Re:

さくら

そうして僕たちは、再び世界に生まれた


『Re:』





 世界は黒に染まっていた。

 重苦しいほどの雲が空を覆い、辺りは昼とは思えない色をしている。ここが高所で、山の奥の秘境と言われているとしても、このような景色は今まで無いことだった。

 サイセンーーこの小さな村は、地上と隔離されたこの土地に太古から存在した。姿はエルフに近い、しかしそれと違う生き物。サーケルンという種族の土地。稀少性の高い彼らは、昔からここに隠れるようにして暮らしていたのだ。


「ーーアル、ーーアルモニア」


 その聖地が今、黒く染まっている。重苦しい雲が影を落とした地面には、多くののサーケルンが倒れている。ある者は少女、ある者は老人、ある者は青年……。日常をそのまま投げ出して倒れている。

 倒れた者たちがすでに事絶えて居ることはその様子から分かった。苦しんだ様子も、血なまぐさい臭いも無い事が、その場所を異様に見せている。

 その中で顔をあげた青年が居た。柔らかいプラチナブロンドの髪は土にまみれ、ボサボサと乱れている。左側の毛の一部が違う、新緑の色をしているその青年も、またサーケルンだった。


 ノロノロと起き上がった青年は辺りを見回し、そしてボロボロの身なりで起き上がった。自分の目を疑うような光景に恐怖心を覚える。右手の甲に填まった石がビリビリと痛む。どうやら力を使いすぎたようだ。

 その手を庇いながら歩くと、少し行って広場があった。普段は村人の憩いの場である広場。記憶が混濁していなければ、彼は最初ここに居た。寝ていた場所へは何かの力で吹き飛ばされたようだ。その時打ったであろう背中に痛みを感じている。


「……」


 そこには人間も倒れていた。この村の者ではなくて、騎士のような制服を着ている。たくさんの剣や槍が地面に刺さっていた。

 多くの人間たちは、まるで何かに群がるような様子で倒れている。その中心に居るのはーーー青年と同じ色を持った、年端もいかない少女だった。


「おにいちゃん?」


 青年へ振り向いた少女は、現状を理解していないような純粋な瞳を向けていた。春に咲く花のような、薄いピンク色の大きな瞳。


 そして、青年は全てを理解した。






***







 オルデバランはこの国、オースランド帝国の都であり、象徴的な街だった。帝が暮らす城を囲む様に貴族が屋敷を構える貴族街、商店が集まる中心街があり、街門から一番近い地域には下町と呼ばれる庶民の居住区が広がっている。

 下町にも貧困差はあったが、その宿は中間層の地域にあった。縦に広がる三階建ての建物の、一階は主に食堂、その上は二部屋づつの部屋がある。食堂は道に大きく開けた作りで、大きな窓は解放されていた。


「おにいちゃん!」


 食堂の中に元気の良い、高い声が響いた。パタパタと軽い足音がして、髪を二つに結い上げた少女が部屋の中を走っている。その髪はプラチナブロンド。左側の毛の一部が、新緑のような色に変わっていて特徴的だった。

 少女の声に振り返った青年もまた、同じ髪色をしている。ふわふわと柔らかそうな長い髪を一本に編んで後ろに下ろしていた。振り返るとその髪がふわりと泳ぐ。


「おにいちゃん、持ってきたよ。今度、これ、持っていけば良い?」

「うん。ありがとう、アルモニア。気を付けて運んでね」


 少し垂れた、薄いピンク色の目を細めて青年は答える。柔らかく耳に心地良い声だ。

 アルモニアと呼ばれた少女は持ってきた台フキンを彼に渡して、今度は食器の乗ったお盆を持っていく。ソロソロと真剣な顔で運ぶ様子は、回りから見ても微笑ましいものだった。

 素早く机を拭いてその場を整えた青年は、アルモニアが食器をもって帰った調理場へ向かった。彼女は無事に任務を終えたらしい。入り口に人の影を見つけると、また「いらっしゃいませーー!」といってまたパタパタ走っていった。


「アルも大きくなったものだね。もうしっかり一人前じゃないか」


 調理場から声を掛けて出てきたのは、細い体に白髪混じりの髪をした女性だった。腰にエプロンをつけているその女性は、この宿を夫婦で切り盛りする女将だ。カウンターへ肘をついて、客を案内しているアルモニアを嬉しそうに眺めている。

 青年が「ヴェルさん」と呼ぶと、彼女はつり上がった目を相手に向けて口角をあげた。


「ルフレット、あんたたちが来て……もう3年かい? 早いもんだ」

「あっという間でした。何も聞かないで受け入れてくれたヴェルさんと、スアロさんには本当に感謝しています」


 あの時はまだあんたも未成年だったねと、ヴェルが言う。このオースランドでの成年は20歳だった。

 調理場の奥から料理ができたと言う声がかかる。ヴェルの夫であり、この宿屋『アキアカネ』を人気食堂にしている料理担当、スアロの声だ。大きな返事を返したルフレットが、奥へと入って湯気の立った料理を運んでくる。

 多めの量が盛り付けられたそのカレーを客の元へ運んでから、「ごゆっくりどうぞ」と言ってカウンターへ戻った。

 アルモニアは先ほど入ってきた客から注文を受けていた。小さい手で伝票を書いて、「まっててね!」と笑顔で言って戻ってくる。そして今ルフレットが料理を出したテーブルの横を通った。


「なんだ、男か。男のくせに、爪なんか塗って」


 ガタイの良い男性が、自分の兄を見ながらそう言ったのをアルモニアは聞いた。言ってからは、特に興味も無さそうにカレーを口に運んでいる。

 足を止めてしまったアルモニアは、しかし手元の伝票を思い出して足を進めた。10歳の少女の中では、少しのモヤモヤが渦巻いていた。






 いつものように宿屋の仕事を終えたルフレットとアルモニアの二人は、3年前から私室として使わせてもらっている部屋へ戻っていた。二階の奥の部屋。そこを長期的に借りている。料金は給料から差し引いてもらうようにしていた。しかしそれも、破格の値段にしてくれている。

 二人の部屋には必要最低限の荷物しか置いていない。私物はみな荷物としてまとめてあり、いつでも部屋を出られるような状態だった。ベッドはクイーンサイズのものが一つある、ワンルームの部屋。そのベッドに腰かけて、ルフレットはアルモニアの髪をブラシでとかしている。


「明日はお休みをもらったんだ。たまには休んでこいって言われてしまったよ。お使いを頼まれているから、中心街に行こう。どこか行きたいところはあるかな?」


 丁寧にとかし終わって、アルモニアの頭をゆっくり撫でる。少し俯いていたアルモニアは、くるりと振り返ってピンク色の大きな目でこちらを見た。

 中心街へ行くと言えば、いつもなら両手をあげて喜ぶ彼女だ。昼間から少し様子がおかしいと思ってはいたが、何か気になることがあるのだろうか。

 ルフレットは微笑んだまま、首をかしげて同じ色の瞳を見返す。アルモニアは兄の顔を見つめてから、そして俯いて彼の手を両手で掴んだ。


「おにいちゃん、アル、アルね、だいじょうぶだよ。これ、アルだけでだいじょぶ」

「……、どうして?」

「だって、……だって」


 掴んだ手の爪は、二人同じ色をしていた。兄妹の瞳の色と同じ、薄いピンク色。ルフレットのそれは水仕事も行うため少し先が削れている。

 アルモニアの小さい手の爪は普通の爪と違って、硬質な石のようになっていた。それを隠すように、ツルリとしたマニキュアが塗られている。

 何か気づくところがあったのだろう、ルフレットは俯いている妹の頭をもう一度撫でた。


「僕は、アルとのおそろいが嬉しいのにな。そっか、アルは嫌なのか」

「ちがうよ! アル、おにいちゃんとおそろい嬉しいよ!」

「本当? 嬉しいな。じゃあ、明日お店で新しい色を見てこようか。そろそろ無くなっちゃうもんね」

「うん!」


 この話はもうおしまいとばかりに、ルフレットが立ち上がる。もう寝る支度は済んでいた。アルモニアは嬉しそうな顔をして布団に入る。まだ幼い妹に合わせて、二人の就寝時間はいつも早かった。


「おやすみ、アルモニア」

「おやすみなさい、おにいちゃん」


 いつも二人、同じ布団で横になっていた。しばらくするとアルモニアはゆっくり寝息をたてはじめる。その体を、布団の上から一定のリズムで優しく叩いていたルフレットの手が止まった。


「……ごめんね」


 静かな部屋の中で、小さな声が響いた。







 次の日、中心街に来ていた二人は早々にお使いを済ませていた。お使いと言うにはお粗末過ぎるほどのそれは、真面目なルフレットを休ませる口実でしかなかったのだろう。ポケットに入ってしまうようなお使いの品を買い終わって、二人は商店街を歩いていた。

 いつでもお祭りをしているかのように賑やかな、この街の中心。たくさんの多種多様な種族がそこには溢れていた。元々この街は多種族が集まる街としての一面もある。

 新しいマニキュアを見に来ていた二人は、一つの店の店主に声をかけられた。


「その角耳、あんた達……エルフか?」

「はい。……なにか?」

「いや、私は昔から伝説の生き物とかが好きでね。だから色々な種族が集まるこの街もとても楽しいんだ」


 髭を生やした小肥りの男性は、頭をかいて少し恥ずかしそうにしながら言う。

 雑貨屋であるこの店は多種多様な物が置かれていた。そして、彼の趣味なのだろう、伝説とされる生き物の絵が、壁に様々張り付けてあった。


「サーケルンって言う種族を知っているかい? エルフに似た容姿をして魔術に長けているんだが、それぞれ生まれ持った特殊な能力が備わっているらしい。体のどこかにサークルと呼ばれる石を身に宿して生まれてくるそうだ。一度お目にかかりたいと思っているんだよ」


 アルモニアは店の入り口付近に陳列されたきらびやかなアクセサリーに目を奪われていた。気に入ったものを持ち上げては、鏡を見て、楽しそうにしている。

 マニキュアの料金であるペクーを支払って、品を受けとる。楽しそうに話をする店主に、ルフレットは眉を下げて言った。


「ですが、サーケルンは……」

「ああ。残念な事に絶滅したって言われているね。帝国が、流行り病で亡くなったと思われる大量の死体を見つけたって……。悲劇だよ」


 男の話が終わって、ルフレットはアルモニアを連れて店を出ようとした。支払いが終わったと気づいた彼女が駆け寄って来て、兄の手をとる。ドアを開けた時、とてつもなく強い風と、大きな音が響いた。

 吹き飛ばされそうになる程の強い風。反射的にアルモニアを抱き抱えたルフレットは、その風が収まってから顔をあげた。そこには大きなドラゴンが、倒れる人を踏みつけるようにして立っていた。

 そのドラゴンはすでに、体にたくさんの傷を負っている。まるで戦地から飛んで来たかのような風貌だった。


「城の方から飛んできたぞ!?」

「な、なんだ……!!」

「ど、ドラゴンだ!! ドラゴンだーー!!」


 一瞬にして大混乱に陥った街を見て、二人は立ち止まっていた。先ほどまで話をしていた店主が、慌てて店の外を見にやって来る。ゴツゴツとした肌に鋭くとがった爪や牙、人の胴体ほどありそうな太い足を見て驚愕していた。「あ、あれは……西の山に居るって種族だ」と、恐ろしい目の前の生物を見て震えた声を出す。

 西の山というのはオースランド帝国の西側に位置する標高の高い鋭い山で、このオルデバランからは遥か遠いところにあった。


 とにかく場所を離れようと、ルフレットはアルモニアを抱き抱えて走り出す。ドラゴン騒ぎで街は黒い服を着た軍人が走り回っていた。ドラゴンへ向けて火器や魔術が放たれる。しかし凪ぎ払うように尾が振られて、その周囲のものは弾き飛ばされた。大きく地鳴るような、竜の鳴き声が街に響く。

 悲鳴や火器の音が鳴り響き、街は大混乱に陥っていた。そもそも獣に近い竜族はあまり山を降りては来ないのだ。

 縄が放たれて大量の矢がドラゴンへ放たれる。通常の矢よりも太いそれは、ドスドスと音をたててドラゴンへ突き刺さった。血を撒き散らし、暴れて、その衝撃で地面が揺れる。下町の方へと走っていたルフレットは地面を見失って、アルモニアを抱えたまま倒れ込んだ。

 竜が口から炎を吐き出して、一瞬にして周囲が熱気に包まれる。火の粉が飛んで来て肌をチリチリと痛めた。その炎でまた数人が倒れる。火だるまになって悲鳴をあげる軍人に、仲間が急いで水を放っていた。


「なんで、竜族が……」

「おにいちゃん?」

「アル、ダメだ。顔をあげないで」


 それは最後の力を振り絞った抵抗だったのだろう。ドラゴンは最後に大きく炎を吐き出して、そのまま横に倒れた。その下敷きにならないよう軍人達が逃げ惑う。側にあった小屋をなぎ倒しながら、ドラゴンは沈黙した。

 そして残ったのは、たくさんの倒れた体、そして瓦礫となった建物だった。


 戦闘が終わって、アルモニアを覆うように倒れたままだったルフレットは顔をあげる。妹の事はしっかりと抱いたまま、体を起こして地面へ座った。

 街は凄惨な状態だった。変わり果てた街に立ち尽くす人、倒れた人に泣きすがる人、そして倒れたドラゴンをどうにかしようと集まる軍人。ドラゴンには大きな布が巻かれて、手足や口、翼などに太い縄が括りつけられた。

 どんなに見せないようにしても、アルモニアの耳にもその声は届いていた。そして顔をあげれば、その様子が大きな丸い瞳に写る。

 そして彼女は「たすけて、あげなくちゃ」と、小さく小さく呟いた。


「え?」


 ルフレットが聞き返そうとした、その声を押し退けてアルモニアはしっかりとした様子で足を下ろす。瓦礫の散らばった地面を、危なげなく2、3歩進んで、そして両手を広げた。周囲の空気が一瞬ふわりと暖かくなって、ルフレットはハッとした様に立ち上がった。


「アルモニア! 駄目だ!!」


 ルフレットが手を伸ばしたのと同時に、強い光が彼女を包んだ。その光はだんだんと辺りを包むように広がり、そしてその様子に視線が集まってくる。発光はアルモニアの両手の爪から起きていた。普段ペディキュアで隠されたそこは、剥がれ落ちるように色がとれ、宝石のような石が現れる。

 長く輝いた光はしばらくすると霧散して、暖かくなっていた空気もだんだんと元の温度に戻ってくる。ルフレットが彼女を抱き上げると、広げていた手を胸の前で祈るように組んで、アルモニアは「だいじょうぶ」と舌っ足らずに言った。そして力が抜けたように、ガクリとルフレットの胸に沈み込む。眠っているように、目を閉じていた。


 一瞬何が起きたのか、その場に居た者達はわからないで居た。今起きた不思議な事態を、誰もが飲み込めないでいる。

 そして次の瞬間、奇跡が起きた。倒れて居た者たちが、次々に体を起こしはじめたのだ。


 周りは驚愕と歓喜と、様々なもので溢れていた。ドラゴンの襲撃によって命を落とした者たち。先ほどまで血を流し、息を止めていた者たちが生き返ったのだ。それは奇跡としか言いようがない出来事だった。


「この奇跡……普通じゃない。もし……もしかして、その子は……」


 事件の直前まで、話をしていた雑貨屋の店主が立っていた。目を見開いて兄妹を見つめている。倣うように周りの視線がまたアルモニアに集まった。視線を集めている少女が、ゆっくりと兄の腕の中で目を醒ました。焦った様子で体を固くしている兄の顔を、不思議そうに見つめる。


「奇跡を宿した種族……サーケルン」


 その声に弾かれたように、ルフレットは素早い動きでその場から走り出した。

 後ろから誰かが追ってくる足音は聞こえてこない。しかし先ほど視界の端で、軍人たちが耳を寄せあい話しているのを見た。まっすぐな道を走り、下町の方へと。何が起きたのかの噂をしている街の人たちを追い抜いて行く。

 細い道に建物が密集して、その間に網が張られ、荷物が置かれている。場所の無い空間を最大限に利用したこの網掛けは、下町特有の景色だった。その細い道を走り抜け、全力で宿屋「アキアカネ」へと走った。

 不思議そうな目をしたままのアルモニアが、流れていく景色を兄の肩越しに見つめている。見慣れた建物の一階へ飛ぶ様に走り込んできた兄妹に、いつも通りの日常を送っていた食堂は何事かと驚いた。


「そんなに焦って、どうしたんだルフレット」

「ヴェルさん、スアロさん、今までお世話になりました」

「はい? な、なんだい?」


 カウンターの側へアルモニアを一度下ろして、ルフレットは走り自分の部屋へとかけ上がる。元々まとまっていた荷物を手に取り、そして右手の甲を覆っていた布をはずした。そこには先ほど発光したアルモニアの爪に似た素材の石が埋っていた。

 手をかざすと柔らかい光が部屋を照らし、一瞬周りの空気が軽くなる。そして荷物を閉じ込める様に手を動かすとそれが消えて、何かを掴むように握るとそこに一本の剣が現れた。


「ルフ、一体なんだってんだ?!」


 普通ではない様子のルフレットに何かが起きたと気づいたのだろう、ヴェルが階段を上がって部屋へ来た。普段の穏やかな表情とは違い、どこか警戒したような目で剣を握るルフレットに、一瞬気圧されて身を引く。

 申し訳なさそうに「ごめんなさい」と彼は言った。ヴェルと一緒についてきたアルモニアを見て、「お出掛けだよ。挨拶をしようね」と言い抱き上げる。二人はドアを抜けて階段を降りていった。

 説明している時間は無いというような態度に、ヴェルはため息を吐き、ついていく。思い出した様子で腰のポケットからお使いの品と、そしてお釣りのペクーが入った袋を取り出した。品を受け取って、ヴェルは返されたペクーには首を振った。


「持っていきな。少しだが、無いよりはマシだろう」

「で、ですが……」

「全く、わけがわからないよ。今度帰ってきたときにはしっかり全部話してもらうからね」


 ただ事では無い雰囲気に、スアロも調理場から出てきたようだ。今から出ていくという二人を、仕方ないと言った様子で二人は見ている。アルモニアの頭を撫でて、「気を付けな」とスアロが言った。


「あ……、ありがとうございます! 行ってきます!」

「おじちゃん、おばちゃん、またね」


 アキアカネの出入り口を抜けると、そこには先ほどの軍人たちと違う色の制服を着た者たちがいた。国旗と同じ白と金色を使った制服、それを着るのは、皇帝直属の機関と言われる騎士団の者達だけだ。

 アルモニアを抱えていたルフレットは、彼女を自分の後ろに隠すように下ろした。そして手にしていた剣を左手に構える。

 その場のリーダーらしき、若い青年が前へ出てきた。紺色の短い髪をした、鋭い目の青年だった。


「我が名はコルコッタ・オズモンド! 帝国騎士団、オズモンド隊の隊長だ。皇帝陛下の名の元、その少女を迎えに来た。ついてきてもらおう」


 高圧的に名乗りをあげたコルコッタは、すらりと長く細い剣を腰から抜いた。その構える姿から、かなりの手練れであろうと分かる。まだ若い彼が一隊を率いているのは、その腕があってのことなのだろう。

 ルフレットは彼に負けない大きな声で「断る!」と短く言った。布を外したままでいた右手を、胸の高さに掲げる。その手の甲に光るサークルと呼ばれる石を見て、コルコッタは「やはり」と呟いた。


「伝説と言われているサーケルンを、この目で見る日が来るとは。……保護させてもらおう」

「隊まで引き連れて……、何が保護だ! アルは二度と渡しません!」


 掲げた手の甲が強く発光して、目を開けていられないほどの強い光が辺りを包んだ。一瞬空気が変わったのを感じて、次の瞬間、まるで空気が重さを持ったように強い圧力がかかる。立っていられなくなるほどの強い力に、コルコッタをはじめとする騎士は地面へ膝をついた。倒れ込む者もいる中、隊長であるコルコッタは剣を突き立て耐えている。

 鋭い目を光らせて目の前にいるサーケルンの青年を睨んでいると、何もなかった空間から数本の剣が突き出てきた。空中に浮遊しているそれは確かな目標をこちらへ合わせて、飛んで来る。避けようの無いそれに舌打ちをすると、剣は的はずれの方向へ飛んで行った。

 目標へ飛び損ねたのだろうか、そう思った次の瞬間、兄妹との間に空から荷物が降ってくる。飛んで行った剣は、建物の間を繋いでいた網を切ったのだ。大量の木箱やガラクタが降ってきては道を塞いで、大きな土ぼこりをあげた。

 その土ぼこりが収まる頃には、体を押さえつけていた圧力から解放されている事に気づく。体を起こして続く道を見ると、兄妹の姿はすっかりとなくなっていた。







 細い道を走って、街門を抜ける。門に立っている黒服の軍人は、急いで門を通る二人を見て不思議そうな顔をしていた。どうやら彼らにはまだ、話が伝わっていないようだ。

 とにかくこの街を離れなければいけない。馬もいない、自分達の足では、どれ程騎士団を巻くことが出きるのか不安があった。それでも、ここにいてはいけないのだ。


「アル、もう少し頑張れる?」

「うん、アル、だいじょうぶだよ。がんばるよ」

「うん。……ごめんね、どこかで馬車とか探せると良いんだけど」


 そう言いながら、ルフレットは国の地図を頭に描いた。正門を抜けて、このまま進めば大陸の南に進むことになる。どこかに街があったはずだ。地図は荷物にいれていたと思うから、どこかで落ち着いて行き先を見つけなければいけない。

 アルモニアの小さい手をしっかりと握って、ルフレットはまた走り出した。どこへいけば良いのか、宛は全く無い。これから先、どうしていけば良いのかも……わからない。


 ルフレットの中には、いつでも3年前の、あの惨劇が残っていた。全てをなくした日。親しい友人も、当たり前だった日常も、穏やかだった故郷も無くしたあの日。唯一残された、アルモニアという大切な存在。

 彼女以外のすべてが無いというのならば、それはつまり、彼女以外なくすものがないということだ。だからあの日に誓った。この子を、アルモニアを、自分のすべてをかけて守ることを。


 これから先、何があったとしても。

 この手だけはもう離さない。

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