日が昇ってから少し経った頃。

何度もなり続ける携帯電話により、その部屋の主はようやく目が覚めた。

まだはっきりしない意識に、慣れぬ景色と空間をぼんやり見つめながら、ゆっくりと起き上がって洗面所へ向かう。

充てがわれた部屋には、洗面所とわころか風呂まで付いており移動は容易く、差ほど時間は掛からない。

顔を洗って意識を覚醒させると、肩に僅かに掛かる髪を整えて、制服に着替える。

時計を見れば七時半を過ぎており、登校時間まですでに一時間を切っていた。

それを確認すると机の横に置いてある鞄を持って勢い良くドアを開けて、あかねは部屋を後にする。


「随分と遅いお目覚めだな」

「…朝は苦手なの」


部屋から出たと同時に、ジョエルが声を掛けてきた。

昨日最後に見た時と変わらぬ姿をしていた。


「不規則な君にしてみれば、存外早い時間かも知れないが。とりあえず、おはよう」

「……おはよう。そして爽やかな朝が台無しになりそうな一言をありがとう」

「爽やかな朝…ね。私からしてみれば、朝など忌々しい時間だと思うがね」


意図が掴めない皮肉と嫌みを合わせて言うジョエルに思わず怪訝な表情を浮かべるが、朝から何か口にする気にはなれず歩き出す。


「行くのか?」

「食堂に行ってからね。軽くつまみたいし」

「それなら結祈がいるな。砂糖の量が少なすぎると伝えてくれ」

「自分で言えば?」


あまりに稚拙な言伝に呆れを交えて言葉を返せば、ジョエルは鼻で笑った。


「生憎、まだ起きる時間ではないのでな。加えて結祈は、ああ見えて私の話に聞く耳を持たない。お嬢さんから言った方が有効だ」


ジョエルは挑発的な笑みを浮かべる。


「つまり面倒なのね」

「どう取るかは君の自由だ。ちなみに現在の時刻は七時四七分。朔姫はとうに館を出ている。ではな、お嬢さん」


言いたい事だけ言うと、ジョエルは自室に戻りドアを閉めた。

嵐が過ぎたかのように静寂が訪れた廊下で、やはり勝手な奴だと内心毒づいて、あかねは階段を降りていった。



「おはようございます。あかね」


食堂のドアを開けると、結祈が笑顔で出迎える。


「おはよう!結祈」


笑顔で応えると、あかねは近くにある席に座る。


「なかなか来られないので、部屋にお伺いしようと思っていたところでした」

「ごめん。なかなか起きれなくて」

「朝食の支度は出来ています」


時間がないことを察しているのか、素早い手付きで朝食をあかねの前に置く。


「わぁ!ありがと!いただきまーす!」


トーストに目玉焼きにウィンナーにサラダとミニトマト。そして苺と林檎のフルーツ。

朝食にしては豪勢だと思いながら食べ始める。


――美味しい。私より上手かも。


あかねはそう思いながら、トーストに塩をかけた目玉焼きを乗せて口に運ぶ。


「ミルクティーも用意してますが」

「あー……時間無いからいいよ」


現在の時刻は午前七時五十五分。

徒歩で十五分のところにある学校に遅刻しないで行くには、非常に際どい時間帯であった。


「あ!さっきジョエルに会ったんだけど」

「ジョエルにですか?」

「うん。なんか結祈に“砂糖の量が少なすぎる”って言ってくれとか」

「ああ……またですか」


言伝を伝えると、結祈は誰が見ても分かるほど呆れていた。

それを横目に、トーストと目玉焼きを水で流し込んで食べる終わると素早く席を立つ。

そしてウィンナーを一本食べて、更に苺を口の中に入れられる分だけ入れて、林檎を一つ持ち、鞄を手に取る。


「ふぁあ、ゆひぃ!」

「はい。いってらっしゃいませ」


結祈の言葉を最後まで聞かずに、あかねは勢い良く出て行く。

それからすぐ、彼女と入れ替わるようにアーネストが食堂へと現れる。


「やぁ。おはよう」

「おはようございます。ミルクティーを用意致しますね」

「ありがとう」


結祈から一番近い席に座ると、何やら愉しげに話し始めた。


「さっき廊下で面白いものを見たんだ。物凄い勢いで駆け出していくあかね嬢。声を掛けたけど、残念ながら気付いて貰えなかったよ」

「仕方ありません。この時間帯だと、遅刻の可能性が高いですからね」


時計を見れば八時五分。

そろそろ大人達が起きてくる時間だと、会話を交わしながら結祈はふと思う。


「学生とは大変なものだね。ちなみに頬が膨らんでいた。まるでハムスターみたいだ」

「苺を四粒も入れてましたからね。自分も驚きました」


感嘆しながら言う結祈に、アーネストはただ愉しげに頷く。


「そして片手には兎型のリンゴか。彼女は意外と、食い意地張ってるのかも知れないね」


そんな会話が繰り広げられている事など、あかねは知る由もない。

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