第6話 カンティングアームズ

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表号紋章カンティングアームズ


紋章の具象図形チャージが本人の家名サーネームに引っ掛けてあるもの。

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「なーなー。前言ってたおっぱいの紋章の話って結局なんだったん?」

「かっ、軽々しくそんな風に呼ぶでない! きちんとした紋章だと言うたであろうが!」

「おっぱいが?」

「ち・ぶ・さ・じゃ! よろしい、今日はその話をしてやろう!」


さすがにしびれを切らしたのか、分厚い紋章学の辞典を引っ張り出してくるセルクシノイ。

猛然とめくり、目的のものを見つけるとすっ、と指で指し示す。


「さて!お主がさっきから連呼しておる紋章はこの家系のものじゃ。ダッジDodge家、じゃの」

「で、それとおっぱいとになんの関係が?」

ダッジdogge、というのはな、古い言葉で『乳房』を表すんじゃよ」

「……それだけ?」

「それだけ、とはなんじゃ。家名にちなんで紋章を作るということは非常に名誉なことなんじゃぞ」


えー、という顔をするアオイを尻目にセルクシノイはさらに言葉を重ねる。


「こういった紋章は特に表号紋章カンティングアームズと呼ぶのじゃ。その他にもいろいろとあるがのー」

「……要はダジャレなのかこれ」

「……それを言われると辛いところではあるがの。たとえばこれなんかどうじゃ?」


そういってセルクシノイはオーア地にセーブル斜帯ベンドアルジャントの穂先を持つオーアの槍、という紋章を指す。


スピア?」

「鋭い。アオイにしては大変に鋭い!!」

「にしては、は余計。どこの家のだよ」

「シェイク家じゃな」

「ダジャレじゃねえか!?」

「それ言われるとちょっと……あとはこういうのもあるかのう」


今度はアルジャントの鐘の描かれた紋章を指す。しかしその鐘は大きくひび割れ、音が鳴らないようになっていた。


「鐘。それも破鐘われがね?」

「音が鳴らぬようにしてあるのう」

「音のない鐘、か……どういう表号紋章カンティングアームズなんだ?」

「音がない。『サン』『ソン』でサンソン家の紋章じゃ」

「やっぱダジャレじゃねえか!!」

表号紋章カンティングアームズなんてそんなもんじゃよ。歴史が下るにつれて、紋章の『個人識別手段』というものの意味が薄れてくると、こういうところでお遊びをするようになる」


ぱたん、と辞典を閉じながらセルクシノイは言葉を連ねる。


ギュールズ地にアルジャントの骨6本、これはコスタ肋骨家のものじゃな。オーア地にアズュールの鉄床、これはアイゼンハウアー金切り人家。アズュール地にアルジャントの宝冠、これがクラウニンシールド盾の中の冠家。様々あるぞ」

「マジでいっぱいあんのな」

「覚えやすいほうがいいじゃろ、なんでも」

「そうかもしれんけども」


セルクシノイは辞典をしまいつつ記憶を漁る。そういうものがポンポンと出てくるあたり、ミットフォード家始まって以来の才女という話もあながち誇張ではないのだろう。

じっとりとした目でアオイはその姿を眺める。


「んでもさー、なんでこの話をしだしたんだ?」

「まぁ、さほどの意味はないのじゃがの。最近お主が興味を持ってくれているのならばあまり基礎的な話だけでは飽きるだろうと考えて、じゃ」

「おお、教育的配慮」

「先生役を務めるのに慣れておらんからの。せめて、な」

「それはそれは、ありがたいことで」

「殊勝な心がけじゃな。それでこそ儂の助手じゃ」


よしよし、とセルクシノイはアオイの頭を撫でる。どう見ても犬を撫でる時のそれである。


「撫でんな撫でんな」

「お主はたまにこうしたくなるのう……」

「犬じゃないんだからさー」

「犬以上じゃよ。さ、仕事の続きへと戻るかのう。あと15件処理すれば終わりじゃよ」

「へいへい……」


なんだか他の紋章官の視線が痛いが、この際無視することとする。


「セ、セルクシノイ様の助手だからと……」「貴様……!」「いつか密かに……」


やっぱりここの紋章官たちはおかしいと思う。

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