全てを断つような声が聞こえた


それからも、会話に花が咲き続けた頃。


「お、もうこんな時間。そろそろ行くか」

「そうだね」


時間を見れば幾分か時は過ぎており、荷物を持って立ち上がる。

忘れ物がないか確認して出口に向かうと、自分と差ほど変わらない年頃であろう女子達とすれ違う。


「ねぇ知ってるー?隣のクラスにいた鈴木さん」

「誰だっけ?」

「ほらあの地味な子」

「あぁ、確かいつも端っこにいる?」

「そうそう!あの子、噂で聞いたけど異能者らしいよ!」

「え、まじ!?うちの学校にいたんだ。ビックリ」

「だよねぇ!つか、異能者とか気持ち悪いんだけど」

「気持ち悪いっていうより怖くない?何してくるか分からないし。同じクラスにならなきゃいいけど」

「言えてるぅ!キャハハ!」


異能者。

彼らは昔から存在したらしいが、その呼び名が誕生したのはほんの少し前であり、世間一般で言う超能力者とも言える。

迫害の対象でもあった以前に比べ、近年はその存在が公になり受け入れられつつあるが、未だにその存在を侮蔑し、批判する者達は少なくなかった。


「……ああいうの、良くないよな」


話を聞いていたのだろう。

前を歩いてる昶の表情は見えないが、声色からして少なからず不満があるように聞こえた。


「ソイツが聞いてたらとか、自分がその立場になったらどう思うとか考えないのかよ」

「……」


振り返った昶の表情はどこか悔しそうで、自分が言われたわけではないのに、傷付いているようにも見えた。

彼もかつて、誰かにそんな風に言われた事があったのだろうか。

あかねは再度、昶を見遣る。

明るい茶髪に平均的な身長。

顔も騒がれるほどでないにしろ、悪くもない。

性格も知った限りでは、馴染みやすい性格をしている。

どこを取ってもああして陰口を言われる要素などないと、あかねは感じた。


「ありがとうございました」


店員の声を背に聞いて、店を出た二人は人通りの少ない道を歩いていた。


「色々話せて楽しかったな!」

「……そうだね」

「学校始まったらまた寄り道しようぜ!……ってまだ同じクラスになれるか分かんねーけど」



先程の暗い表情は嘘のように見られないが、

クラス発表がある入学式は数日後だ。

だが、それは果たして関係あることだろうか。



「同じクラスになれなくても、寄り道は出来るよ」

「だな!」


楽しげな様子の昶に、あかねはほっとしたように笑みを浮かべる。


「もう友達だからね。クラスは関係ないよ。さっきみたいに誰かに何か言われても、気にせず遊ぼう」


きっぱり言うと、何故か昶は目を丸くして唖然としていた。


「あかねってさ……何か格好いいよな」

「何が?」

「まぁ色々と。そう言えば、あかねは彼氏とどこで待ち合わせしてんの?」

「だから彼氏じゃないって」

「でも男と会うんだろ?」

「うん。調停局で待ち合わせ」


昶は大きく目を見開いた。


「まじ!うちのねーちゃんいるとこ!ってか彼氏エリートじゃん!」

「いやホント彼氏じゃない。お姉さんどこの部署?」

「なんかトラブル解決のとこ」

「そんなのいっぱいあるんだけど。異能対策とか?」

「んーなんだったかな」


歩きながら昶の言葉を待っていた矢先――。



「失礼、お嬢さん」


――全てを断つような声が聞こえた。


振り返れば、そこには黒いスーツにサングラスを掛けた長身の黒髪の男がいた。

見た目は二十代、いや三十路ぐらいだろうか。

全身黒一色という明らかに怪しい男に、思わずあかねは訝しい表情を露わにする。


――黒髪に黒スーツに黒いサングラス。

――顔もよく見えない。誰?


振り返ったはいいものの、声を掛けられたのは果たして自分だろうか。


「私ですか?」

「ああ。君だ」


男は肯定すると、這い寄るようにあかねに近付いて来る。


「知り合い?」


訝しげに近付いてくる男を見ながら、耳打ちをする昶に、あかねは首を横に振る。

あんな知り合いに覚えはない。初対面だ。


「勧誘なら間に合ってます」

「随分な言われようだな。私の事を覚えていないのか」

「…初対面では?」

「そうか。それは残念だ。君とは以前会っていたのだがね」


――以前?どういう事?


疑問が増す言葉に、あかねは必死に記憶を巡らせる。

しかし生憎のこと、知り合いにこの様な不審な人物はいない。見当がつかなかった。


「……………」

「非常に残念だ」


言葉とは裏腹に、口元に笑みを浮かべながら言う男。落胆している様子は見られない。


「とは言え昔のことだ。忘れていても道理。ヨシもその方が都合がいいだろう」

「え…」


不意に呟かれた母の名前に、驚いて声を漏らせば、男は鼻で笑う。

その姿はとても腹立たしいが、その気持ちを抑え、あかねは口を開いた。


「母さんの知り合い?」

「知り合いね。まぁ強ち間違ってもないが、どちらかと言えば腐れ縁だな」


――何その言い方。紛らわしい。

――胡散臭い。変質者だ。


「あなた誰?」

「誰だと思う?」


質問を質問で返す男に、苛立ちを隠せない。


「答えたくないなら結構です。さよなら」

「…君がどう思おうが自由だが、私は怪しい者ではない」


警戒を解く為に言っているのか、或いは油断させる為に言っているのか分からない。

変わらず訝しむあかねの事など気にも留めず、男は一気に間を詰めて近寄った。


「!」


突然の事で身構えることも出来ないまま、あかねは驚きと戸惑いを露わにする。

男は構わず一歩踏み出し、サングラスを外す。

晒け出された男の素顔を見て、あかねは僅かに目を見張る。

射抜くようにこちらを見る暗く深い紫の瞳。

思わず見とれてしまうほど整った顔立ち。

衝撃にも似た感覚。そしてそれ以上に、その男に対する既視感。


――なにこの感覚。知らないはずなのに。

――でもどこか。


あかねは逸らすこともできず、男をただ見つめる。


「……ジ…………エ……ル…………ッ!」

「………………」


不意に口から溢れた言葉に、あかねは思わず口を抑え、後退りながら慌てて男から離れる。

それによりバランスを崩し掛けるが、それに気付いた昶が後ろから支える。


「大丈夫か!?」

「う、うん」


口を手で軽く抑えたまま、あかねは返事をする。


――なに今の……口が勝手に。


自分の思考とは全く別の、何かに動かされたような。


「ふむ……この程度か。10年も経てば、何かしら変化があると思っていたのだが」


あかねの反応を見て、何か思案しながら呟く男。

既に男の素顔はサングラスによって再び隠されており、先程の事が一瞬の出来事であると知ると同時に、男に対して未だ残る既視感に、あかねは戸惑うしかなかった。


「あなた一体……」

「言ったはずだが?怪しい者ではないと。尤も、君にだけかも知れないが」


――私だけ?さっきから何言ってるの?

あかねは疑いの眼差しを男に向ける。

男はその様子を見つめると、静かに口を開いた。


「……異質に疑心を孕む。どうやら君は、自分もまた異質な存在であるという自覚が、足りていないように見える。どの異質よりも、穢れなき麗しい華であるというのに」

「!?」


変化は激変だった。

今まで何とか保ってきた仮初めの冷静さが剥がれ落ち、あかねの瞳が大きく見開く。

誰が見ても動揺している事が分かるほどに。


「な、に言って……」

「言っただろう。会った事があると。私は君を知っているよ。桜空あかね」



その瞬間、あかねは息を呑む。

名前だけならば、抱くのは気味悪さだけだっただろう。

だが目の前の男は、一握りの者達の中だけで守られていた秘密を言葉にしたのだ。

何故知っているのかと問い詰めたところで、同じ言葉が返ってくるだけだろう。

男が母や自分を知っていると言うのは、事実と言わざる負えない。


「フッ。少しは信用してくれたようだな」

「…まさか」

「ほう」

「当然だわ。だってまだ、あなたの事を何も知らない」

「!」


睨みつけるながら答えれば、何故か男は小さく息を呑んだ。

そして何か納得したように、口元に笑みを浮かべる。


「なるほど。見込みはあるらしい」

「?」


意味が分からず首を傾げると、男は開いた距離をなくそうと、あかねに手を伸ばし触れようとする。


「やめろ。それ以上は近付くな」


伸ばされた手が、不意に止まる。

それと同時にあかねを庇うように前に出る昶。


「部外者は黙っててもらいたい……ん?」


まるで邪魔だと言わんばかりの視線を向けながら、男はサングラス越しに昶を見る。

すると何か気が付いたのか、思い出したかのように再び口を開いた。


「なるほど……見た事ある顔だと思ったが」

「…なんだよ」

「君もお嬢さんと同様に、非常に稀有で異質だということだ」

「え」


その言葉に、あかねの中にある事が浮かび上がる。

――まさか昶も…。


「っ……だから何だよ」

「別に。これといって言うことも無いが。ただそうだな……不条理にも虐げられた挙句、自分を抑圧して生きていくのは、さぞ大変だろうなと思ったまでだ」

「!!」


その言葉に、昶は表情は途端に怯み、警戒から瞬く間に驚愕と恐怖へと変わった。


「昶?」

「オレは……違う…ッ」

「違う?そう思っているのは自分だけだろう」


何かを否定している昶を嘲笑うかのように、男は突き刺すような言葉を吐き捨てた後、未だ警戒を含んだ瞳で見るあかねに対して、不遜に笑う。


「今日は様子を見に来ただけだからな。また日を改めるとしよう」

「結構よ。話すことなんて何も無いもの」

「君に無くとも私にはある。ではまたな、お嬢さん」

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