第104話:焦るギンコ

「ふぁぁぁ……」


 上半身を起こした後に大きなアクビをして目をこする。

 今日はやけにグッスリ寝られた気がする。体調もいいし気分よく起きられそうだ。

 すぐにベッドから降りようとした時、隣で寝ているギンコの存在に気付いた。


「…………あ」


 そうだった……思い出した……

 昨日はギンコに襲われそうになったんだった。そんで助けを求めたらマナが現れて、急に眠くなったんだよな。

 あれは一体なんだったんだろうか。


 もしかしてマナの能力か何かか?

 マナは精霊で人間とは違う。そういった特殊な能力を持っていたとして不思議じゃない。

 ということは、マナの加護ってのは催眠術みたいなタイプなんだろうか。よく思い出してみると、眠くなる直前にいい香りが漂ってきた気がする。

 ひょっとしてフェロモンか何かを周囲にまき散らすみたいな感じか?

 それに催眠作用でもあるんだろうか。


 そういえばそっち方面の魔法は試したこと無かったな。今度試してみようかな。

 まぁいいや。今はギンコを起こそう。


「ギンコ。起きてくれ。朝だぞ」

「…………う~ん」


 ギンコはゆっくりと動いて上半身を起こした。

 眠そうな表情のまま小さくアクビした後に周囲を見回す。


「おはよう……ごじゃいます……」

「ギンコは大丈夫なのか? 昨日はすぐに寝ちゃったけど」

「ふぁい? 昨日……?」


 まだ眠気が抜けきってないのか、ギンコはボーッっとしたまま俺を見つめていた。

 しばらくそうしていると、ギンコの目が徐々に開いていき、顔も赤くなっていった。

 昨日の出来事を思い出したんだろう。


「……ッ! あ……あ……ま、また……やっちゃいました……」

「思い出したか」

「あううううぅぅぅぅぅぅぅ…………」


 恥ずかしさのあまりか布団の中に潜り込むギンコ。

 しかし尻尾が見えていて隠れきっていない。『頭隠して尻隠さず』ではなく、『頭隠して尻尾隠さず』状態だ。


「ギンコ出てきてくれ。別に怒ってるわけじゃないから」

「うううぅぅぅ…………でもぉ…………」

「とりあえず落ち着け。俺は無事だし、大丈夫だったんだから気にしなくてもいいから。な?」

「…………はい」


 ギンコは布団の中からゆっくりと抜け出し、気まずそうな表情で見つめてきた。


「落ち着いたか?」

「はい…………その……ごめんなさい……」

「気にしてないって。これくらいで嫌いになったりしないから安心してくれ」

「…………」


 昨日の発情期は突然訪れるみたいだし、ギンコも制御できないみたいだしな。こればかりは獣人特有の性質みたいなもので仕方ないと思っている。

 とはいえギンコ本人はかなり気にしているみたいだ。なるべく支えてあげてフォローしていきたい。


「気にしてないって……本当ですか……?」

「ああ。あれくらいで怒ったりしないから。安心しろって」

「そっちではなく……私との……その……」

「?」


 何のことだろう。他に何かあったっけ。


「その……私と……キ、キスしたことですよ……」

「そ、そっち? まぁあれくらいなら別に……」

「むぅ……」


 あれ。急に不機嫌になったぞ。


「ど、どうしたんだよ急に」

「だって……私とキスするのって、そんなにどうでもいいことなんですか?」

「そういうことじゃないけど……」

「私……初めてだったんですよ……? 昨日で2回目ですけど……」


 そういうことか。

 不本意だったとはいえ、ギンコにとってはファーストキスだったもんな。その相手が俺だったからやけに気にしていたのか。


「でもあれはノーカウントというか、無かったことにした方がいいんじゃないか? ギンコだって自分の意志でやったわけじゃないんだろ? ならあれは忘れた方がいいって」

「そんなこと……無いです……」

「え?」

「あれは……私が……したかったから……したんです……」

「………………そ、そうなのか」


 てっきり発情期は暴走状態みたいな感じになるものだと思っていたんだけどな。もしかして全部ギンコの意志が強く出ただけなのか?

 よく分からなくなってきた……


「私のこと……好きって言ったのは本当ですか?」

「あ、ああ。もちんろんだよ。嫌いなわけないじゃないか」

「! 私も好きです! 私だってご主人様のことが好きです! こんな私のことを助けてくれて、お母さんと合わせてくれて、優しくしてくれたご主人様のことが一番好きなんです!」

「ギンコ……」


 俺のことをそこまで思ってくれていたのか……


「俺だってギンコのことは好きだよ。じゃなけれりゃ今も一緒の家で生活したりしないさ」

「!! それじゃあ…………問題無いですよね?」

「何をだ?」

「昨日の続きというか……その……交尾してもいいですよね?」

「は!?」


 ギンコがゆっくりとにじり寄ってくる。


「ま、待って! そういうことしたいって意味じゃない!」

「ご主人様になら何をされてもいいです! 昨日みたいに私から無理やりしませんから! 好きにしてもいいですから!」

「だからそういうことじゃなくて! 落ち着いてくれ!」

「何でダメなんですか!? 私だと不満なんですか!?」

「そうじゃない! ギンコにはまだ早い!」

「もしかして……私が子供だからしてくれないんですか……?」


 ぶっちゃけこれが一番の理由だ。

 ギンコの里では10歳になると、試練とやらで里から追い出されるからな。ということは今のギンコは10歳ということになる。

 10歳といったらまだ小学生の年齢じゃないか。いくらなんでも小学生相手に欲情するのはマズいだろう。


 俺だって男だ。性欲ぐらいは普通にある。

 だからと言って小学生に手を出すほどアホじゃない。さすがにそれぐらいの理性は働く。


「とにかく落ち着いてくれ。ギンコはまだ子供なんだからそういうことはまだ早い」

「で、でも! 私は頑丈ですから少し痛くても我慢できます!」

「そういうことじゃなくて。別にそういう目的でギンコを買ったわけじゃないんだし。そんなに焦らなくてもいいから。無理してやる必要は無いよ」

「でもぉ……」

「好きになってくれたのは嬉しいけど、だからと言って無理にやる必要もないだろ? まだ若いんだから時間はいくらでもあるさ。ギンコを嫌ったりしないから。焦ることはないよ」

「…………」


 ギンコは妹や娘みたいな感覚なんだよな。だから今はギンコをそういう対象としては見れない。

 せめてあと5年ぐらい成長していたらあのまま受け入れていたかもしれない。


 というか10歳児相手に子作りなんてしたらヴィオレットやフレイヤに何言われるかわかったもんじゃない。

 万が一妊娠なんてさせてみろ。2人から口を聞いてくれなくなるどころか縁を切られるに決まってる。

 さすがにそれだけは避けたい。


「落ち着いたか? また発情期になったら昨日みたいにマナに止めて貰えばいいさ。だからそんなに悩まなくていい」

「………………」

「とりあえず腹減っただろ? 朝食にしよう。ギンコが好きな肉を料理してやるからさ。元気出せって」

「…………」

「じゃあ俺はすぐに支度するから。先に行ってるよ」


 俺はベッドから抜け出しドアへと向かう。

 そのまま部屋から出ようとした時……


「早く………………大人になりたいよぅ…………」


 そんな呟きが聞こえた気がした。

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異世界に行ったけど、地球の物が手に入るのでスローライフを目指す! 功刀 @kunugi_0

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