025:『偽物』
自分が自分である為に果たして何をすれば良いのだろうか。自分が自分であり続ける為に自分は何をしなくてはいけないのだろうか。
自分とは、やはり自分であって、自分以外の何者でもないのだ。
美月は美月だけであり、景は景だけなのだし、己己己己だって、九十九だって、自分でしかなく、他の何者にも介入の余地を与えない程、確固として自分なのだ。
しかし、自分の事を自分よりも知っている人物が現れた場合はどうなってしまうのだろうか。LINEやTwitter--今はXか--なんかのアカウントを乗っ取られる様に、人、神もまた、乗っ取られてしまうのだろうか。自分という存在を偽られてしまうのであろうか。
もしも仮に、人体、神体を乗っ取る事が出来たとしたら、TwitterやLINEといったネット上のアカウント同様に、人体、神体にIDとパスワードでアクセス出来た場合、もしも自分が乗っ取られてしまった場合、それはもはや自分ではなく、乗っ取った者に権利が移行してしまうのではないだろうか。
そのように権利が移行してしまった場合、もはやそれは偽りですらなくなってしまうだろうか。
もう、その人物、あるいは神物は偽りではなく、偽物ではなく、本人、本物になってしまうのだろうか。そう成り得てしまうのではないのだろうか。
IDとパスワードではないにしろ、その類の何か、アクセス権の様な、そんなものがあったとして、それを手に入れた場合、人体、神体を乗っ取る事も可能になってしまうのだろう。
もしもそんな事が可能なのならば、俺はその点で危ういと言えよう。
もしも、俺、黒峰 灯夜をパーソナルコンピュータに例えるならば、画面上に『あなたのパソコンが脅威にさらされています』といった広告が表示されているに違いない。
まぁ、あのよく見かける広告は、それ自体が脅威であって、危険を知らせる広告自体が危険物の様なものなのだが。
自分のパソコンが、そんな危機に晒されている事にすらなかなか気付けない様に、俺自身も自分の置かれている状況を、危険を、危機を気付けていないだけなのかもしれない。
人体、神体を乗っ取られるという脅威、もしくは驚異に気付いていないだけなのかもしれない。
俺は自分の事を知らない。何故、神になったのか、何故、黒なのか。
もしかしたらば、美月や己己己己の方が俺の事を俺自身よりも知っているのかもしれない。
もしも美月や己己己己が、俺の事を俺以上に知っているのならば、黒峰 灯夜として今生きている、この俺の人格はいったい誰なのだ。
自分が自分でなくなってしまうかもしれない。そんな有り得ない様な事でも、可能性としてゼロではないという事を考えると夜も眠られない。
まぁ俺には夜がないのだが。
何が言いたいのかというと、【自分の知っている自分が自分の全てではない】という事だ。
例えるならば、自分が一番知っていると思っている、思い込んでいる自分の顔や声。
実は、自分の顔というのは自分が一番知らない。自分が一番知らないというのは言い過ぎにしろ、親や兄弟といった、いつも近くにいる者よりも自分という者は自分の顔を知らないのだ。
自分の顔は鏡を見ないと確認出来ない。顔に何かが付いていたり、鼻毛が出ていたり、そのような神経で感じ取りにくい部分というのは、自分よりも一緒に居る誰かの方が知っている。
そもそも、鏡で見る自分も本当は自分ではないのだが。
鏡の中の自分は自分のそっくりさん。
それも、鏡に映る自分というのは、左右反対の自分なのだから。左右反対の自分の顔を本当の自分だとは大口を叩いて言えないだろう。
鏡で見る自分のそっくりさんの事を、人は本当の自分だと勘違いしている。
写真に映る自分に違和感を感じるのも、そんな勘違いをしているから。
本物を偽物だと錯覚してしまっている。
声は声で、自分の耳で聞き取っている声というのは、自分以外の人が聞いている声とは異なるもの、異なるとは言っても全く違うわけではないのだけれども、同じものとも言えないし、同一とは言い難い。
自分の聞いている声は二種あり、一方は耳、もう一方は骨。骨伝導というやつらしい。
二つの音が重なる事により、自分の声は自分以外の人が聞く声とは異る。
それはもう、どちらの声が正しいのか、どちらの声が間違っているのか、その判断は誰にも出来ないだろう。どちらの声も間違っているとも言えるし、どちらの声も正しいとも言えてしまう。
この、顔と声の様に、本当の自分を自分自身が知らない。
もしかしたらば、自分という存在は何処にも無いのかもしれない。あるいは、自分を知る人の数だけ自分は存在するのかもしれない。
自分自身は自分自身である事は揺るがない事実ではあるのだが、自分の知っている自分が、はたして本当の自分なのかは分からない。
ただ一つ、唯一分かる事は、こんな事を考えている自分の考えだけが、心だけは自分のものであるという事だ。
人は、自分の心だけを自分自身だと信用出来る。心だけは自由が利く。
果たして、その体の中で唯一自由が利く心を使って人は、神は一体全体どんな自由を行うのだろうか。どんな悪を行うのだろうか。どんな善を行うのだろうか。
俺、黒峰 灯夜の自由が利く時間というのは昼間だけ。朝日が登り沈むまでの時間、それだけが俺の時間。
違う言い方をするなれば、日が登っている間は自分の体を自分で扱える権利が俺にはあるのだ。この体へのアクセス権があるのだ。
俺は性善説を唱えるのだが、呪文を唱えるのとは違い、口に出して言ったところで善は行えず、今までダラダラと、ただ過ぎ行く毎日を過ごしていただけなのだが。
だから、先にも言った様に俺の行う善的行為は偽善なのだと言えよう。俺は偽善者___なのだろう。
「偽善者ねぇ。別に『偽』自体は悪い事ではないだろうよ」
再度現れた九十九は、体に纏(まと)わり付く様な、纏わり、憑くかの様な、耳に住み着く、住み憑く様な、例の声でそんな事を言った。
俺を庇(かば)っているようにも聞こえてくる台詞ではあったのだが、きっと庇ったというよりは自分の思うところを述べただけ、庇ったのではなく、死神である九十九(つくも) 無接(むつぎ)という人物として、もとい、神物としての意見、考えを述べただけなのであろう。
そして続ける。
「ただ本物ではないだけで、【偽る】【似せる】その行為は本物を敬(うや)っている。尊敬している。認めているのだろうよ。そうなりたい。そうありたいと思っての行為なんだろうよ」
「尊敬?」
「偽物を本物だと偽るのは良くない事だと誰もが知っている。だが、偽物を偽物だと公言しているのであれば、本物に劣らない位な偽物であるのならば、本物に失礼がないだろう。本物を尊敬していなければそこまで出来ないだろう」
「そんなもんか?」
「考古学的に価値がある物などのレプリカ。これを作る事を誰かが怒るか? 作る事で誰かが困るか? 世界にはレプリカとか言いながら偽物が数多く転がっている。これは、偽物を偽物、あるいは偽者と公言し、尚且つ本物に劣らない。ただ、偽物だけに価値がないというだけだ」
そう言った九十九は、鋭利な武器の様な、尖りに尖った革靴のつま先をコンコンと、神社の階段から境内の前まで繋がる石畳に打ち付けながら言った後、『人は』と話しを続けた。
「人は__その本物が良い物、良い者であるから真似るのだろう」
確かに。
言われてみれば、レプリカとか言いながらその本質はただの偽物なのだ。ただ、レプリカというのは誰かを騙す為の偽物ではなく、むしろ誰かの為の偽物であって、偽物を偽物だとしっかり公言している。
偽物もレプリカもただの偽物なのだけれど、偽物を偽物と公言する事によって、悪い物や悪い者ではなく、良い物や良い者になる。
偽物という同じ物、同じ者でも言葉一つ、行動一つで善となったり、悪になったりするのだ。
馬鹿と天才は紙一重という諺(ことわざ)があるが、このように対極関係にある様に思える両者でも、本来は近い存在であり、ほんの少しの違いだけで同じものなのかもしれない。
この様に、人とは少しの歩み寄りによって一つになれるのかもしれない。
人とは皆、兄弟の様な存在なのだろう。ただ、少しの意地を張りお互い譲れない。
まだ世界は仲直り出来ていない兄弟喧嘩、親子喧嘩の最中なのだ。
そう考える事で、不安だった未来が少し楽になった気がした。
真白な黒-神々の忘れた記憶- 黒沢 有貴 @___kuro__20
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