第7話 アチーヴメント

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大紋章アチーヴメント


紋章所持を許された者のなかでもさらに高位の貴族にしか所持を許されない「エスカッシャンのみでない」もの

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「アーオーイー!!なーんでこの書類のサイン抜かしとるんじゃー!」

「オレの一存で決めらんないでしょそんなこと!?」

「儂が許可しとるんじゃ。さっさとサインせんかい!」

「えーめんどい……」


どやすセルクシノイとペンの端をくわえながらぶーたれるアオイ。

普段から仕事中のセルクシノイはカリカリしがちで、仕事中のアオイはグダグダしがちではあるが、今日は特にひどかった。


「今日はなんなんじゃお主。ちょっとばかりひどいのではないか」

「昨日借りた資料読んでたらつい」

「……それは、儂のやつかのう」

「辞書とにらめっこしながら読んでたら空が白んでたんだよ……」

「う、ううむ。そうなると儂もあまり強く言えぬのう……いやそういう話ではないけれども……」


要は仕事の書類読んでたら寝不足です、という話なのだが貸した人間としてはあまり強く出られない、というのも人情。

ぐぬぬ、という書き文字が背景に見えかねない勢いで唇を歪めるセルクシノイ。


「しかし、そんなに首っ引きで読まねばならぬところなんてあったかのう……? そこまで難解な資料は渡しておらんはずじゃが」

大紋章アチーヴメントって複雑すぎでしょ……」

「なんじゃあれか。あれは付帯部アクセサリの説明が9割じゃよ」

「思ったより雑な話だった」

「ふむ、では今日の夕刻にでもまたあの部屋で説明してやろうかのう……とっくりと教え込んでやるからな」


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セルクシノイお気に入りの紅茶の香りが立ち始めると同時に講義が始まる。

彼女の傍らには大きな巻紙が立てかけてあり、今回もがっちりばっちり教え込んでいくぞ、という気迫にみなぎっていた。


「さて、大紋章アチーヴメントというのは紋章の最上級の形である、と思ってもらえばよいじゃろう」

「つまり、貴族の中でも持てるものはごく少数、と」

「左様じゃ。貴族というよりは王族の持つ物といった方が正しいじゃろうがの」

「数自体はそんなにないんだな」

「しかし、それゆえに間違いは一切許されぬぞ。なにせ権力だけなら神にも等しい」


どことなく吐き捨てるように『王族』という単語を口にするセルクシノイ。

やはり相性はよろしくないようだ。


付帯部アクセサリの説明がほぼ全て、なのじゃが……やはり数が多いからの。順々に説明していこう」

「はーい」

「では、参ろう」


ざっ、と音を立てて巨大な紋章の図表を取り出すセルクシノイ。

どちらかといえば小柄な彼女は図表に引きずられているようにも見えたが、とにかくにもそれはあまり大きくないテーブルの粗方を埋め尽くした。


「まずは兜飾クレスト。これは後ほど説明するがヘルムの上部に乗っかる飾り、じゃな」

「そんだけなの?」

「いや、この兜飾クレストというのは一般の紋章とは全く違う要素を持つため説明を初めにしたのじゃ」

「全く違う、とは」

のじゃ。兜飾クレストは家族単位で継承される」

「なんだか、そう言われるとオレの国の……」

「その通り。家紋に近い」


例として、クレストはその一家の人間が事業を始めたような場合でもそのまま使われる場合がある。

兄弟が二人で会社を興したようなときに、紋章をそのまま会社のロゴとして用いようとした場合兄弟それぞれの紋章のどちらを使用するのか、という問題がつきまとう。

これは紋章が「個人でそれぞれ異なる」という基本原則の弊害ともいえる部分であろう。

そういった際にはクレストが大きな意味を発揮する。

家族単位で継承されるクレストが両者共通の旗印として利用できるためである。


「……というわけで、兜飾クレストというものは若干毛色の違う部位ということじゃな」

「じゃあ、次はその兜飾クレストの乗ってるヘルムは?」

「これに関して言うならば紋章所有者の身分の明示じゃな。キング皇太子プリンスならば金の正面向き棒目庇付き兜バーヘルムだとか郷士ジェントルなら鉄灰の横向き目庇を閉じた兜ヴァイザードヘルムなどと分けられておる」

「細かいなぁ……」

「細かく細かく分かれるのが紋章学ヘラルドリというものじゃよ」

「めんどくせ……」

「お主今なんと言った」

「なんにも言ってませーん」

「よろしい。次はクラウンじゃ。これも身分の明示に使われる。ヘルムよりもっと細かい身分が示せるため組み合わせて使用されるな」


しかし、クラウンにも様々な種類があり『身分を示さないもの』もあるのため注意が必要である。

それが『城壁冠ミューラルクラウン』と『海洋冠ネイヴァルクラウン』の二種である。

どちらも名前の通り「城」と「海」に関連する。

そう、人に冠されるものではなく「街」に冠される。


「そういや街の紋章ってのもあるもんな」

「うむ。城壁冠ミューラルクラウンは都市の紋章に、海洋冠ネイヴァルクラウンは港湾都市の紋章に付与されるものじゃ」

「専用のものなんだ……」

「その他にも法皇専用の三層宝冠ティアラーや大主教用の主教冠ミトラ、枢機卿用の枢機卿帽カーディナルハットなどなど……」

「多い多いパンクする」

「む。では次に参ろうか。そうさの、外套マントリングなどどうじゃ。これも必須の付帯部アクセサリじゃぞ」

「ただのマントじゃねーの?」

「鎧の上から羽織るマントを図式化したものではあるがの、騎士のマントというものには使い途がしっかりあって、それも含めての図式化じゃ」

「ただの布だと思うんだけど」

「その通りじゃよ。しかしのう、ただの布でも敵の武器にまとわりつかせたりすれば防具としてしっかり役に立つんじゃぞ。儂はデモンストレーションでしか見たことないのじゃが……」


それゆえ紋章に使われる外套マントリングは一枚布の形ではなくビリビリに破れた状態で配置されていることが多い。

なお、外套マントリングも彩色の原則から外れることはないため――


「王族・貴族の外套マントリングならば表を金属色メタル原色カラーにした上で裏地を毛皮模様ファーにする必要があるぞ」

毛皮模様ファー?」

「これも近いうち説明する必要があるのう。簡単に言えば金属色でもなく原色でもない基本彩色の一種だと思ってもらえば今は良い」

「まだあったのかよ基本彩色ルール」

「これに関しては簡単じゃからどこかでちらりと説明すればよかろう」

「基本とは……」

「次行くぞー。支持物サポーターがよいかのう」

「あ、両側に控えてるライオンとかのやつ?」

「その通り。ただ動物である必要はなく、人物であったり、柱のような無生物であったりもするぞ」


兜飾クレストと同様支持物サポーターも家系によって特定の動物が使用される。

ただ、歴史上ではサクッと変更した主君も何名かいたようで、家系によってはあんまり使い物にならなかったりも……


「君主ってのはいつの時代も身勝手なものであるのう」

「本当だな……」

「さて、残りはさらりと説明してゆくかのう。締冠リース題目モットーで全てかの」

題目モットーはよく見るよな」

「これは大紋章アチーヴメントでない小紋章コートオブアームズでもたまに付いておるの。付いているのを中紋章と呼ぶ地方もあるようじゃが。家訓を書く部分で、書いてある細帯の部分は巻書エスクロールと呼ぶぞ」

締冠リースは?」

ヘルム兜飾クレストを固定するパーツのことじゃな。正直これを説明してもな、というところはあっての……」

「なんでさ」

「さして意味のない付帯部アクセサリなのじゃよ。位階を示すわけでもなし、あってもなくても差はなし……紋章をイラストとして見た際のディテールアップパーツとして存在していると見るべきじゃの」

「言い切ったよこの人」

「紋章院院長ゆえのお言葉じゃぞ」

「雑ー」

「やかましい。……こほん、これにて主要な付帯部アクセサリの説明は終了じゃ。各自、復習をきちんとすること」

「オレしかいないよね!?」

「……」


ちょんちょん、とセルクシノイがアオイの背後を指差す。

そこには、団子状になって授業を『拝聴』している紋章官たちの姿があった。


「お主らは聞かんでもよいことじゃろうに」

「いやー院長の授業聞きたいですよ」「ずるいですよアオイだけ」「俺たちにも受けさせてくださいよ」

「なにを言うとるんじゃこやつらは……」

「多分ただの発作だから気にしないほうが身のためだと思う」


アオイは深く深く諦念のため息をついた。迫る夜闇にため息は溶けつつも、背後のドタバタを見ないふりをするために。


「変態ばっかかよここ……」

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