弾左衛門への裁きは思っていたよりずっと厳しかったぜ
さて、俺たちの勧進芝居だが吉原や品川の中で行ったものはともかく、火除地や河原の桟敷席で行ったものを弾左衛門が見事にぶち壊し、しかも入場料の櫓銭までとっていった。
ちなみに江戸時代では放火はものすごい重罪なんだが、それ以外の建造物破壊などに対しては明確な罪状はなかったりする。
これはこの時代の火事に対しての消火が隣接する燃え移っていない家屋の「破壊消火」によって行われるのもあると思うし、常設ではない仮設の建物に対しての破壊をどう捉えるかと言うのもあったりするんだろう。
そもそも幕府自体が建物の移転のために、それを取り壊すように指示することがまだまだ多いしな。
で、金剛太夫や結城孫三郎、江戸肥前掾が勘定奉行の奉行所へ訴えたのは言うまでもないが、まあ弾左衛門はやっぱりちょっとやりすぎだな。
むろん、この江戸時代初期では歌舞伎などの役者が河原乞食とかよばれて、歌舞伎関係者自身が賤民視され、弾左衛門に従わないのはおかしいと言う認識が普通ではあったようでもある。
そして俺や中村勘三郎に実際に被害にあった、金剛太夫や結城孫三郎、江戸肥前掾と弾左衛門やその手代達はどちらも取り調べを受けてから、お白州で対決となった。
そして金剛太夫がいう。
「自分はもともと大和猿楽四座を受け継ぐものとして、上方で猿楽の修行を積んだ者でございます。
ときには御所へも出入りし、猿楽の興行をおこなっておりました。
そして今回も上様の上意をお受けして行ったものでございます。
江戸に住んでいるわけではない自分が、矢野弾左衛門の支配や強制をうけるいわれはございません。
我々猿楽役者は諸国での旅芝居で修行を積み、江戸、京、大坂だけでなくその他の場所にても興行を行います。
そもそも江戸に来た旅芝居の一座が弾左衛門の支配下にあるという証拠をしめしていただきたいとおもいます」
これに対し、弾左衛門は言った。
「これは我が先祖が頼朝卿より賜った御朱印の写しでございます」
そこに書かれているのはこのような文章。
一、私元祖、摂津国より相州鎌倉江罷下り相勤候処、長吏以下の者依為強勢私先祖に支配被為仰付、頼朝公御証文鎌倉八幡に奉納候、此書物の儀に付別当の書付等も御座候、依之伺先例、於今に鎌倉八幡宮御祭礼御神楽先立の供奉長吏烏帽子素袍並麻上下着し相勤申候
一、寅御入国の御時、先祖武蔵国府中より罷出て、鎌倉より段々相勤候由緒申上候得共、御役等長吏以下支配被為仰付候、其節小田原長吏太郎左衛門小田原氏等の御証文を以長吏以下支配の儀奉願候得共、無御取上、其御証文被召上、私先祖へ被下置、其後元禄五年申年上州下仁田村馬左衛門長吏の論に付、甲斐の信玄公御証文を以論仕候故、其証文御評定所にて被召上私に被下候事
一、寅御入国の御時、御馬足痛踏摺皮被仰付、御馬の御祈祷猿引御尋の上、私先祖支配の猿引召連罷出候得は、病馬快気仕候、依之為御褒美鳥目頂戴仕候、為其引例毎年正月十一日御城御台所にて鳥目頂戴仕候、中古より西丸下従御厩御判頂戴仕候、御納戸方より鳥目頂戴仕候、中古より西之御丸下僕御厩御判頂戴仕、御納戸方より御鳥目頂戴仕候
一、御入国の御時格式にて只今迄、年始の御礼元日御老中様江罷出、夫より段々御役所様江相勤申侯
一、従先前手下の女御関所通り候節、一は私一判にて御留守居様江申上御判頂戴仕通申侯て罷通り申候事、私所持仕候印判は、濃州青野原御合戦の御時私元祖江首御預の節、集方と申文字印判為割封被下候、此印判只今に用申侯
一、九十年程以前、灯心挽候者御城江上燈心細工仕、御扶持方頂戴仕候
一、燈心商の儀、御仕置者御役仕候由緒にて、瀬戸物町小田原町両辻にて、役々の者六十五人の内、毎日罷出、無地代にて商仕来候、浅草観音市場商仕候、却て灯心細工并商の儀、従古来私一名の家業にて御座候事
一、御役目相勤候儀、御配江御用次第御絆綱差上申候、其外御陣太鼓并時々御太鼓御陣御用の皮類、御用次第差上申候事
一、御仕置物、御島者、晒もの、磔、火罪、獄門、鋸挽、文字雕、耳鼻剃、切支丹、鍋銅等御座候、六十五年の前石谷将監様神尾備前守様御奉行の時、武州鴻巣村磔三人被遣候に付、御評定にて被仰付、御奉行の下置検使共私先祖被為仰付候に付、御伝馬申請、長道具為持相勤申候、此外在々支配の内、一代壱度も相廻り改候節も長道具為持申候事
一、堀式部少輔様町奉行の節、私先祖内記と申名被下、只今内証名に用申候事
一、午未飢饉の節、岩附町の御欠所雑物被下置、火事の節御金御米頂戴仕候、丸橋忠弥品川にて磔に被行候場所場所にて石谷将監様より金子頂戴仕候、甲斐庄飛騨守様より溜順礼雑物頂戴仕候、盗賊御改赤井五郎作様より銀子頂戴仕候、丹羽遠江守様より御尋もの被為仰付候間、召捕差上候得は為御褒美金子五両被下候事
一、当五月中、大納言様御仕官為御祝儀御米五百俵浅草御蔵前にて被下置、則手下共江割渡し配分仕候事
一、御入国の御時、島田儀助江御鑓壱本御預け被遊候、一本にては手支申候間、神尾備前守様御奉行の節御願申上候得は、御番所朱鑓の内壱本被下候事
一、私支配在々長吏、無年貢の田地或は居屋敷計無年貢にて、田地御年貢差上候者数多御座候、御水帖直に頂戴仕、其村の長吏御年貢収納仕候者も御座候
一、長吏 座頭 舞々 猿楽 陰陽師 壁塗 土鍋師 鋳物師 辻目暗 非人 猿曳 弦差 石切 土器師 放下師 笠縫 渡守 山守 青屋 坪立 筆結 墨師 関守 獅子舞 蓑作り 傀儡師 傾城屋 鉢叩 鐘打
それに準じ、夙、散所、陰陽師、梓巫女、神事舞、田楽法師、放下師、遊女、白拍子、傾城夜発、傀儡女、飯盛女、越後獅子、願人僧、俳優、浄瑠璃芝居、踊、観物師、舌耕、術者、弦売僧、高野聖、事触、偽造師、狙公、堂免、俑具師、刑殺人、青楼、肝煎、勧進比丘尼、犬神、男色、神結、伯楽、盲目、放免、浄瑠理語、妖曲歌、浮浪、行乞、乞食、伎丐、丐頭、難渋町、番太、熅房、穢多、皮細工”
と書かれていた。
たしかにこの文章に猿楽は含まれている。
しかしその書式は安土桃山以降のおそらく江戸時代に作られたのは丸わかりである。
俺はそれを示されて、内容をサラッと読んでから言った。
「まずその文章は偽物でしょう。
鎌倉時代の書状であれば、漢文が正式な文章であるはずで、それをちゃんと写したのであれば、かな文字などが使われるはずがございますまい。
そして飯盛女や傾城夜発(夜鷹のような辻などに立って通行人の袖をひき、売春する女性)、浄瑠璃芝居は頼朝公がいた当時にはございません。
そして陰陽師は当時から土御門家の統括するところです。
そしてその証文が頼朝公がいた時代に書かれたものであれば、どうして最近出現した飯盛女や傾城夜発、浄瑠璃芝居まで含まれているのでしょうか?」
俺がそういうと弾左衛門はすごんでみせた。
「なんだと。
その証書にけちをつけるってのか?」
俺はその言葉に大きくうなずく。
「ああ、そうだ、これは間違いなく偽物だ」
俺たちのやり取りに勘定奉行はしばし考えていた。
「確かに古文書であれば漢文で書かれているはずであるな。
すなわちこれは文章偽造ということだが、これは五ヶ所引廻の上で、獄門、闕所となるであろう」
ちなみには牢屋敷より出発して、江戸城の周囲を一回りして浅草今戸町にいたり,そこからまた引返して出発点に戻る江戸中引廻と、牢屋敷から日本橋、筋違橋、赤坂御門、両国橋、四谷御門を経て鈴ヶ森、または小塚原の刑場へ行く五ヶ所引廻があるが後者のほうが罪が重い者に行われるもの。
「そんな馬鹿な」
勘定奉行ら幕臣は自分たちを支持すると思っていたら、一転して弾左衛門は絶望的な表情になった
「最終的な裁可は上様や老中の皆様の判断によるが、死罪や遠島などの判決を出すには老中の裁可が必要である。
この者たちを牢に入れておくように」
こうして弾左衛門やその手代達は未決囚として牢に入れられることになったのだ。
「弾左衛門のあとは三河屋がその業務を引き継ぐことになろう。
革製品や獣肉などをきちんと納付するようにもせよ」
「はは、かしこまりました」
ああ、今までは捨てられていただろう、倒れた牛馬の肉の食材としての処理も俺ができるようになればそれもありがたい。
そして飯盛り女や夜鷹などの正式な管理権限が手に入るのもありがたい。
そしてできれば所謂、穢多非人に対しての一般的な差別をなくしていきたいものだ。
なお、江戸時代の牢屋敷は今でいう拘置所のようなもので、懲役のような刑務所に罪人を収監しておくような罰はない。
死罪の下は追放刑であるのだが、佐渡や甲斐に送られて鉱山労働を強制されるのが一番きついとも言えたりするから必ずしも死罪よりはマシとも言えない。
ちなみに弾左衛門は明暦の大火そのものでは、焼死体かたづけと埋葬、被災者への炊き出しを命ぜられたが、それを実際行ったのは、車善七で彼は配下の非人たち3,285人を出して、それらの処理を行っているが、弾左衛門やその手下が直接復興の手助けになることをなにかしたというわけではないようだ。
まあそんな状態で幕府の上意を受けた勧進劇をぶち壊して、上納金や復興支援のための寄進となるはずの金銭をとっていったらそりゃ幕府上層部も怒るわな。
なお、史実においても弾左衛門由緒書が偽書であることはわかっていたらしいが、革製品や燈芯などを独占して、死刑執行なども実質的に行っている弾左衛門と幕府は手を切るわけには行かなかったというのが実状だったようだ。
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