藤乃の年季明け
さて、藤乃が引退し、紅梅が二代目藤乃の襲名を行うならばまずは派手にそれを知らしめないといけない。
「二代目藤乃の襲名、ぱっと祝わないとな」
「あい、そうでやすな」
吉原細見に、藤乃の年季明けと、紅梅がその後を引き継いで、二代目藤乃太夫として、今後活動していくことものせておく。
そして藤乃と言う名前が、三河屋の筆頭遊女の
名跡というのは、代々継承される芸名や家名のことだ。
三河屋とか三浦屋という大見世の屋号を代々引き継いでいくのと同様に、藤乃太夫とか高尾太夫と言った芸名を代々襲名していくことで、その芸名が持つイメージである「信用」や「気風」といった一種のブランドとその先代が抱えていた「顧客そのもの」も引き継いでいくのだ。
藤乃の場合は、遊郭日本一の囲碁の打ち手という名誉を持っているから、後継者もそちら方面の活躍が期待されるわけで、紅梅はその資格があると周りが認めて襲名させたということだ。
名跡は、歌舞伎や能楽、狂言、人形浄瑠璃、落語、日舞や茶道などの芸能や芸道などでは普通に存在するものであるが、これそのものは日本独特の制度でもある。
そして襲名をするものは、基本的には長子相続が一般的であり、血縁外の者が継ぐ場合は、養子になるなどで血縁一族の中に入ることが求められるのが普通なのだが、遊女の場合は現役が10年間と短いため、その名にふさわしい女性がいない場合は引退時には襲名されない場合もあるし、襲名するものも実子ではない場合がほとんどであるというのは、歌舞伎などとは違うところだ。
当然ながら、藤乃が引退する前に贔屓客が来たときには、紅梅も一緒に座敷に上がって、宴席などの間に芸を中断して藤乃の名を引き継ぐことを伝え、空いた時間には茶屋や置屋、船宿にも配り物を配って挨拶に回ったりして藤乃の名を引き継ぐことを伝えている。
そういったことに対する出費は、普通は遊女個人が持つものだが、俺はある程度金を出している。
そして、襲名披露の日には三河屋の揚屋の中で他の遊女や、新造・禿たちに赤飯などのめでたい料理を振る舞い、祝儀の包金をあたえ、七日間にわたり藤乃と二代目藤乃である紅梅が新造、禿、番頭新造、見世の若い衆なども一緒に従えて、太夫道中ながらに盛大に練り歩いて名を受け継ぐことを広めて渡る。
そして最終日の道中が終わった。
「いよいよ引退だな」
「あい、無事に名を引き継げて良かったでやすよ」
身請けされた場合には、揚屋にて身請け主と盛大な宴会を開いた後で吉原大門によこされた迎えの駕籠に乗り、遊郭の一同に加えて引手茶屋の一同も見送り、楼主が「おめでとう」と言う言葉を送り遊女が「ごきげんよう」と別れのことばを述べてうけて、籠に乗り身請け人の用意する住処に送られる新たな生活をするんだが、藤乃はそのまま三河屋に残って芸の指導をするのでそういった見送りはない。
「明日からは藤乃や内儀はんと一緒に戒斗坊っちゃんもをビシバシ鍛えますえ」
フンと鼻息が荒い藤乃に俺は苦笑しながら言う。
「あ、ああ、ちょっとお手やわらかにしてやってくれると嬉しいんだが」
「そんなゆるいことを言ってたらあきませんえ、そんなんでは先代にかおむけできまへん」
うん鬼師匠モードだな、まあ俺もそろそろ芸事教養をキチンと教えられるようにはならないとダメだとは思うけど。
桜は清兵衛のところに嫁いで、今では立派な女将さんをやってるし、藤乃は今後も鬼師匠として三河屋の芸事教養を俺たち夫婦や後輩の遊女たちに叩き込んでくれるだろう。
俺が目覚めたときには結構悲惨だった遊女の待遇改善はできたと思うし、吉原遊廓の暗い未来も変えられたのではないかと思う.
「とーしゃー」
「おお、清花どうした?」
「これー」
「おお、つくしか」
「つくしー?」
「どこで見つけたんだ?」
「あっちー」
「じゃあもっと取ってみんなで食べるか」
「たべゆー」
この子が大きくなって遊女を目指すにせよ、遊郭の内儀を目指すにせよ世間から後ろ指を指されるようなものではなくなったと俺は胸をはれる。
「あら、どうしたんですか?」
「ああ、妙、清花がな。
つくしを見つけたっていうんでな。
妙も一緒に取りに行かないか?」
「あら、それはいいですね」
履物をはいた後で清花を真ん中にして俺と妙は左右で清花と手をつないで仲通りを歩き出した。
今日もお江戸は日本晴、そして吉原の未来もきっと明るいだろう。
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