確かに否定はしませんが

某所 二階廊下




淡々とした装飾が、一定の距離で飾られた廊下。それは一種の豪邸を思わせる。

窓から眩い光が射し込む昼下がりのはずだが、この空間は何故だか妙に重苦しい。


「ギネヴィアさん、陸人さん。遅いです」


後ろを歩く男女に厳しく声を掛けたのは、金に近い色素の薄い茶髪を一つに束ねた美しい少女――山川朔姫(ヤマカワ サクキ)

対して、彼女の後ろを癖のある金髪の靡かせながら歩く美女――ギネヴィアは、軽く溜め息を吐いて口を開いた。


「いいじゃないの。若い頃からそんなに真面目だとつまらないわよ?朔姫ちゃん」

「真面目とか関係ないと思いますが……ジョエルさんが指定した時間は過ぎてるんです」


ギネヴィアの言い分に難色を示し、淡々と意見を述べる朔姫。

腕に付けている腕時計を見る姿に、彼女の真面目さと細かさが垣間見える。


「と言ってもねぇ……ジョエルはもういないと思うわよ。それより可愛い制服ね、朔姫ちゃん」

「ありがとうございます。でもとりあえず行かないと」

「そうだねー。ああ見えて約束破りの常習犯だし。今日入学説明会だったっけ?似合ってるよー」


朔姫の言葉に動じず、彼女の様子に半ば呆れながらもギネヴィアは宥める。

それに便乗するように、少年のような面持ち青年――菊地陸人(キクチ リクト)は、笑顔で言い放った。


「確かに否定はしませんが」


二人が言う通り、自分達に召集を掛けた男は、もう待ち合わせした場所にはいないだろう。

何故なら、彼が召集を掛け、待ち合わせした場所に居合わせた事は、今まで一度もないのだ。

指定時間前に行っても同じ事だった。

問い詰めても、良い意味でも悪い意味でも、うまくはぐらかされてしまう。

批判したいところだが、男は上司でもあり、まだ未成年である自分の保護者でもある。

どんなにいい加減でも、異能者であ自身分の尊厳を、善意であれ悪意であれ守ってくれている存在である。

二人の言い分も最もだが、朔姫にしてみれば、それはそれで複雑なのである。


「しかも今始まった事じゃないから、相当重傷だわ」


ギネヴィアの言葉に朔姫は溜め息を落とす。


「不思議よねぇ。あんないい加減な男が、このオルディネのトップなんて」

「ジョエルはリーデルじゃないよ」

「あらそうだったの?」

「ボクはそう聞いたけど……」


次第に朔姫の頭上で口論が生じる。

あの上司の事の多くは知らない。

身元はおろか素顔さえ見た事ないような。

しかしそれは自分に限った事でなく、このチームに所属している者達、全員に言える事だろうと朔姫は思った。

名前以外は一切謎に包まれている。

一見、神秘的な存在とも取れるが恐らくそれは間違いである。

知りたいという意欲はない。

むしろ知らない方が身のためではないかと、思う自分がいるのである。


「実際どうなのかしらね。あの男、自分の事は一切語らないから」

「……ジョエルさんはリーデルじゃないです。正式には補佐。今は代理」


以前、誰かがそう言っていた事を思い出し、朔姫はそう口にする。


「オルディネのリーデルは、長い間空席ですから」

「へぇ、そうだったの。補佐ってことは監視役みたいなものね」


少し違うような気がするが。と思った朔姫だが、訂正するのも面倒に思え、口を閉ざした。


「そもそもだけど、オルディネのリーデルは何で空席なワケ?」

「さぁ?詳しい事は知らないっと。あ、この部屋だったっけ?」


廊下をしばらく歩いていた三人の足は、ある扉の前で止まった。

同じような装飾が施されているせいか、確信を得られず、扉を開けるのを惑う陸人。

そんな様子を見て、ギネヴィアは近辺にある扉と目の前にある扉を見比べる。


「ここで合ってるわ。他の扉より大きいから」


ギネヴィアの言葉を聞いて、陸人は扉を開ける。

約束した本人はいないであろうと確信していた彼らであったが、それ以外の事を予想していなかった。


「えー」

「あら」

「……」


扉を開け、現れた空間。

日差しが厚いカーテンにより遮られ、部屋の明りは限られている所為か廊下よりも暗く夜の闇を思わせる。

そんな中でも目が行くのは、左右両端に存在する本棚であり、貴重なものから、どうでもいいものなど様々な種類の本が棚に並べられている。

また床には多数の書類が散らばっており、部屋の主は足場すら、考えていないのではと思わせるほどだった。


「やぁ、こんにちは」


そんな部屋の中心にて、机に腰掛けて軽やかに手を振りながら、自分達を迎える青年の姿があった。


「やぁ、待っていたよ」

「アーネストさん」


アーネストと呼ばれた青年――――アーネスト・ウィンコットは、読んでいた本を片手で閉じて立ち上がると、右目に僅かに掛かる栗毛色の髪が揺れる。


「久しぶりだね、朔姫ちゃん」

「五日ほど前に会ったばかりですが」

「おや、そうだったかな?」


無表情で淡々と話す朔姫と、笑みを浮かべたままのアーネスト。

二人が会話をしているとは思えないほど、その表情には温度差がある。


「ジョエルさんは?」

「彼なら出掛けて行ったよ」

「何でアンタがここにいるのよ。不法侵入じゃない」


アーネストがいた事が気に食わなかったのか、苛立ちを隠さずに辛辣な態度を示すギネヴィア。

ジョエルの友人で、かつ出入りを許可されているから、不法侵入ではない。と密かに思うがも、成り行きを見守る朔姫。


「不法侵入とは酷い言われようだ。ジョエルに許可は取ってあるから、ここにいていいはずだけれど。それに、あまり拒絶ばかりされると逆に期待してしまうよ」

「ハァ!?」


今にも逆上しそうなギネヴィアの勢いに、おどけながら両手を前に出すアーネスト。


「冗談だよ。私がここにいる理由はある。彼に頼まれていた依頼の報告さ」

「依頼ってなーに?」


今まで口を挟まなかった陸人が、口を開く。

依頼の内容が気になるのかと思うのと同時に、朔姫は不思議にも思った。

ジョエルは異能者達の中でも、人脈も幅広く力もある。

なのに一介の……しかも無所属の目の前にいるこの男に、依頼をするのだろうか。

依頼内容も気にならないわけではないが、朔姫にとっては、何故アーネストに依頼するのかが気になっていた。

そんな彼女の思惑を余所に、アーネストは変わらない笑みを浮かべている。


「陸人は知りたがりだね。けれど今回は個人情報でもあるし、あまり詳しく言えないかな」

「えー。一つくらい教えてよ」

「一つか……じゃあ、新しくこのチームに入ってくる女の子の事とか、ね」


陸人は口元に笑みを浮かべる。


「へぇ?アーネストも知ってたんだ」

「一応ね」

「どういう子か分かりますか?私と同い年と話を聞いたので、少し気になって」


自身が知るのはギネヴィアから聞いた情報だけで、情報が少ない。

所属だけなら新しい仲間と言う程度の認識で済むが、同年の少女となれば普段から平静を忘れない朔姫とて気になってくるものである。

そんな彼女の心情を察したかのように、アーネストは自分の知る情報を話し始める。


「直接見たわけではないけれど、とても可愛らしい子だと思うよ。それとジョエル曰く、素直な子だとか」

「そうですか……」

「だから心配ないよ。良い仲間になれるさ」

「そう言って頂けて少し安心です。ありがとうございます」



過去の経験の所為か、朔姫は同年の少年少女が正直苦手であった。

けれどいつ来るか分からない、ましてやまだ会ってもいない人を勝手に決めつけるのは時期尚早とも言える。

もしかしたら、新しく仲間になる同年の異能者に淡い期待を込めてもいいのかも知れない。

そう思えば、朔姫の心は幾分か軽くなる。


「さて。話に区切りがついたところで、外出中のジョエルから伝言があるんだけど」

「伝言?」


聞き返せば、アーネストは笑顔で頷く。


「――私が留守の間、暇そうなら書類の整理なり作成なり、何でも押し付けてやれ――ってね」

「随分勝手ねぇ」

「勝手どころか、自分の仕事を押し付ける自己中心最低野郎じゃんそれ」

「……私ですら気が重い」


伝言を伝えた途端、三人はそれぞれ思うままに率直な感想を述べた。

その様子が可笑しかったのか、アーネストは腹を抱えて笑った。


「くくっ……あははははっ!ここまで率直な意見が聞けるなんて、思わなかったよ。確かに君達の気持ちは分かるけどね」


どこまでも自分主義な旧友だとアーネストは密かに思う。

そしてそれが彼らしいと。


「それで、ジョエルさんはどこに出掛けたんですか?」

「さて、場所までは聞いていないけれど……確か、例の女の子に会うと言っていたかな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る