第4話 ティンクチャ

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紋章のティンクチャ


ギュールズセーブルアズュールヴァートパーピュア基本色カラー5色

オーアアルジャント金属色メタル2色

これ以外の色彩は原則認められない。ただし自然色プロパーを除く。


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「……うーん、そろそろカンペだけじゃ無理があるかなぁ」

「なーにを見とるんじゃお主は」

「おわぁ!?」

「そんなに驚くことはなかろう。今日は仕事がほとんどないとはいえそんなにがっつりサボタージュするもんではないぞ」


崩すにも崩せない書類の山の隙間から自作のカンペを眺めているアオイを不審そうに覗き込むセルクシノイ。

その山に書類を積み重ねようとしているようだ。


「べ、別にいいだろ?」

「んー、それ自体は別にいいんじゃがな。儂の助手がそんなにのたのたしておるとちょっと部下に示しが付かんでの」

「はーい……」

「で、結局の所何を見とったんじゃ」

「いや、ただの紋章学ヘラルドリのメモ……」

「メモ……じゃと……!!」


信じがたい、といった顔でセルクシノイが書類を取り落とす。


「ど、どういう心境の変化じゃ!? あんなに学ぶ気の薄かったお主が自分で学び始めるなど!?」

「い、いいじゃねえかよ……」

「いーや、これは大きな変化じゃ。それも喜ばしい変化じゃぞ。諸手を挙げて歓迎せねばならん」

「大袈裟な……」

「大袈裟でもなんでもよい。儂はそれが嬉しい!」


嬉しさが漏れ出ているのか、セルクシノイは軽く揉み手をし、アオイをねっとりとねめつける。


「うええ、失敗した……」

「そんなに謙遜せずともよいよい! しかしそんなにメモを取るほどなにかわからん事があるのかのう?」

「いや、この自然色プロパーってのはどう扱えばいいのかなって」


冒頭でもちらりと出てきたが、紋章に使える色というのは基本的に7色である。それ以外は(さらに精確を期すなら黄褐テニー濃紫マレー血赤サングィン橙黄オランジュ消炭サンドレ淡茶ブリュネトレ天青ブルーセレステ薔薇紅ロゼカパーなども使われることがあるが)使用は認められていない。

その「基本」から大きく逸脱するのがこの自然色プロパーである。


「なんじゃそんなことか。自然色プロパーというのはそのまんまの意味じゃよ。それ以外の色で塗ることが考えられん色のことじゃ」

基本色カラー以外で塗れないような色?」

「まさか人の肌色をヴァートで塗ったりはせんじゃろ。それこそバケモノの肌色とかならともかく」

「あーそういう」

「一応人間の肌色は淡桃カーネイションという色の指定があるがの。ま、めったに使われん言葉じゃ」


御年17歳のこの少女、17歳にして紋章院のトップを務めるだけはあり、紋章学ヘラルドリに相当精通している。

いや、精通している、などというレベルではない。歴代の紋章官を務めるミットフォード家の中でも英才だと目されている。

政治的には独立した組織であるゆえに傀儡のそしりを受けることもなく――本人的には受けていたほうが燃えただろうが――日々の業務をこなしている。


基本色カラーと同様の扱いじゃがの。自然色プロパーと指定した場合『基本色の上に基本色カラーオンカラーは違反』の大原則からは外れるぞ」

「んー、てことは花の色なんかも指定できるのか」

「そうじゃな。たまに特殊な色が指定されていることがある」

「本当にいろいろなんだな」

自然色プロパー指定せん場合もあるがな。それは本当にレアケースじゃからそれはもう場合によりけりというところが大きいのう……」

「ややっこしい学問だな紋章学ヘラルドリ……」

「数百年の積み重ねの学問じゃ。数日数ヶ月で習得できるもんではないぞ」

「オレと大差ない歳の癖になんなんだこのドヤ顔……」

「儂を誰だと思うておる。紋章院ヘラルズカレッジの院長じゃぞ? これくらい答えられんでどうする」

「いやそうだけどもさ」


ふふん、と声が聞こえそうなほど胸を張るセルクシノイ。

若干お気に入りのご飯を食べ終えたあとの猫にも見えるのがご愛嬌。


「で、その紋章院長さんはこの書類のサイン全部抜けてるけど何したいのコレ」

「えっうそっ」

「ほれここ」

「わー!? お主はなにも見ておらんからな! なにもなかったからな!!?」

「そういうとこ抜けてるのはなんなんだろうなぁ」


生暖かい目で見つめられていることに気付いたのか、わたわたと書類をまとめ始めるセルクシノイ。

お気に入りの玩具を壊してしまった時の猫にも見えるのがご愛嬌。


「セリーはかわいいなあ」

「ば、馬鹿者ぉ―――――!!!!!」


問題の書類をアオイからひったくり、足音も高らかに執務室へと戻っていくセルクシノイ。

他の紋章官も自らの娘を見るような温かい目で見ていることは気付いているのかいないのか。


「うちの院長、可愛いですよね」

「アオイくん、やはり君は彼女の可愛さを引き出すことかけては随一だな」

「いやあそんなことは」

「これからもその調子で頼むよ」


この紋章官ども大丈夫か、とアオイは心の中でひとりごちた。

多分大丈夫じゃない。

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