江ノ島詣でもおわって平常に戻ったし伊豆大島に渡ってチェンバロを買ったぞ

 さて、三河屋、十字屋に続いて中見世の伊勢屋と小見世の椿屋、吉原旅籠や吉原温泉湯屋、花鳥茶屋や万国食堂、美人楼の従業員たちと一緒に江ノ島詣りをしてきたがやっぱり吉原から離れて寺社巡りをするのは皆楽しそうだった。


 寺社巡りは江戸の中でやるのですら楽しみなものなのだから江戸から離れて江ノ島詣りをするために歩くのもいろいろな景色が見れたからとてもいいものだったみたいだ。


 小太夫なんかもすごく楽しそうだ。


「寺社詣でというのは楽しいものでやすな、大奥の奥女中さんたちにいい土産話が出来ました」


「おう、そりゃそうだろうな」


「道中記を書いてお話して差し上げようかと思ってやすよ」


 吉原ではすっかり人気ものになった小太夫たちだが一般的な町人などでも遊べる金額というのはやはり大きいな、そしてなにげに大奥の女中たちも江戸城の外の話を聞いたりするのは楽しいらしい。


 古店の椿屋の遊女たちは伊豆大島に行ってたりするから船での移動は珍しくないけどいろいろな寺社を巡って歩くというのはやってないからやはりそれなりに楽しそうだったな。


 毎回牛追いの子供やその兄弟に囲まれて団子をおごってやっていたけど俺が行かなくなってから大丈夫かちょっと心配だがまあ大丈夫だろう。


 江ノ島詣でをする人間は春夏秋冬関係なくいるはずだからな。


 で、江ノ島詣でもおわって皆が平常に戻ったところで、ちょっと伊豆大島に行ってなにか仕入れてみようと思う。


 なんだかんだでガラスのランタンは人気だし、鏡は特に女性に人気だがその他にも仕入れれば高く売れそうなものがありそうな気がするのだ。


「高く売れそうなものがないか大島に行ってくるな」


 妙は清花を抱きかかえながらうなずく。


「はい、いってらっしゃいませ」


 そして清花も両手を伸ばして声を出す。


「あー」


 うん、やっぱりカワイイぞ清花。


 大きな病気もしてないし元気に育ってくれてるのが一番だ。


「いい子にしてるんだぞ清花」


 そして伊豆大島に向かう船に乗って俺は島に渡った。


 大島の様子もなんとなく西洋風になってきている。


「ずいぶんテラスハウスも増えたな」


 テラスハウスは日本的に言えば長屋だが、2階建てでテラスを有するアパートメントだな。


 インドネシアのバタヴィアは年中蒸し暑いが日本は秋は心地よい気温だから割と渡ってくる人間も増えたのだろう。


 乳牛や肉牛、豚や鶏などの家畜を飼ったり麦や野菜などを栽培して自分たちの食べたいものが食べられるようにしているらしい。


 長崎の出島のときもそういったことは行っていたようだけどな。


 そして湊から上陸すると波止場の近くに酒場っぽい建物があった。


「ん、酒場ができてるか」


 ここにはオランダ人は男しかいないはずだが、酒と女は海の男にはつきものらしい。


 ビリヤードなどを行える施設でもあるんだろう。


「ちょっと寄ってみるか」


 俺は大島の酒場にはいってみることにした。


 感じとしてはカウンターとテーブルが有るシンプルなバーで船乗りがワイワイ騒ぎながら酒を飲んだりトランプをしたり、ビリヤードをしたりしているのを見るとプールバーに近いのか。


 室内には音楽が流れているが……なるほどピアノのような楽器、ピアノのもとになったチェンバロを誰か演奏しているらしい。


「なるほど、あれはいいな」


 ちなみにこの時代はピアノはまだない。


 チェンバロは鍵盤を押すと部品が跳ね上がりプレクトラムと呼ばれるギターのピックのようなものが弦をひっかいて音を出す楽器だ。


 なのでピアノのように鍵盤を速く押したり強く押したりしても音に変化はなく、音の強弱を作ることは出来ないのだが、天正遣欧少年使節が持って帰ってきた楽器の中にはチェンバロのもとであるクラヴィコードが含まれていて、鍵盤を押すと金属片が弦を叩くような仕組みの楽器はすでにあった。


 ただピアノのような大きな音はでなかったのでクラヴィコードは貴族などの上流階級の家庭で使われるくらいだったようだ。


 更にクラヴィコードの元になった楽器は、11世紀に中近東からヨーロッパに伝わったダルシマーという楽器で、木の共鳴箱に金属の弦が何本か張られているものを両手に持った小さなハンマーで叩いて音を出す演奏法だったが2本のハンマーで数十本から百本以上の弦を素早く叩き綺麗に演奏するのは相当難しかったらしい。


 なので鍵盤を押すと弦を叩くという試行錯誤を繰り返したわけだ。


 鍵盤を使って演奏を行うという楽器では音を出す原理は大雑把には笛と同じであるパイプオルガンのほうが圧倒的に古い歴史が有って、この時代にはとっくに技術的に完成しており、教会の音楽ともオルガンは関係が深いな。


 ただしオルガンは基本的にかなりでかくて重たいがチェンバロはまだそこまで重くない。


「これ……ほしいな」


 鍵盤楽器は江戸時代の日本ではないからな。


 オルガンだとキリシタン扱いされてまずそうだけどチェンバロならなんとかなるんじゃないかな?

 そして鍵盤楽器は比較的素人でも演奏しやすいというメリットが有る。


 もっともバイオリンのもとになったというレベックもそこまで技術は必要でないとされているが、正確な音を出すのが比較的簡単なのはやはり鍵盤楽器だろう。


 トランペットのような金管楽器やサックスのよう木管楽器なんかに比べればだいぶ簡単な方なはずだ。


「商館で扱ってるかな、あれ」


 とりあえず楽器を扱っている店があるかどうかわからんけど探してみよう。


 商館を回ってみてやっと楽器を扱ってる店を見つけた。


 通訳を間に入れて俺はチェンバロを買いたい旨を伝えた。


「あーチェンバロを一台売ってくれるか?」


「ふむ……ならば30両(およそ300万円)だがいいかね?だって。」


 まあ、妥当な値段かな、安いとは言えないがまあこれくらいはするものではあるだろう。


「ああ、わかった、それでいいぜ」


 比較的小さなものだからこれでも安いほうなんだろうな。


 楽器というのは結構いい値段がするもんだからしょうがない。


 琴や琵琶だって高級なものなら同じくらいの値段になるしな。


 さて、買ったのはいいがどこに置くのがいいかな?


 できればバーでピアノの弾き語りみたいに出来て遊女の小遣い稼ぎに使えたりするといいんだが。

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