桜の息子も順調に育ってるようでなによりだ、清花もそうだけどな

 さて、例年恒例の3月の桜の花見に備えて、今年も清兵衛の店に餅などを、注文しようとやってきたが、まずは子供を背負った桜が迎えてくれた。


 桜が立派な看板娘を努めてるようで何よりだ。


 これを見本にして、中見世とか、小見世の年季明けの遊女を、引き取ってくれる奴が、増えてくれればもっと良いんだけどな。


 それはそうとして桜が、去年の花見のときに子供を授かれたと言っていたから、もうそろそろ数えで2歳になるくらいか。


 ちょっと見た目だけだと、小さすぎて男の子か女の子かまだよくわからんな。


「お、桜の子供も無事育ってるようで何よりだな。

 その子は男の子か? 女の子か?」


 桜はニコッと微笑んで言った。


「あい、男の子でやすよ」


 桜の子供はそろそろ歩けるくらいかな?


「そろそろ歩き始める頃かね」


 そういうと桜が表情を曇らせた。


「それがまだ難しいみたいでしてな」


 子供が一人で立って歩けるようになるのも、個人差はあるしな、桜の子供は遅いらしい。


「そうか、まあ焦ることはないと思うぞ。

 一升餅を背負わせて歩かせるのは、ちょっと無理そうだけどな」


「そうなんでやすよ」


 子供は桜の背中ですやすや寝てるが、うん、可愛いな。


 母子ともに健康なようで何よりだ。


 そして旦那の清兵衛がやってきた。


「へい、三河屋さんの若旦那いらっしゃい、今日はどんなご用件で」


「ああ、今年も盛大に花見をやるんで、去年と同じように桜餅を百個たのむな。

 後はおまえさんと、桜の子供の顔を見に来たんだ」


「へえ、三河屋さんのおかげさまで、家族皆が食うに困らぬようになってますよ。

 今年もぜひお任せください」


「ああ、桜もお前さんも幸せそうで、何よりだよ。

 やっぱ普通に食っていけるってのは大事だしな」


 桜がコクリとうなずく。


「そうでやすな、おまんまを食うに困らないというのは大事でやすな」


 この時代の餅というのは少々高級品だが通年でそれなりに売れてるようで何よりだ。


 そして俺が見世に帰ると、清花は乳母さんに見守られながら、積み木で遊んでいた。


 この時代は子供がやりたいということは、それがダメなことではない限り自由にやらせるから、基本的には保護者は危ないことがないように、見守るだけなんだな。


「んしょんしょ」


 小さい手で木を掴んで他の木の上に乗せていくだけでも楽しいらしい。


 思い通りにならないと、ぐずることもあるけどな。


「清花、積み木楽しいか?」


 清花は声をかけた俺の方を見てにぱっと笑う。


「あい」


 江戸時代では炊事などに時間がかかるため、夕飯前時に子どもの面倒を見るのは父親の役割だったりもする。


「ちょっと外に出て歩くか?」


「あい! でりゅでし」


 嬉しそうに立ち上がる清花。


「では私も一緒に参りましょうか」


 笑顔で乳母さんも立ち上がる。


 因みに妙は母さんや藤乃に芸事を教わってるところだ。


 俺は清花の手を取って外にでる。


 子どもと手を繋いでふらふらと散歩する父親の姿は江戸時代では珍しくなかったりもする。


 テコテコあまり深く考えず歩いていると清花がタンポポの花を見つけてしゃがんでじっと眺めている。


「おータンポポだな」


 清花が俺を見上げていう。


「タンポポー?」


 俺はそれにうなずいていう。


「ああ、可愛いよな」


 清花はコクコクうなずく。


「かわー」


「これお母さんに今日のおみやげでもっていってあげようか」


「あい、もってかえいでしゅ」


 清花がプチとタンポポの花を摘んで掲げてみせた。


「かーしゃ、うれしい?」


「ああ、きっと喜ぶよ」


「うれしー」


 きっと妙も清花がタンポポを渡したら喜んでくれるんじゃないかな?


 ニコニコしながらタンポポ抱えて歩く清花と一緒に見世に戻って、夕飯の時間だ。


「清花ちゃんと手は洗うんだぞ」


「あい」


 井戸水で手を洗って顔をしかめる清花。


「ちべた」


 そういう清花に手ぬぐいを差し出す。


「ん、じゃあ手をふこうな」


「あい」


 そして清花がタンポポの花を持って妙のところに行く。


「かーしゃ、タンポポー」


「あらあら、私のためにとってきてくれたの?」


 妙は嬉しそうにそう言ってタンポポの花を受け取る。


「かーしゃ、よかったー」


「うん、ありがとうね」


 芸事教養の稽古で疲れてたらしい、妙にとっても良い土産になったみたいだ。


 喜んで受け取ってる妙に俺も声をかけた。


「いろいろ大変で済まないな」


「いえいえ、私も藤乃太夫のようにならなくてはいけませんからね。

 三河屋の楼主であるあなたの内儀になったのですし」


「あ、ああ、そう言ってくれると助かるよ」


 妙はたしかに一時期困窮していたけど、今は普通に実家も商売は軌道に乗ってる。


 あんまり妙に、俺が甘え過ぎるのも良くないよな。

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