第3話 違反紋章

視点は再度グレヴナー家の破壊へ戻る。


「ひとかけも残すんじゃないぞー。貴金属類だけは潰して被申立人に返還しろー」

『うーす』


荒くれたち――正確には紋章院付きの作業員たち――が粛々と作業を済ませていく。

セルクシノイがその様子を見つつ片腕を掲げる。

小柄ながらも姿勢の良いセルクシノイはそのような姿勢を取ると威圧感が出る。


「家屋解体作業のもの以外の作業辞めッ!」

『応!』

「粗方終了したようじゃな。儂の最終確認をもって作業終了とする!暫し待つのじゃぞ!」

『応ッ!』


小柄な体を精一杯誇示するように歩く様は、貴族というよりどことなく小鳥の歩みを思わせる。

(一応)セルクシノイ付きの助手(のようなもの)とされているアオイはその後ろを付き従う。


「終わったんだな?」

「うむ、あとは最後の掃除じゃ」

「長かったなー」

「冗談じゃろ? ……ま、紋章裁判に立会うことがないからのう。近々お主にも裁判立会いさせるか」

「げー勘弁。ヤだよそんなめんどくさいの」

「絶対にお主にやらせてみせるからな」


軽口を叩きながらではあるが的確に物品確認を済ませていく。

ほぼ屑鉄と化した燭台、ひしゃげた印璽シーリングスタンプ、燃えさしのタペストリー、そして今も解体の進む家屋……


「あ、ああ……私の館……」

「グレヴナー殿。まもなく作業は完了する。それまではしばし待たれよ」

「……」

「ご安心召されよ、奥方とご息女の持ち物はきちんと分別してある故傷一つない。また紋章のない物品に関しても同様じゃ」

「き、貴様……」


グレヴナーが佩剣に手をかけようとしても、紋章が彫り込まれた特注品であったためもうすでにただの金属塊に成り果てている。

マントなども剥がされているのでなんとなくみすぼらしい。

どこか痛ましげにセルクシノイは通告を続ける。


「紋章は再度下賜される。今度は儂共が監修するから安心せい」

「……っ、ぐぅ!」

「! 危ねっ!」


抑え込んでいた紋章官を押しのけ、グレヴナーがセルクシノイに殴りかかろうとするも、脇に控えていたアオイの体当たりで横ざまに転ばされる。

再度取り押さえられたグレヴナーは、もはや精根尽き果てたのか、庭園の地面にぐったりと倒れ伏す。


「……グレヴナー殿。今の件については儂の判断で不問とする。それでは、これにて」

「いいのかよセリー」

「セリーと呼ぶでないと何度言わせるんじゃ。儂が不問だと言えば不問なのじゃ。アオイ、戻るぞ。書類が溜まっておる」

「……へいへい」


年若い紋章官、それも女性ともなればナメられるのはわかりきっていたこと、とばかりにどこか憮然とした様子でセルクシノイは裾を整え直す。

アオイもそれに釣られるように制服の埃を払い立ち上がる。


「さて、ようやったのうアオイ。褒めてつかわす」

「……さいですか」

「なんじゃ、不服か?」

「そうじゃないんだけどな。もうちょっと気を付けろよ、姫様」

「姫様、などと呼ぶタマではなかろう。気持ち悪い」

「ひでー。でもあんまり被申立人を煽るのはやめてくれよ。オレのフォローもあんまアテにしないでほしい」

「はいはい。今回は確かに儂が悪かった。ちょっとばかりやりすぎたのう。少し浮かれておったのも事実じゃ」


小柄な体をしょんぼりと丸めるセルクシノイ。体格の小ささも相まって、完全に叱られた子猫のように見える。

ここまでされてさらにお小言を積み重ねる気には少しなれない、というのが人情だろう。


「ま、それならばよし。チキンサンドイッチで妥協しようじゃないか」

「安い男じゃのー。仮にも貴族に対して要求がそれか」

「安くていいだろ? こっちは居候の身なんだ」

「儂の助手じゃから居候ではないんじゃがの……よいよい。書類は明日の昼までに提出のこと。今日はもう帰るぞ」

「あいよ。皆もキリが付いたら上がれよー!酒と謝礼は用意しておくからな!」

「おっ!」「やりぃ!」「さいこーっすアオイさん!!」


歓声を背にゆるゆると帰路につく二人。

どうにも先程のお小言から調子が互いに狂っている。


「……」

「……」

「……さ、さっきは、その……」

「……なんだ?」

「ありがとう、な……」


消え入りそうな声での礼は、舗装のよろしくない路の足音にかき消されて聞こえないほどだったが、アオイの耳にはきちんと届いたようだ。


「……やっぱチキンサンドじゃなくてローストビーフのサンドにしてもらおうかな」

「ち、調子のいいやつじゃのー……」

「げ、聞こえてた」

「聞こえとるわい!貴様というものはいつもいつもすぐ調子に乗るー!!」

「わーセリーがおこったー」

「からかうな!!全くもう貴様は……!」


もともとツンとした目を吊り上げてセルクシノイが怒る。

もう先程の意気消沈がどこへやら。だいぶ気も晴れたようだ。

夕暮れがセルクシノイの髪に反射して紅く輝く。

明日もよく晴れそうだ、などと胸板をぽかぽか叩かれながらアオイは思考を明後日の方向に飛ばしていた。

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