特別な器具がなくても簡単に作れそうな和菓子を作ろうか

 さて、千歳飴は禿たちに評判が良かったし、甘くてたべやすくなおかつ作るのにあまり特殊な器具とか材料がいらず安く作れそうな和菓子を考えてみようと思う。


「やっぱ甘い物もたまには食べられるようにしたいよな。

 平鍋やフライパンで簡単に作れそうなものというと……どらやきかな」


 どら焼きは説明しなくてもわかると思うが中央がやや膨らんだ円盤状の小麦粉をつかったカステラ風生地で小豆餡を挟み込んだ和菓子だ。


 この和菓子の歴史はかなり古いらしく源義経が京から奥州へ逃げる途中で、武蔵坊弁慶が手傷を負ったときに、民家にて治療を受けたときのお礼に小麦粉を水で溶いて薄く伸ばしたものを熱した銅鑼に引き、丸く焼いた生地であんこを包み、振舞ったことが起源という説もあるらしい。 


 もともと奈良時代の日本では、果物を菓子と称していたが江戸時代でも水菓子(みずくだもの)と言えばフルーツのことだ。


 そして仏教とともに中国から伝来した菓子は唐菓子(からくだもの)と呼ばれ、米粉、小麦粉、葛粉、大豆や小豆の粉末に甘葛(あまずら)やはちみつなどを加えてこねて、梅や桃などの果物の形にしてごま油で揚げたものだ。


 だが、油というのは非常な高価なものなので焼くという方法をとったのが”お焼き”。


 そのお焼きの一種があん巻きやどら焼きとなったらしいが、煎餅(せんべい)やあられ、おかきのような小麦粉原料の現在でもよく食べられているものもすでに有ったらしい。


 さらに索餅(さくべい)や餺飥(はくたく)のように小麦粉を水でこねて茹でたものはそうめんやほうとう、うどんのもとになりやはり現代にも伝わっている。


 そして江戸時代のどら焼きはきんつばやせんべいに近いふわふわしたものではなく小麦粉を用いた焼き菓子であっても硬い物。


 だからふわふわのどら焼きをつくってみようと思う。


 どら焼きの生地の部分はホットケーキやカステラとあまり変わらず小麦粉に水飴、牛乳、卵などをくわえて混ぜ合わせて焼くだけだ。


 ホットケーキミックスがあればもっと簡単だが江戸時代にはそんな便利なものは当然無いんで材料を混ぜて作るしか無い。


 この時代砂糖は安くないけどそこまで多く使わなければ大丈夫だろうか。


 ふっくらさせるためには21世紀だと調理用重曹(ベーキングパウダー)を使うわけだが、江戸時代にはないので卵白を使ってメレンゲを作ったほうがいいだろうな。


「まずは卵白にちょっぴりの砂糖とお湯で溶かした水飴をくわえて、十分泡立てて……。

 小麦粉と卵黄に牛乳をよく混ぜてメレンゲに加えると」


 後はそれをフライパンで表裏がきつね色になるように焼くだけだ。


 ヘラで四角くしてあんこを塗ってそれを丸めればあん巻で、お玉で丸く落として2枚焼きそれをあんこで挟めばどら焼きの出来上がり。


 出来上がったものを早速食べてみる。


「ん、大丈夫そうだな」


 ベーキングパウダーがあればもっと簡単なんだがメレンゲでも十分ふんわりとした口当たりの菓子に出来た。


 その出来たものをまずは桃香に食べてもらい感想を聞いてみるとしよう。


「桃香、新しい焼き菓子なんだが食べて感想をいってみてくれ」


 桃香は首を傾げている。


「新しい菓子でやすか、かまいまへんがわっちでいいんで?」


「ああ、とりあえずは子供向けに売ろうかなと思ってるんでな」


「では、遠慮なくいただきやす」


 桃香がどら焼きをパクリと口にした。


「んー、とっても美味しいでやすよ。

 柔らかくて甘くて」


「おお、そうかそうか、これなら売れるか?」


「あい、絶対売れると思いやす」


 砂糖ではなく水飴だからいまいち甘くないかもと思ったが十分だったようだ。

 後は藤乃にも食べてもらうか。


「おーい、藤乃、新しい菓子なんだが試食してみてもらえるか?」


「新しい菓子でやすか?まあ、ええですが」


 そう言ってあん巻を口に入れる藤乃。


「ん、悪くないと思いますえ。

 生地も餡もほんのり甘くくちざわりもやわらかいでやすし」


「ん、藤乃がそういうなら十分だな」


 たくさん作って工場で働いている女工たちにこれと茶を振る舞うことにした。


 みんな一生懸命羊毛を洗ったり糸にしたり、その他の製品を作る手伝いなどをしている。


「おーい、みんな休憩してお八つの菓子を食べてくれ。

 あ、食べる前に綺麗な水で手はちゃんとあらってな」


 みんなが作業を止めて、集まってくる。


「楼主様がつくったお八つですか」


「ああ、うまいと思うから食べてみてくれ」


「では遠慮なく」


 最初の一人がまずどら焼きを食べる。


「うわー、おいしーです」


 そうすれば後はみんなが先を争うように手を出し始めた。


「ほんとあまくておいしー」


「おう、茶もあるからゆっくり味わってくれ」


「じゃあ俺も食ってみるか」


 権兵衛親方もどら焼きを口にした。


「お、こいつは甘くていいな。

 疲れが飛んでく感じがするぜ」


 親方には鈴蘭がお茶を入れている。


「みんな、後ちょっと仕事が残ってるだろうけど頑張ってくれな」


「あーい、がんばりまーす」


 女衒に連れてこられても遊女として客を取るのが難しい禿や切見世の女郎でも工場で頑張れば衣食住に困らないようにそして笑顔で日々暮らせるようになってきたのは良いことだ。

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