弾左衛門は処刑されてその権限は分割されたよ

 さて、弾左衛門とその手代達に対する最終的な罰はやはり五ヶ所引廻の上で、獄門、闕所となった。


「まあ、そうなるよな」


 この罰は彼らが行ったことに対してかなり厳しいように見えるのだが、これは彼らが河原の桟敷席や芝居小屋を叩き壊した行為よりも、全部で10両以上は間違いなくある、幕府に献上される予定だった櫓銭をとっていったことと、裁判で提出した文章が明らかに偽造であると認められてしまったこと、そして弾左衛門が明暦の大火で幕府に直接貢献した行為をしていないのが大きく、特に過去のものとされるものでも公文書の偽造は大罪なのだ。


 なぜかと言えばそれが普通に通用するなら、古文書を捏造すれば先祖代々のいろんな権利をどんどん捏造できちまうからだな。


 ちなみに寛永17年(1640年)幕府との取り決めを破って、湯女風呂に遊女を派遣した旧吉原の楼主11人が、見せしめのために吉原の大門前に磔にされる事があったぐらいだから、幕府との約束を破ったり、文書を偽造することに対しては本当に厳しいんだ。


 で弾左衛門が持っていた、実質的な私財である浅草新町のでかい敷地とその中にある人が住まう屋敷の他、その他の皮剥や鞣しなどの作業を行う者が住む長屋、主に皮革関連の作業場、寺や神社、商店なども加えて、田畑や家の家財などを根こそぎ収公、弾左衛門には妻子もいたが、妻が婚姻時に持参した家財道具や手回り品、寺社付の品物以外はやはり全て没収され、競売に出されたようだ。


「まあ買うのは俺か弾左衛門のあとを継ぐ奴くらいだろうけどな」


 ちなみに穢多は非人と違って、割り当てられた土地で田畑を耕していることも多いんだな。


 なにせ革の鞣しなどは河原の近くでやって、その近くの結構広い土地を与えられているわけで、田んぼや畑には持ってこいなわけで。


 で、弾左衛門の妻子供などの家族などは連座でその命は失わなかったものの、着の身着のままで他所へ放逐されたわけだが、これは一種の連座制度だな。


「可哀想だがこれはしょうがねえよな」


 で、その後の弾左衛門の管轄していた様々なものはその権利を分割された。


 まずは芸事や売春、技術や知識などに関わるものに関しては俺が統括する。


 公許遊郭の遊女、半ば黙認されてる宿場町の飯盛り女や水茶屋女、その他の非公認の夜鷹、梓巫女のような私娼の取締やそれをつかまえた場合の受け入れも俺の権限となった。


 また猿樂師、歌舞伎役者、浄瑠璃師、絡繰師、傀儡子、その他旅芸人、願人、猿飼や乞胸などの辻芸人、盲目の人々の当道座、町医者や獣医や薬師、女衒、芸能者の口入れ屋の管理管轄も俺の担当だ。


 あとは病人のライ病や結核の患者などの隔離治療に関しても任された、これは本来は車善七の担当なんだけど、俺のほうが医術に詳しいからな。


 とは言え、処刑を行う長吏たちは人体や動物の体の内部構造に本当に詳しいわけで、そういったものには実際はさわらない、一般の医師や獣医たちが持つものよりも遥かに正確で実証的な解剖学的知識があったわけだ。


「俺の担当は基本的には芸事教養や技術知識を売るやつの管理ってことだな。

 解剖学に興味があるやつに関しては、腑分けの現場を見せたほうがいいかもしれんな」


 これで俺は芸事や教養を売りにする遊女、売春がメインの飯盛り女、芝居をメインにする芸人たち、平曲、地歌三味線、箏曲、胡弓等の演奏や作曲、鍼灸、按摩などを行う当道座、それに町医者や病人も統括することになった。


 伝馬や農耕用の死んだ牛馬の解体処理や害獣駆除、鷹狩などの狩猟で獲った獣の皮を剥いで革に加工し、武具具足や馬具、羽織、下駄や雪駄の鼻緒や太鼓、三味線などの革を使う楽器、灯心や、機織り機の重要部品であるおさや竹細工の製造販売など、穢多頭である弾左衛門が本来担当するものに関しては弾左衛門と長吏頭の地位を争った太郎左衛門が引き継いだ。


 ちなみに朱印船貿易が行われていたときは、アユタヤなどから多量の革が輸入されていたが、それが打ち切られると、当然アユタヤなどからの革製品の輸入が途絶えてしまい、かなり深刻な革不足が生じたため、皮革原料としての死んだ牛馬は重要になり、その処理は厳しく幕府にて統制されることになったんだな。


「革はそっち、食べたりするための肉や骨に関してはこっちに流してもらうように頼むぜ」


 俺がそう挨拶すると太郎左衛門はうなずいた。


「わかったぜ、俺達も食べる分は除くけどな」


「そりゃ全然構わないぜ」


 ”さいぼし”のような牛肉や馬肉の燻製もしくは干し肉を食べる習慣は割と普通にあったりする。


 一般的な農民が獣肉を食わないというのは、むしろ倒れた牛馬や害獣として駆除した鹿や猪がいても、すぐに江戸に持っていかれてしまうので、彼らは食うことが出来ないという方が正しかったりもする。


 獣肉を売るももんじ屋が主に両国にあったのも、浅草から引き取るのが簡単だったからだな。


 処刑場や牢屋などで働く刑吏・岡っ引きなどの捕吏・江戸の町の夜警や野非人の取り締まりをおこなう番太・山林を巡回して火災や盗難から守る山番・上水道の開渠の見回りや清掃、破損箇所の修理をする水番などの下級役人的な仕事や行き倒れなどの死体の片付け、炊き出し、道路清掃や紙くず拾いなどは非人頭の車善七の担当だ。


「まあ、弾左衛門の下よりはだいぶましか」


「むしろ仲間に取り立てられるかもしれないぜ」


「そうなりゃいいんだがな」


 なお明治時代になって身分解放令により、穢多などは法的な差別は表向き解消されたが、同時に革の独占権も失ったため、明治維新後、財産の保障もなく専売権を取り上げられた結果、彼らは急速に貧しくなってしまったのであったが差別だけは残った。


「まあ、このあたりはちゃんと変えていかねえとな。

 まあ革製品そのものに関しては俺にはなんにも権限はねえが」


 とりあえず弾左衛門の権限がでかすぎて、しかも、直接的には職業的に関係ないものが入り混じっていたのは事実だし、芸事技術知識関係、革製品などの製造関係、治安維持的な下級役人関係に権限がきっちりわかれたのはいいんじゃないかな?


 この中じゃ幕府に金を納めるのは主に俺が担当するんだろうけど。

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