随分と悪趣味だね

「金縁?まさか」


そう呟いて、アーネストが何か考えるように厳しい表情を浮かべる。

その様子が気になり、彼の顔を覗き込む。


「アーネストさん?」

「あかね嬢。署名する時、彼に何か言われた?」

「え、別に何も……ただの入居の誓約書だって」


初めて見る真剣な眼差しに、あかねは戸惑いながらも正直に答えた。


「はぁ……やはりそうか」

「あ、あの……」


何か思いつめたようにも見えて、あかねは声を掛けようとするが、その前にアーネストはジョエルに声を掛ける。


「随分と悪趣味だね」

「お前が言えることか」


変わらず真剣な面持ちのアーネストに、ジョエルはおどけた口調とわざとらしい仕種では言葉を返す。


「……彼女にそんな重荷を?」

「クックッ……」


重荷という言葉にジョエルを見る。

あかねの視線を受けると、彼は喉を鳴らして笑った。


「そうだ。彼女には、このオルディネの新しいリーデルになってもらう」

「え……」

「リーデルだって……!?」



朔姫と陸人から驚愕の声が上がる。

その反応にあかねは驚くよりも戸惑って、周囲を見遣る。


――リーデル?何それ。

初めて耳にしたその単語。

それが何を意味するのか、当然分かるはずもなく、ただ困惑するほかなかった。

助けを求めるように、自分の隣に座るアーネストを見つめるが、彼は微かに眉根を寄せながらジョエルを見ていた。


「どういう事よ」


あくまで冷静さを欠かないように努めているギネヴィアでさえも、非難に近い声を上げる。


「聞こえなかったのか?そこに座っている娘が、リーデルだと言ったんだ」


そう言い切って、ジョエルはあかねに目配せをする。

一方あかねは、周囲の反応と言葉の意味を未だ理解出来ておらず、困惑の色を隠せないまま押し黙っていた。


「聞いてたわよ。アタシが聞いてるのは理由よ」


ついにギネヴィアは立ち上がって抗議する。

理不尽な命令よりも、それを下したジョエルの真意を知りたい様子だった。


「理由?単純な話だ。彼女は純血の、その中でも格上の桜空の姫君だ。そんな彼女をリーデルに置けば、たとえ無知で愚かな小娘とて、オルディネは安泰となる」


あくまで自分の欲望を満たすためという理由に、ギネヴィアは絶句する。

そしてその顔色は次第に怒りが帯び始めた。


「何よそれ……そんなのアンタのワガママじゃない」

「我儘?何を言うかと思えば、勘違いも甚だしい。彼女をリーデルに置けば、君達の安全もより保証されると言うのものだ。一石二鳥だろう」

「最ッ低!自分さえ良ければそれでいいわけ!?あかねちゃんだって、納得しないわよ!」

「自分さえ良ければいいという事は否定はしないが、お嬢さんなら納得しているぞ」


ジョエルは手に持っていた纏めた書状を広げ、見せつけるように掲げる。

それは先程、署名をした誓約書であった。


「見た事がある者は分かるだろう。これはリーデル専用の誓約書。無論、この通り署名も得ている」


署名の部分を指差され、視線がそこに集まる。

そこには確かに桜空あかねと書かれていて、誰が見ても認めざるおえなかった。


「よって彼女は、我等がオルディネのリーデルになったことを了承しているという事だ」


息を呑む音が聞こえた。

全てを撥ねつけられたかのように、告げられた事実。

仕組まれたこの状況に、あかねは困惑するほかなかった。

そして何より、この場にいる自分以外の者には、どう受け取られたのだろうか。

見れば愕然とした表情や明らかに不可解な面持ちをしている。

そのどれもが歓迎とは程遠いものであると言わざるおえなかった。


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