テーブルビートやエゾウコギを栽培入手するために水戸の若様に相談してみよう

 さて、この時代には21世紀のような病院はないので基本医者は往診することが多い。


 無論、俺が幕府に提案して貧民救済のためにつくった施薬院や療病院のように入院できる施設がないわけではないがこれはむしろ例外だ。


 そして戦国時代までと異なり江戸時代では庶民でも薬を気軽に購入したり、医師に診察してもらうことがわりと一般的となっている。


 ”はやり風十七屋から引き初め”すなわち飛脚から流行性感冒などが広がり始めるという病気が広まる理由などもある程度理解されてきている。


 奈良から平安時代では都の市に薬廛やくてんと呼ばれる薬屋があったが、この時代は市に出入りできるのは上流階級の人々のみであったが、むしろこの頃は加持祈祷が治療の主な手段だった事もあって平安貴族の寿命はあまり長くはなかった。


 時代が下って室町時代になると薬が比較的安価に量産できるようになり、各地で作られる民間薬が多く現れ、戦国時代になると刀傷や矢傷などの外傷の対処である金瘡の処置が広まった。


 そして江戸幕府の開祖である神君大権現である徳川家康は健康に人一倍気を使っていたこともあり医薬にも詳しく、医学や薬学が奨励され発展していったが、キリスト教排除の観点から西洋医術は排除されていた。


 もっとも伊豆大島を出島にする際に宗教の関係しないものに対しての輸入制限の緩和も有っていわゆる蘭学医術も最近は広まりつつあるようではある。


 時代劇の水戸黄門で”この紋所が目に入らぬか!”と最後に取り出される印籠は実は薬入れで旅人は印籠に様々な薬を入れて持ち歩いていた。


 で薬の値段だがそれこそピンきりで伊勢の万金丹は腹痛などの解毒に、越中の反魂丹、近江の和中散などは万病に効くとされ1袋50文(およそ1000円)で売られていたが、この頃は病気に対しての完全な万能として薬朝鮮人参などは半両(7グラム)で金1両、熊胆一匁(3.75グラム)も金1両(およそ10万円)以上してとても庶民には手が届かないもので、医者の往診料も金4両から銀25匁(40万円から5万円程度)するものだから庶民は安価な薬や鍼灸などに頼っていた。


「もうちっと効果の高い薬が安く手に入るようにしたいもんだな……そういえばエゾウコギなんかは安く手に入りそうか」


 エゾウコギは北海道に自生するウコギの一種でウコギも薬草として用いられるがエゾウコギはアイヌが薬草として活用しており有効成分は朝鮮人参とは異なるが、似たような効能を持ち滋養強壮・抗ストレス作用・ウイルスや細菌・真菌などに対しての免疫能力向上、脳の活性化による反射神経、持久力、集中力を高め運動能力を向上させる作用や胃潰瘍防止などに効果があるとされる。


「ふむ、エゾウコギが安く手に入るならほしいな。

 ついでに赤蕪テーブルビートも多く手に入るならほしいか」


 赤蕪とか血蕪と呼ばれるボルシチの具としても有名なテーブルビートは砂糖の原料になる甜菜ビートの仲間。


 日本へもすでに渡来しているがそんなに普及しているわけではない。


 ビートの糖度は21世紀では品種改良の結果20%近くなってもいるがナポレオンが商品化しようとしていた1800年代では3%程度に過ぎず、テーブルビートの糖度はそれよりも更に低い1.5%程度だがそれでも数少ない糖度が高めな甘い野菜であることに間違いはなく理論的には煮詰めて砂糖を取り出すことは不可能ではない。


「まあ普通に煮て食べたほうがうまいっていう話もあるけど」


 どちらにしろ俺自身蝦夷まで行くわけにもいかないし水戸の若様にお願いするしかないけどな。


 藤乃の所に水戸の若様が来て呼ばれる日を待つしかないな。


「藤乃、次に水戸の若様が来る日っていつの予定だ?」


「今月は……」


 と藤乃は予定を確認してから言う。


「5日後の予定でんな」


「そうか教えてくれてありがとな」


 俺は当日に赤蕪を青物市場で買い付け、近くの養鶏場から潰してもいい鶏を譲ってもらった。


 鶏の首を切ってそのまま走らせて血抜きをして解体し、鶏ガラを使って鶏ガラと玉ねぎをじっくり煮込んでブイヨンをつくって野菜や鶏肉をぶち込んでトマトペーストと酒をくわえてボルシチを作って若様に出してみた。


 そして俺はまた藤乃付きの禿の桃香に呼ばれて揚屋に向かっている。


「水戸の若様が、戒斗様とお話をしたいそうでやすよ」


「おう、わかった今行くぜ」


 とりあえず、俺達は揚屋の藤乃が持ってる部屋へ向かい、座敷に上がることにする。


「三河屋楼主戒斗、失礼致します」


 すっと障子を開けて中を見る。


「おお、楼主よ来たか。

 この”ぼるしち”なる煮込み鍋は美味いのう」


「は、ありがとうございます。

 西洋より伝わった甘い赤蕪を使った料理ですが気に入っていただけたようで何よりです」


「なるほど、甘い赤蕪であるか」


「はい、サトウキビほど甘くはないものの煮詰めれば砂糖を作れ、またサトウキビと違い寒い地域でも栽培できます」


「それは水戸や会津でもであろうか?」


「おそらく可能であろうかと思います」


「そうであるか、ならば早速水戸や会津でつくらせてみようかのう」


「はい、そうすれば水戸の懐も更にあたたまるかと思います。

 また蝦夷と交易をしております若様にぜひ蝦夷から取り寄せていただきたい木がございます。

 エゾウコギという木でアイヌは薬として用いているはずですが朝鮮人参と同様の薬効があるはずでございますゆえ」


「ほう、朝鮮人参と同様の薬効があるとな。

 それであればぜひ手に入れたいものであるな」


「はい、しかも普通に茨として生えているものでございますゆえアイヌたちも安く譲ってくれるのではないかと思います」


「ほう、それは良いことであるな」


「なにせ朝鮮人参は高すぎますからね。

 安く同じような効用のある薬が手に入るのであれば病に苦しむ方々も減るかと」


「うむ、武士も皆が金を持っているわけではないからな」


「どうかよろしくお願いいたします」


「うむ、任せておくがいい」


 これでテーブルビートの大規模な栽培やエゾウコギの入手のめども立ったかな?

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